2
「…………誰?」
フリフリの白いドレスに頭には小さなティアラ。
腰まであるブロンドヘアはサラサラで、カーテンから差し込む光を浴びて輝いている。
どう見ても小学一・二年生くらいの小さなお姫様。もちろんこんな女の子は知らない。
いや待て。
この子の顔、さっき見た夢の女の人に似て……
……思いだせない。
顔だけが思い出せない。
場所と服装と何を話していたのかまで鮮明に覚えているのに、自分を天使だと比喩していた人の顔だけが思い出せない。
「わらわの名を知りたいともうすか?」
声は可愛いが、見た目に反して話し方はしっかりしている。
わらわって、何かのキャラ真似でもしてんのか?
「……あ、うん、そうだな。とりあえずどいて――」
無意識で女の子に手を伸ばしたその時、気配が動く。
「それ以上動いてみろ。キサマの首を跳ね飛ばすぞ」
ドスの効いた、それでいて凛とした声と、チャキッという音と共に俺の喉元に冷たい何かが触れた。
女性。こっちはまったく見覚えがない人だ。
青みがかった髪を後ろで束ねていて、クール美人な印象。
着ている白を基調としたプレートアーマーには色気など微塵もなく、よく漫画やアニメで見るような、胸や太ももが見えてたりするようなものではない。
各部位の縁には控えめに金と青の装飾が施され、一言で言うとカッコイイ。
その人は俺に剣を突き付けて…………剣だと!?
こっちもなんかカッコイイ剣で脅されてるよ俺!
「……どちら様ですか?」
起きて早々嫌な汗が流れる。
何かのコスプレだろうその格好だけを見れば苦笑でもしてしまいそうなものだが、有言実行を貫きそうな鋭い視線が非常に怖くて頬が強張ってしまう。
さらに彼女の後ろにも誰かいた。
やや赤みが多い茶髪のセミロングの女性。他の二人とは違い、日本人にも見えるが、瞳が青い。
短めのチャイナドレスっぽい服を着て、肩、手の甲、腰、膝から下をがっちりプロテクターでガードしていて、スタイリッシュには見えるが変な格好だ。
こちらも白を基調として、青と金の装飾が施されている。
でもこっちの人は胸元と太ももを出していて、ガチっぽさ? は感じない。
「私の名はセリカ・グランフォード。そしてこちらにお座すお方は、聖アルカディア王国第一王女、ラビリス・アルカディア姫だ」
剣を突き付けながら、どうだ驚いたか? みたいな視線を向けられても困るのだが。
そしてその何とか姫は、俺の上にお座して動こうとしないのだが……
「私は紗矢です」
「……あ、どうも」
チャイナ服風の人が笑顔で挨拶してくるもんだから釣られて応じてしまった。
「……とりあえず、この物騒な物をしまってくれませんかね?」
「引けぬ」
「なんで!?」
「キサマが姫に何かしてからでは遅い」
逆だろ!? 俺が何かされてんだよ!
勝手に人ん家に入ってきておいてなに言ってんだ!?
強盗にしてはおかしな格好だし、マジでなんなのこの人たち!?
と、ここで思い出す。
夢であの女性が言っていた。
私の娘が行くからよろしくしてくれと。
顔は思い出せないのに、言葉はしっかり頭に張り付いている。
マジなのか?
夢じゃなくて本当に来ちゃったのか?
実際に来ちゃってるわけだけど、夢じゃなくて現実で、じゃあさっきの女性と見知らぬ場所はなんだったんだっていう……もうわけわからん!
「剣を引けセリカ。この者は選ばれた男じゃ。害などあるわけがない」
小さなお姫様、ラビリスは俺の上で堂々としていらっしゃる。
「いけません。今はおとなしくとも男は男。いつ姫様の美貌に興奮し、狼になるかわかりません」
「俺はロリコンじゃねえ」
確かに可愛い子だとは思うが、ちっこすぎる。
こんな子に変な興味なんて湧かねぇよ。
「ロリコンとはどういう意味じゃ?」
「とても可愛らしいという意味です」
このセリカさん、なに言ってんの?
ロリコンって女の子をさす言葉じゃないからね?
「紗矢よ、なにゆえ腹を抱えて転がっておる?」
「……いえ……ロリコンって、ぷぷ……正直、すぎる。アハハハハハハハハ」
ついには床を叩き出したぞおい。
けど、俺はこの大人二人の声を知っている。
今は落ち着いているが、確かにさっき悲鳴を上げてた人の声だ。
ああ、なんかもう夢なのか現実なのか寝起きのせいなのか、この状況を理解するのが難しい。
「その馬鹿笑いを止めろ! バレたらどうする!?」
バレたらって言っちゃった。
「落ち着けお前たち。これでは話もできぬ。いいから楽にせよセリカ」
バレてなかった。
二度目の注意にセリカさんは渋々剣を鞘に納めて身を引いた。
「すまぬな、わらわの為を思ってやってくれたことじゃ。悪く思わんでくれ」
お姫様は俺の腰の上に乗ったまま動こうとしない。
というか、年寄りくさいしゃべり方をする子だな。
「とにかく事情を説明してくれ。目的はなんだ?」
まずはそこだ。
不法侵入されておいてなんだが、一人は子供だし、この三人から悪人の印象は受けない。
とは言え、一人は刃物を持ってるし、相手の気が変わって何をされるかわかったもんじゃないので、落ち着いて話をしよう。
「わらわの名はラビリス・アルカディア。わらわは……おぬしにな……おぬしと……そのー」
急に頬を赤らめてモジモジしはじめたお姫様。
この仕草が抜群に可愛い。
「おっ、おぬしの名はなんと言う!」
グイッと急にラビリスが顔を近づけてきた。
お互いの息を感じ取れる距離。
「姫様! お顔が近すぎます!」
悲鳴の様な声を上げ、剣を握ろうとしたセリカさんを紗矢さんが「まあまあ」と後ろから羽交い絞めをして止めた。
できればずっとそうしていてくれ。
「……俺は、月成天太」
「つきなり、あまた。では天太と呼んでいいか?」
「いいけど」
「そうかー」
パァっと顔を輝かせて身を引くお嬢様。
「で、お前たちは何しに来たんだ? つか、どうやって入ってきた?」
「お前ではなく、わらわのことはラビリスと呼ぶがよい」
「ラビリスはなんで俺のとこに来て俺の上に乗ってんだよ?」
「それは……その」
モジモジ再開。
「姫様がんばれ」
ニコニコと見守る紗矢さん。
「……ああ、姫様」
すごく悲しそうにしているセリカさん。
二人の反応が真逆だ。本当に何しにきたんだよ?
「だっ、だからな! わらわは、天太と……そのー……」
ラビリスの緊張に場が静まる。
ゴクリ。
誰かの喉が鳴り、ラビリスが口を開いた。
「天太と……チュッ……チューをしにきたのじゃ!」
ギュッと目をつむり、恥ずかしさを押しのけてラビリスは言った。
俺とチューをするために来たのだと。
「……え? チュー?」
本当に悪いと思うよ?
勇気を出して言ったであろうラビリスのテンションにまったくついていけなくて、むしろちょっと引いた。
「そうじゃ! わらわはおぬしとチューをしにきたのじゃ!」
「頑張ったね姫様」
パチパチと拍手を送る紗矢さん。
「……姫様の唇がこんな男に」
一方からはめっちゃ睨まれてる俺。
「いや……うん」
どうやら本人たちはこれでわかってもらえると思ってるようだが、
「ごめん、全然意味がわからん」
俺にとって『?』が増すばかりだった。