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怪男子  作者: 変わり身
異小路
4/34

三頁 不適格



僕の家にはパソコンや携帯電話なんてハイカラな物は無い。


まぁ当たり前である。働き頭の両親を失くした僕とお婆ちゃんに、そんな高い物を買う余裕なんてあるものか。

それに何より僕自身が機械を苦手としている事もあり、授業以外では縁の無い存在であった。

……んだけれども。


「はぁ、面倒だなぁ、これ……」


賑やかさとは無縁な住宅街とは違い、常に人の声が木霊する明るい街の中心部。

そこに居を構える一書店のインターネットコーナーの一角に腰掛け、ぼやく。

ぺこぺこ、と人差し指でキーボードを叩く乾いた音が周囲に響くが、やはり好きになれない音だ。思わず舌打ちを一つ打つ。


「…………」


ちらりと尻ポケットに視線を落とせば、そこにねじ込まれているのはワインレッドの革手帳。

その独特な温度を尻肉で感じていると、昨夜の出来事が鮮やかに脳裏に蘇った。





『――本書は、持ち主の周囲に漂う不特定多数の指向性共通意識・錯覚からなる、特定地軸に宿る言霊を集積し、文章に変換、その編集を現実世界へと反映させる、特殊な法令集、であります。皮紙に持ち主の霊力を含ませた墨を用いて、霊魂を封入する事により、その言霊を再現する形で、法という条件を敷き管理する事が可能となります。本書をどう活用するかは、貴方の手に委ねられ、使用を強制される事は、ありません。持ち主たる貴方に課せられるのは、ただ一つ。本書を存在させ続ける事、それのみで――』


「ちょ、ちょっ、待って! 待っ……!」


咄嗟に、ずらずらと並べられる文字列に思わず制止の声をかけた。

余りの勢いに思わず出た言葉だったけど、手帳に懇願するとか意味不明である。


(何……何だ、これ)


