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怪男子  作者: 変わり身
ゆくえ父めい
16/34

四頁 捜索



『へぇ、ここがアンタの家かい。随分とまぁ落ち着く感じの家だねぇ』


「……それはどうも。次からは鍵開けるまで待ってて下さいよ」


結局家まで追随し、壁をすり抜け家主より先に帰宅した花子さんに溜息を一つ。

そうして招いた居間の畳にめいこさんを放り投げ、その相手を頼んだ。


互いに触発されて記憶を思い出したり、手帳に記載される情報が増えるかもしれないしね。オカルト同士じっくり話しあうと良い。


『……手帳と話せって、何をよ……?』


呟きながらめいこさんをツンツンする彼女を尻目に、僕は夕飯の用意に映る。

台所に僕しか出入りしなくなって早半年。その場所は埃が積もる事も無く、小奇麗な様相を保っていた。

お婆ちゃんの物だった聖域を錆びさせる事など、僕に出来る訳が無いのだ。


「ご飯はまだあるし……いつもと同じでいいか」


お米、味噌汁、野菜炒め、そしてラッキョウ。特に食べたいものが無い場合の定番メニュー。

冷蔵庫からキャベツを取り出し、適当な大きさに切っていく。


『んー……どーもガサツな手つきだね。もう少しシュッと出来ないのかい?』


「っ」


突然現れた背筋の寒気で危うく包丁の操作を誤りそうになる。

右眼をちらりと走らせれば、何時の間にやら花子さんが背後に浮遊していた。


「……男子学生にあまり多くを求めないでくださいよ。めいこさんの方は?」


『ああ、何か「おみそしるは、あるのでしょうか」って騒いでたからね。ちょっとこっちの様子を見に』


厚かましいな、あのポンコツ。

とは言えお婆ちゃん直伝の味噌汁を求められて悪い気はせず、上がりかけた口端をこっそり隠す。


『にしてもアンタが料理してんのか。家族は共働きかい?』


「いえ、両親も祖母ももう居ません。単なる一人暮らしですよ」


『え……』


切り終えた野菜をフライパンに放り込みつつそう答え――はたと気づく。しまった、「もう」は余計だった。


花子さんを見れば案の定『聞いちゃマズイ事だったかね?』的な表情を浮かべており、罪悪感がむくむくと湧き上がる。僕は努めて気にしていない素振りで、話の矛先を逸らす事にした。


