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 何の前触れもなく胸が締め付けられる感覚に襲われるときは、必ず両親を思い出すサインだった。

 思い出そうとする意識もないのに、勝手に両親が生きていた頃の記憶が再生される。

 断片的な記憶のフラッシュバック。


 母さんの病室にはいつも淡いピンクの薔薇が飾られていた。

 父さんに告白された時にプレゼントされたのがキッカケで薔薇が好きになったとか。

 病室での母さんはいつも笑顔で、入院する以前から苦しそうにしている姿はあまり見ることはなかった。

 けれど、母さんの体は徐々に衰弱していき、入院後、半年で静かに息を引き取った。

 結局、何の病気かも、なぜ衰弱していったのかもわからなかった。


 俺が中学一年生の時だった。


 父さんが人命救助に向かう時、必ず俺の頭を撫でていく習慣があった。

 子供ではあるがそこまで小さいわけでもないし、こっちが気恥ずかしいから、いい加減やめてもらおうと思っていた。

 けど、それを言う機会は訪れなかった。


 雪山での遭難救助に向かった父さんは、帰ってこなかった。


 救助活動を行った日は、必ず夕方には俺に電話を掛けるのが父さんのルーチンワークだったのに、俺に知らせが来たのは次の日の昼、父さんの部下の人だった。

 なにが原因でとか話していたような気もするけど、その時の俺は何も頭に入ってこなかった。

 ただ、父さんが二度と帰ってこないという事だけで、もう何がなんだかわからなくなった。


 俺が中学二年生の時だった。


 結局のところ、突然こんな気分になる時は、両親のことを思い出すからで、大抵が目覚める前。

 別に忘れたいわけじゃないし、寂しいと思うのは当然だ。

 しかしいい加減、発作的に思い出すのだけは治ってほしい。

 気分が落ち込んでしょうがないし、強い喪失感だけが後を引く。


 家族を失った時の、胸に穴が開いたような感覚。

 五感を失ったような、周りのことが認識できなくなったような感覚。

 それに、もう失いたくないとか、それならいっそのこと、俺一人で生きていけばいいやとか、そんな――


 姫様ああ!

 突然声が聞こえた。


 いやああああ!

 これは……悲鳴か?


 姫様っ! 姫様ああ!

 悲痛な声が響く。


 早く手当てを!!

 三人の女性の声。


 なんだ? 何があった? 事故か?

 いやでもたぶん、これ夢だしな!

 こんなに近くで聞こえるのに、何も見え――



「こらっ! 勝手に覗いたらダメだぞ」

 うわっ!!!

 絵に描いたようなブロンド美女の顔が突然目の前に現れた。

 セミロングの髪と風になびくとても軽そうなホワイトドレスに白い手袋。

 嫌味な感じは微塵もないが、一見して金持ちだと判断できる。


「やあ久しぶりだね天太(あまた)君。ずいぶん大きくなったね」

 さっきの悲鳴を上げていた人たちはどこいった?

 ここはどこだ?


「初めて会った時は、まだお母さんのお腹の中だったもんね」

「そりゃ会ったうちにはいらねーよ!」

 そして誰だこの人!?

 思わずタメ口で反応してしまったが、口ぶりから母さんの知り合いのようだ。


 一面花に囲まれ、その中央に置かれたテーブルとティーセット。

 貴族のザ・お茶会庭園といった場所に俺は立っていた。

 暖かい陽射しと微かに感じる甘い香り。

 こんな場所知らないし、来た覚えもない。

 最後の記憶は、昨晩ベッドに寝転んだところまで。

 それでまた父さんたちのことを思い出して、目が覚める寸前だったはずだ。


「急に私が出てきてびっくりした?」

「……ええ、まあ、はい。ところで、さっきの悲鳴は何だった――」

「それはどうでもいいの」

 だいぶ切羽詰まった声だったし、どうでもいいってことはないと思うが。

 というか、急な場面転換だけど、どうでもいいって言うからにはこの人もあの悲鳴は聞こえていたんだよな?


「心配しないで。ここでの出来事は現実じゃないから。天太君はまだ布団の中で寝てるのよ」

 …………うん?


「あ、でもね、現実じゃなくても私と話してるのは事実だから、これは夢だ! なんて誤解しないでね」

 う……うーん。

 そんなちょっと困った顔されても、言ってることがわからん。


「つまりどういうことですか?」

「今の天太君に私が何を言っても混乱しかさせないってことかな」

 ああ、なるほど、その通り。


「なので一方的に私が話します」


 夢だと誤解するなと言うが、俺の記憶はベッドで寝たところまで。

 勝手に連れてこられたわけじゃないのなら、夢だと勘違いしてしまいそうになる。

 けど体感している暖かさと、空気の香りが夢であることを否定している。


「もうすぐ私の娘が行くと思うから、大変だけど我慢して相手をしてもらえると嬉しいです」

 本当に一方的な内容で話し始めた。

 すごく優しそうな笑顔をしてくれているが……どういうこと?


「娘さん、何しに来るんですか?」

 色々わからんことだらけだが、率直な疑問からぶつけてみよう。


「え? んふふ、なんだろうね?」

 ……ニヤけてないで答えろよ。

 知ってて教えない顔だよこの人。


「じゃあ……貴方は誰ですか? 母さんの知り合いみたいだけど、六年前には会いませんでしたよね?」

 葬儀の時、初めて会う母の友人たちの中にこの人はいなかった。

 全員日本人だったし、こんな外国人美人女性がいたら絶対に覚えている。

 とは言え、こんなに意識のはっきりした夢は初めてだけど、夢の中の人物だとしたら会えるはずもない。


「私は……うーん、そうだなぁ。天使、かな」

 俺の考えなんて他所に、サラッと言ってくれた。

 美人なのは認めよう。

 ちょっと悩んでいたあたり、女神と言おうとして、少し謙虚に天使と言い直したのだろうか?


「自分でソレを言う人を初めて見ました」

「あはは、えー、そっかなー?」

 なにがおかしいのやら。

 夢なら早く覚めてくれ。


「で? 他に何か?」

「私の娘をよろしくねってこと」

「え!? それだけ!?」

 つーか、なんで俺のところに?


「と言うか、もう娘と天太君は接触しちゃってるのね。だから私がこうして出てこれたわけで」

 どゆこと!?

 展開が早いな! 夢だから展開が早いのか!?


「じゃあ最後に、私からおまじないのプレゼント」


 その()()()()()は久しぶりすぎて、もう二度と掛けてもらえることがないと思っていたもので……すごく、胸を締め付けた。


「チチンプイプイプーイ! 天太君は特別なところへ行けるようになります」


 ∞の形に右手を小さく振り『チチンプイプイプーイ!』と唱えてから何かを言う。

 幼い頃、母さんが俺に何かを言い聞かせたり、風邪を引いたときとかによく唱えていたおまじないだった。

 自分の夢の人物だから、知っていてもおかしくはない。

 だけど、こんなに暖かな空気や香りを体感する夢なんてあるか?


 ……これは本当に夢なんかじゃなくて、現実――



「グヘェッ!」

 腹に受けた衝撃で一気に目が覚めた。

 慌てて体を起こそうとして――上半身しか起こせなかった。

 誰か乗ってる!?


「お?」

「……え?」

 大きな瞳をぱちくりさせた女の子と目が合った。

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