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沈黙の魔王

 ノース国は古より栄し歴史ある国である。しかし100年前に魔物達が侵入して以来、国は衰退の一途を辿ってきた。大地は荒れ果て、赤子は生まれなくなっていく。ノース王達は事態を打開しようと冒険者達を募った。そして強者達に大魔王ギュマの討伐を依頼してきたが、冒険者達は未だかつて誰も国へ戻ってきてはいない。


「鎧に名前が刻まれている。これは剣士ヴィオンの亡骸か……」

「彼もまたギュマ城で力尽きていたのね。私達で仇を討ちましょう」

「ああ」


 大魔王ギュマを倒すために長き旅を続けてきた戦士オーサと魔法使いレーニャ。2人は魔王城の通路に倒れていた剣士の亡骸に別れを告げた。一体どれだけの冒険者達が帰らぬ骸となっただろうか。自分たちの手で、この悲劇の連鎖に終止符を打たねばならない。


 2人は大魔王の間に足を踏み入れた。戦士オーサは燃え盛る松明を掲げて前を行く。


「真っ暗だな。はぐれるなよ」


 闇と静寂に包まれているにも関わらず、部屋の中を足早に進むオーサ。仲間との距離が開いてしまう、鈍足の魔法使いは慌てた。


「待ってよ!そんな速く進まないで」

「しっ!分かった。大声を出すな」


 声の反響具合からして魔王の間は恐ろしく巨大な空間だった。天井はかなり高いが、松明の灯りではよく分からない。


──魔王はどこだ?


 外では激しく雷鳴が轟く。雷光が窓から差し込むと、その度に巨大な影が浮かび上がった。


──お……大きいぞ。あやつが魔王か?



 再度の雷光で魔王と思しきものの姿がはっきりと見えた。それは「異様」としか言いようがない。


 巨大な玉座に腰掛けて動かぬ男。胴体は人間のような体格なのだが、頭部だけは水牛に酷似している。立ちあがれば5セム(約10メートル)の高さはあるだろう。しかしその肉体の全てが白骨化していた。


 愕然とする2人の冒険者。長旅の末に対峙した魔王は既に屍と化していたのである。信じたくなかったが、死骸の頭から突き出ている角は言い伝え通りの輝くような金色。それは男が大魔王ギュマであることの証左だ。


「ば……馬鹿な。信じられぬ」

「まさか……これが大魔王の屍だなんてね」


 近づいてみれば魔王の屍はかなり傷んでいるのが分かる。左足の脛骨は失われ、肋骨の半分は砕け、右腕は折れていた。かなりの破壊を受けたようだ。


 レーニャは手にしていた杖で魔王の足先の骨を叩いてみた。すると金属音を響かせ杖を弾き返してしまう。生き物の骨というより、鋼のような無機質さが感じられる。


「ど……どうやら本物らしいわね」


 死骸には無数の巨大なつるが巻き付き、それは肋骨の内部へと侵入しており、わずかに残った干からびた魔王の肉へと繋がっている。魔界の植物は魔王の体を養分にして成長していたようだ。


「き……きっと寿命だったのかも。もはや長居は無用。早く帰ろう」


 レーニャは自分自身を無理やり納得させようとしている。だがオーサは納得ができない。

 

──果たしてこの屍を魔王と決めつけて良いものか?


 そもそも確たる証拠がなければ、王に納得してもらうことは難しい。


「禁忌の術は使えるか?」


 そう言うとオーサは仲間に目配せをした。困惑したレーニャは頭を振る。


「ま……魔王にあの術をかけろっていうの!?」


 禁忌の術。それは屍の顔に手を乗せ、安らぎの呪文を唱えるだけで良い。すると死者が質問に答えるというものである。便利な術であるが「禍々しさ故に、必ずや不幸を呼び寄せる」と言われており、魔法使いの間では忌避されている。


 固く拒絶していたレーニャであったが、オーサの強い要請に根負けした。


「分かったわよ……。やればいいんでしょ、やれば」

「すまぬな。頼むぞレーニャ」

「頭に手が届かないんだけど……」


 闇の中、必死に巨大な玉座の背もたれに登るレーニャ。手を目一杯伸ばして、大魔王の黄金の角に触れた。


「ひっ!なんか熱い」


 気持ちを落ち着け、ゆっくりと呪文を唱える。彼女の人差し指は青白く輝きはじめ、しばらくすると共鳴するように大魔王の顎が震えはじめた。


『我の眠りを覚ます者は誰だ』


 死者が眠りから目覚める。レーニャは質問をはじめた。


「あ……貴方は魔王ですか?」

『そうだ。我は大魔王ギュマ。魔界に君臨する帝王である』


 「そらみろ」とレーニャは戦士に怒りの視線を向ける。


「どうして死んでいたの?」

『ヴィオンと名乗る剣士に殺されたのだ』


★★★


 呪文の効果が切れ、大魔王ギュマは再びただの屍へと戻っていく。


「もういいオーサ?」

「……やむをえん。そのまま王に報告するとしよう。やはりヴィオンは尊敬に値する凄まじい剣士だったのだと」


 肩を落としながら2人は魔王の間を出ると、再び剣士ヴィオンの屍に遭遇。どうしても詳しい状況を知りたかったオーサは再びレーニャに禁忌の術を頼んだ。


「しょうがないわね……」


 屍の額を指で触れると、剣士の口が開きはじめる。今度はオーサが敬意を込めて屍に尋ねた。


「剣士ヴィオンですね」

『いかにも。私はヴィオンである』


 真の勇者を前にして、戦士オーサの目から涙がこぼれ落ちる。


「相打ちだったようですが、たった1人で魔王を倒した貴方は立派でした」

『違う』

「な……なにっ!」


 冒険者達は互いに目を合わせ、絶句している。


『私は魔王の手下の火竜と戦い、これを倒すも大怪我を負った。魔王城を進み続けるもここで息絶えたのだ』



 呪文の効果が切れ剣士ヴィオンは屍へと戻っていく。


★★★


 ノース国へ戻った2人の冒険者は『魔王を倒し、平和をもたらした者』として国中で歓待を受けている。


「よくぞ魔王を倒してくださいました。国中が貴方達の偉業に喜んでおりまする。ささ、早く王様の元へ」


 大臣が涙を流して、オーサとレーニャを城に招き入れた。


「いいのかしらオーサ。私達が魔王を倒したことにしちゃって」

「仕方がない。事実をありのままに話したところで、まるで辻褄が合わないのだ」


 自分たちが倒したことにしないと、王や国民を混乱させてしまう。大魔王ギュマの死を確信させるために、2人はやむを得ず嘘をつくことになった。


 ちなみに禁忌の術では屍は、決して嘘をつくことができない。


「だけど一体誰が魔王を殺したのかしら」

「さあな」


 謎はいつまでも残り続ける。(終)

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