7
羽沙が接客をして、俺はレジ担当。
今日はふだんより客が多めで、暇すぎず忙しすぎず、俺としてはこれくらいがちょうどいい。
紅ネェとラビリスたちが気になるが、羽沙一人にここをまかせるにはキツすぎる。
「酒をくれ」
「あ、はい」
声を掛けられ――
「…………」
その男を見て、俺は一瞬固まった。
ハーフアップパングで、染めているのか初めて見る銀髪。やや強面のせいで年齢は推測しずらいが二十代後半くらいだろうか。
俺が反応したのは、その容姿ではなく着ている黒スーツ。
スーツなんてどれも同じにしか見えないが、この人が来ている服には見覚えがある。
ラビリスを連れ戻しに来たバルモンドさんと同じスーツじゃないのかこれ?
「どうした?」
「……あ、いえ、すいません。ご希望のお酒は?」
「この店の全ての酒だ。酒以外にも全て買い取ろう」
「……は?」
驚く俺に構わず、男はクレジットカードを取り出した。
「一回払いでいい、だったか?」
自問しながら俺にカードを渡す。
「ガイド!?」
声に驚いて見てみると、店の入り口にセリカさんと紗矢さんが立っていた。
「あれ? あれれ?」
うろたえる羽沙の声で異変に気付く。
店にいた客が全員いなくなっていた。
「ガイドさん! なんでここに!?」
「おお、久しぶりだな紗矢。なんでもなにも、俺の気配を察して出てきたんだろ?」
「人払いの魔法を感知して出てきたんですよ!」
「なんでもいいが、俺が来た理由はわかってるんだろ?」
セリカさんが一歩前に出る。
「まさかお前が来るとは思ってなかったよ」
「俺もお前たちがこんなことをするとは思ってなかったよ」
「久しいのう、ガイド」
遅れてラビリスと紅ネェもやってきた。
「久しぶりだな姫様。あまり背は伸びてないようだ」
「うるさいぞ!」
「「…………」」
セリカさんと紗矢さんはムキーッと威嚇するラビリスを背に隠す。
セリカさんは剣をその手に出現させ、紗矢さんは拳を構えて本気でガイドさんを睨んでいる。
おそらくバルモンドさん同様、ラビリスを連れ戻しに来た人なんだろうけど、あの時とはまるで雰囲気が違う。
「ちょっと! よくわかんないんだけど、また暴れる気!?」
「すまない羽沙。こいつは手加減できる相手ではない。多少の被害は覚悟してくれ」
セリカさんはガイドさんから視線を外さない。
「マジやめて!」
羽沙の悲鳴にガイドさんは問題ないと片手を上げる。
「心配するな、この店の物は全て買い取った」
ああ、それで全ての商品を売ってくれと言ったのか。
迷惑このうえないな。
「一応訊きますけど、ここに来た目的はなんですか?」
紗矢さんの問いに男、ガイドさんは不敵に笑った。
「そこのお姫様を連れて帰る」
言って腕を一振り。
すると右手にはセリカさんの刀身よりも長い剣が握られていた。
「お姉ちゃんも天太も見てないでなんとか言え!」
「目がマジだし、俺たちが何か言って止まりそうにないぞ」
一応店の物は全部買ってくれるってんだから、後片付けは大変だろうけど損はしないだろう。
紅ネェは何を考えてるのか、無言で成り行きを見ている。
セリカさんがチャキっと剣を構えなおす。
「王の元親衛隊長といえど、私たちを相手に易々と事が成せると思うな」
「見くびってはいないさ。だが、王に頼まれたからには失敗するわけにもいかん」
一方ガイドさんは身動き一つしない。
「王に頼まれているのは姫のことだけか?」
「…………」
その質問に対しガイドさんは答えない。
「…………」
「…………」
無言で睨みあう二人。
「やめぬかバカ者」
しばらくして、ヤレヤレとラビリスがセリカさんの前に出た。
慌ててセリカさんが引き戻そうとしたが、ラビリスに手で制され動きを止める。
「ガイドよ、おぬしが来たのはお父様の命令で間違いないのだな?」
お姫様に剣を向けられないのか、ガイドさんは一度は手に持った剣を消した。
「そうだ。傭兵になってお家騒動とは無縁に過ごせると思ってたんだが、王に直接頼まれたら断れんさ。こっちの世界に来るなんて、子供のお転婆にしては度が過ぎてるぞ」
「お父様の名の下で動いてるのであれば、その名を汚すような真似は止めてもらおう」
「なに言ってやがる。俺はなにも――」
「ここは庶民の市場ぞ。剣を抜く時は何かを守る時だと兵に教えていたのはおぬしではなかったか」
「…………」
「……庶民の市場って」
「市場ほどでかくはないけど、庶民ではあるな」
羽沙の呟きに応える俺。
それにしても、あれだけいた客はどこにいったんだ?