混乱した頭で考える。


書かれた文字は動かない。そんなのは当たり前の事だ。

もし文字が人の意思を無視して勝手に浮き上がり、その形を変えるなんて事象が起こり得たならば、本屋や図書館はそれは愉快な場所になっている筈だから。

では、これは一体何なのだろう。半ば呆然としている僕を余所に、文字は一度動きを止めたかと思うと、再び踊る。それはよく見れば、僕の筆跡その物だった。


『疑問点がございましたら、どうぞ、お尋ねください』


「反応するのかよ、しかも」


というか、そもそも疑問点しか無いのだが。

喚きたくなる衝動を堪え、深呼吸。煮立つ気持ちを落ち着かせようと努めた。


「ま、まず、お前……いや、あんたは、何なんだ――じゃない、ですか……?」


とりあえずこのまま狼狽えていても何の進展も望めない。まず手帳に言葉が通じていると仮定して、注意深く疑問を舌に乗せる。

傍から見ればアホみたい、とは言わないお約束。


『本書は特定の場所に宿る言霊を文章に変換し、編集によりそれを法として現実世界へ再現、反映させる事を可能とする、特殊な法令集、であります』


「……は? ああいや、その、もう少し分りやすく……」


『本書は特定の場所に宿る言霊を文章に変換し、編集によりそれを法として現実世界へ再現、反映させる事を可能とする、特殊な法令集、であります』


「…………」


さっぱり分からん。何とも融通の効かない人格だ。

答えを理解できない僕がポンコツなのでは、という意見は埋葬しておく。優等生の僕が馬鹿な訳がないのだ。トントン、と眼鏡の弦を指で叩きつつ言葉を選ぶ。


「その……言霊や指向性共通意識?っていうのは?」


『噂、陰口、怪談、推論、記述。特定の場所や人物に向けられる人間の意識や感情と、それから生まれた霊力の込められた言葉、であります』


「れ、霊力……あー、現実に反映、とは?」


『指向性共通意識の集う場に宿る言霊を、文章に変換し、編集。該当する場所へ、言霊を再現する【法】を敷く行為、であります』


「……う、うん、ぅうん……」


つまりオカルト的な何か、と言う事でいいのだろうか。あまりに唐突且つ胡散臭すぎて理解まで追いつかない。


「えー、あんたは何でポケットに入ってたんだ。拾った覚え、無いんだけど」


『本書における再現条件を素体となった書籍が満たしていた為、それが変化し出現したと考えられます』


「……? あーと、素体で出現? つまりあんたは元々居なくて、その条件とやらを僕のメモ帳が満たしたから……現れた?」


『是』


「えっ……と。ただの安いメモ帳が、革張りの高級手帳になった?」


『是』


「……、指向性ナントカが、言霊でウンタラで……怪談が……何やかんや、と」


『是』


誰か通訳連れてきて。暗号解読できる人でもいいから。




――曰く。指向性共通意識とは、人が抱く好奇や畏怖の総称なのだそうだ。


例えば未知に対する想像や思い込み。複数の人々が抱いたその感情は、人物であったり、土地であったり。人々の注目を集めている対象に宿り、不思議な力を発するようになる。

無論、人間一人の感情から発せられる力は極微量。現実に何かを起こせる程に強くは無く、大抵は気弱な者の背筋に寒気が走る程度の代物だ。


しかし、それが噂話や怪談といった現実感ある作り話を経ると、より強い力……つまりは言霊として現実世界に影響を及ぼすようになるらしい。

それはある種の【法】に沿った規則ある物。人々が共有し語り継ぎ、研磨された【文章】を――怪談を現実化する力。


この手帳は、その怪談の編集と書き換えを可能とするツールであるそうな。

そして同時に自らも怪談その物であり、僕の愛用するメモ帳が彼、或いは彼女を再現する為の【法】を満たしてしまったため、メモ帳を媒介として現実世界へと顕現したのだとか。


「……嘘くせー……」


結構な時間をかけて手帳の自己主張を噛み砕いた僕は、あまりの荒唐無稽な話に大きな溜息を吐いた。

さっきまで感じていた嫌悪感や吐き気よりも馬鹿馬鹿しさが上回り、脱力。額に手を当て項垂れる。


『非、全て事実であります』


「そう言われてもね」


僕は胡乱げな視線で説明文を無視してパラパラと手帳を捲る。

すると手帳は僕の視線を追いかけているらしく、捲った先のページにも全く同じ文面を浮かび上がらせて来た。

何度も、何度も。眼球が動く度、文章がまるで逃がさんと言わんばかりに視線の先に浮き上がる。怖っ。


「ま、まぁ、オカルトめいた存在だとは認めるけど。それでも……」


このような常識外の現象が存在する以上、そう言った事象が存在する事は認めてもいいだろう。

しかし僕はこれまで超常現象の類は基本的に信じていなかったのだ。

日々を実直に、現実的に生きてきた人間に対し、怪談とか霊力とか突拍子もない事をすぐに受け入れろというのは酷な話ではないだろうか。


『では、正しく認識されずとも、構いません。本書をどう使用するか、強制される事はないのですから。本書を存在させ続けられるのであれば、どのように認識されていても、何ら問題は、無いのです』


この目的自体も意味不明。ただ存在するのが目的であるのならば、怪談を編集する機能なんて必要ない筈なのだから。いっそ清々しい不明瞭加減である。


「…………」


けれど、心は惹かれてしまう。好奇心と言い換えても良い。

先程感じた感覚からして、おそらくこの手帳は善い物では無い。このまま見なかった事にして押入れの奥にでも突っ込んでおくのが賢い選択なのだろう。


しかしこのまま手放すには、そう、あまりにも惜しいのではないか……?