「姫様が大人しく帰ってくれれば、俺も手荒な真似はしないで済むんだが?」
「こっちに来てしまった以上、わらわ一人の問題ではなくなっている。それに、どうしてもやらねばならぬ事ができた。いま帰るわけにはいかん」
「……やれやれ」
ガイドさんは首を振る。
「お前たちも構えを解かぬか」
ラビリスは二人の従者に目を向ける。
「でも姫様!?」
「お前たちが暴れて困るのは世話になってる天太たちじゃ。国は違えど、民を守る者が事を起こしてどうする?」
「「…………」」
紗矢さんたちはしばらく困った顔をしていたが、渋々構えを解き、剣を消した。
「申し訳ありません」
「すみませんでした」
二人は片膝をつき、頭をたれる。
「……ラビリスって、ほんとにお姫様みたいじゃない?」
「本人も最初からそう言ってるしな」
俺たちの声は聞こえてないのか、ラビリスは続ける。
「しかしだ、ガイドも引き下がってはくれぬだろうし、ここは一つ、決闘を言い渡す」
「「ハッ」」
セリカさんと紗矢さんはすぐに了承したが、ガイドさんは渋い顔で唸る。
「決闘に異論はないが、こいつらとかよ」
明らかにテンションを落としていた。
「私たちが相手では不満か?」
今度はセリカさんが不敵に笑った。
「お前たちの実力は認めてる。女と決闘なんて趣味じゃないだけだ」
「ふん。お前のプライドなど知ったことか。だが、姫様から決闘を申し渡された以上、力ずくで連れ帰ろうものならお前は恥知らずということになるな」
なるほど。
ラビリスから渡された決闘は、彼らにとって何かしらの矜持を示すことになるようだ。
「……受けてやるよ。当然手加減はしない。俺が勝ったら大人しく従ってもらうぞ」
「負ければな。異論はない。が、大人しく帰るのはお前のほうだ」
バチバチと視線で火花を散らしている。
「じゃあ私は姫様と一緒に観戦ということで」
緊張を解いた紗矢さんは、いつの間にかラビリスと手を繋いでいた。
「おぬしが決闘相手になってもよいのじゃぞ?」
「いえいえ、セリカさんヤル気ですし、私が出しゃばったら怒られちゃいます。それに見てる方が楽しいでしょ?」
「……そうか、まあよい。では場所を移すぞ」
そこで大きな瞳が俺を見る。
「どこか決闘に向いている場所はないかのう?」
「……そう言われてもな」
そもそもどれくらいの広さが望ましいかもわからんし、下手に騒いで警察が来たら面倒だ。
こいつらが決闘をしてる! なんて口走ったらしっかり怒られるだろう。日本には決闘罪ってものがあるのだ。
「学校のグランドなんていいんじゃない?」
羽沙がすんなり提案しやがった。
「決闘だって! あたしたちも見に行こうよ!」
目が輝いてる。
純粋に面白そうってことだろう。
「ねえラビリス、あたしたちも行っていいでしょ?」
「もちろんじゃ。おぬしたちが案内してくれねば場所もわからんからな」
「よっし! いいってさ」
「でも店はどうすんだよ?」
紅ネェに視線を送ると、大丈夫との返答。
「いいよいいよ、あとは私が店番しとくから、あんたたちも一緒に遊んできな」
「いや紅音よ、わらわたちは遊びに行くわけではないのだぞ?」
ラビリスが訂正を求めても「わかってるわ」とわかってない笑顔。
「この子たちを放っておけないし、天太の件もあるしね」
「天太の件ってなに?」
羽沙の問いに、後で三人から聞けとのこと。
ラビリスたちがここにいるとずっと客が来ないようで、商売の邪魔にしかならない。
俺は早々にラビリスたちを案内することにした。