「…………っ」


脳内に一度は酷い目に合わせてみたい少年の姿が過ぎり。心臓が大きく跳ねる。

そうだ、上手くすれば、アイツを――。


「……そう、だね。一回くらいは、うん、信じてみても良いかもしれない……」


ズレかけた眼鏡の弦を押し戻し、興奮を隠す。


僕の言葉を受けたインクは先程と同じように文面を変えていく。やはりその光景には不気味な物があったけれど、今度は新しい文面が待ち遠しく感じてしまう。

そうしてインクをかき混ぜる気持ちの悪い音が響く中。僕は決して小さくはない期待と共に、蠢くインクを見つめ続けて――。


『貴方の霊力が極めて微量である為、本書の機能を使用する事ができません』


「……………………、はっ?」


その無感情且つ無慈悲な一文に、間抜けな声を上げた。


「……えと。あんたは怪談とかを好き勝手に編集できる手帳、なんだよね?」


『是』


「でも、その霊力? が無いから、僕はあんたを扱えないって?」


『是』


「……はぁ? いや、ちょっと待って。僕は持ち主だろ、そんな馬鹿な話が、」


『貴方の微量な霊力では、本書を十全に扱う事ができません、であります――』


何を本気になっちゃってたの、僕。

湧き上がる羞恥と怒りに身を任せ、思いっきり手帳をぶん投げた。





「……クソ、思い出したら腹立ってきた」


時は戻ってパソコンの前。昨日の出来事を思い出し血圧が上がった僕は、ケツ圧を上げて尻ポケットの手帳を意識的に押し潰し。強くマウスを押し鳴らす。


「怪談、霊力、手帳、法令、オカルト……あと指向性何とかも」


調べているのは勿論、尻肉の下で苦しそうに藻掻いているオカルト手帳の事だ。

胡散臭いこと極まりない役立たずではあれど、それでも不思議存在である事は確かだ。何か前例が残っているんじゃないかと休日を利用し調べに来たのである。


……ついでに、手帳の能力を使う方法も見つかるかもしれないしね。


「でもこれ、どっから手を付けていけば良いのか分かんないな……」


しかしまぁ、物事はそう簡単には進まないらしい。エンターキーを押し込んだ瞬間にズラズラと流れ出た検索結果に軽く目眩を感じ、辟易する。

ヒットした検索結果は五千件以上。加えてその殆どが創作小説や本の紹介などで、有力そうな情報は一目で分かる場所には無さそうだ。


「あー……」


力無く唸り、机に上半身を預けた。のっそりと手帳を電灯に掲げ観察する。

決して冷たくは無く、むしろ人肌程度には温まっている筈なのに何故か感じる寒気と怖気。暑い日に肌とズボンの間に挟んどけばかなり重宝しそうだ。


「……ふむ」


しばらくその感触を味わう内に、ふと思い付く。検索結果を表示させたままのパソコンに視線を戻し、それぞれの単語を1つずつ別個に検索してみる。

その殆どは先程と同じく碌な情報が出なかったが――霊力という単語に限り、その一解釈の説明ページが目を引いた。


「霊力とは。神通力、エネルギー、魅力、気――そして魂、ね」


怪しい言葉ばかり出てくるが、共通しているのは精神に依存する不可思議な力である、という事だった。


霊の力は目に見えず、人の計量器では測る事が出来ない神秘のパワー。

僕らが呼吸し、思考し、生きる事ができるのも全ては霊の力があればこそ。言い換えれば生命が生命たる所以であり、肉体はそれらの宿に過ぎないのだという。

他にも神が宿るとか霊能力との関係とか出てきたが、何だか宗教的な匂いが強くなってきたので読み飛ばす。


……しかし、その情報を踏まえると、だ。


「……僕の霊力が微量って事は何、精神薄弱って事?」


まるで僕の器が小さいと馬鹿にしているようにも感じられ、軽く苛つく。

小さい頃から型に押し嵌めていた僕の精神が、こんな胡散臭い手帳を動かせない程に微弱な物である訳がないのに。まっこと極めて遺憾である。


「…………」


ふと時計を見れば、もうそろそろ二十分が過ぎようとしている事に気がついた。

この書店のパソコンは二十分の使用で百円の料金が発生する。今のまま調査を続ければ、確実に万の単位は超えそうだ。


(……何か、見当みたいなものが欲しいな)


そう呟き、静かに書店を後にする。ぶつんと、背後で電源の落ちる音がした。

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