「……ところで、トイレの外の世界を見て、どうでしたか?」


『あん? 何がさ』


「いや……帰る時とか、町並みを見て何か記憶を刺激する物は無かったかなと」


花子さんはその言葉に暫く考え込む様子を見せたが、やがて諦めた様子で後頭部をガリガリと引っ掻いた。


『……いいや、街中じゃ特に掠る物は無かったよ。強いて言えば、学校で……』


「ああ……授業が懐かしいとか言ってましたね」


まぁ、怪談からして当然だとは思うけど。そう呟けば、彼女は首を横に振る。


『いや、それもそうなんだけど。ほら、アンタの先生。何かひっかかってさァ』


……言われてみると、確かに先生を見た時妙な反応をしていた気がする。

僕は真面目に花子さんの話を聞こうと、フライパンの火を止めて、


『! ああダメだよ、一回火にかけたら最後まで一気に面倒見ないと!』


「え? あ、は、はい」


突然強く注意され、思わず素直に従った。


『あとさっきから思ってたけど火ィ弱すぎ、もっとガーッと……ああ違う、もどかしいねちょっと貸しな!』


「いやあんた触れないでしょ。ちょっ、手元スカスカするの止め、ちょっと!」


どうやら生前は料理好きであったらしい。そんな新たな情報を喜ぶ間も無く、僕はなし崩し的に花子さんのアドバイスを受ける羽目になったのだった。

誰かに料理を教えて貰うなんて何時ぶりかな。何となく、鼻奥が湿った。




『で、何てったっけ。アンタの先生の名前』


そんなこんなで出来上がった野菜炒めに舌鼓をうっていると、花子さんが思い出したかのように問いかけて来た。

そういえばそんな話だったっけ。テレビの音量を絞り、彼女へと向き直る。


「若風先生の事ですか? さっきも言ってましたけど、彼女が何か?」


『いや……何か見てると胸の奥が引っかかれる感じがしたんだよね。懐かしい……のかな。よく分かんないけど』


むにゅり、と豊満な胸を強く押し潰すその姿から目を逸し、黙考。

先生と花子さん。外見年齢的には近いが……だから何だ、関係性が見えない。


「えーと、具体的に何を思い出したとかじゃないんですよね?」


『全然。何が気になってるのかも分かんないし、思い出せない』


「……じゃあ、明日学校行った時にでも話聞いてみます?」


本音を言えばもう少し深く聞きたい所だが、彼女の様子からこれ以上の情報は望めないように思えた。


(でも、どんな話題を振って何を聞いたら良いんだ。生徒と教師だろ……?)


まぁとっかかりは見つけられたと思うべきか。

僕は溜息を吐きつつテレビの音量を戻し――返す手で味噌汁を小さじにすくい、めいこさんへと振りかける。


『おいしいです。おみそしるです。まこと美味しきインク、であります』


「インクて」


『紙のくせに汁物で喜ぶなんて、変な子だね。全く』


最近とみに感情豊かになった彼女だが、これはこれで無機質だった頃より愛嬌があって良いかもしれない。例えその性質が禍に類する物であったとしても。

そうめいこさんと戯れていると――花子さんが何とも言えない表情で僕を見ている事に気がついた。


「……何です?」


『いや、雑に扱ったりそんな風にしたり、アンタらは妙な関係だと思ってね』


「そうですか? ……そうなんでしょうね、きっと」


思えば、彼女は僕の両親を奪いお婆ちゃんを悲しませた遠因とも言える存在だ。

しかしそれは道具故の必然であったとも言え、苛立ち以上の悪感情は持てない。


それに、僕は見ているのだ。山原達を解放しに行った際、めいこさんが表示した震えた筆跡を。

当時の彼女はもっと感情の薄い存在だったけど、それでも伝わるものはあった。


あれはきっと、今の僕が抱いている感情と同じ物――罪悪感だった筈なのだ。


『おみそしる、もっと頂きたい、であります。お願いします、お願いしちゃったり、するのです。えっへへへ』


……本当かぁ?

急に自信が無くなったが、溜息で誤魔化して。明日の事を悩む傍ら、再び小さじを傾けた。





「――あの、先生って何か面白い街の噂とか怪談話とか知りませんか?」


「ん? 何だ、いきなり」


翌日の放課後。

委員長としての仕事である教室の施錠後、鍵の返却に職員室へと訪れた僕達は、若風先生との雑談がてらにそう問いかけた。


すると途端に怪訝な表情を浮かべられた訳だが、それはこちらも承知の上だ。

僕は優等生のイメージが壊れないよう細心の注意をはらい、照れたように笑う仕草を演じた。


「いえ……僕、告呂市の歴史とか調べるの趣味で、丁度今そういうジャンルに当たってるんです。先生とかなら、何か知ってるかなって思って……」


無論、完全無欠の嘘っぱちである。歴史なんて興味ないよ僕。


まぁオカルトを調べていると正直に言うよりは、まだ社会的信用を得られやすい理由の筈だろう。

実際先生も「向学心があるな」と納得した様子で、心とプライドが微妙に痛む。


「……しかし、噂に怪談か。私もそういうのには疎い方だからな……」


「ああいえ。別にそんな大層なものじゃなくて大丈夫ですよ」


例えよく聞く胡散臭いような話でも、辿って行けば当時の世相が見えてくる。

故に大切なのは「身近にあった事柄」であり、その大小は問わないのだ――と一晩中考えた理屈を捏ね回し、言い包めにかかる。


……視界の端に『大嘘……』と目を押さえ俯く幽霊が映ったが、あんたも一緒に考えてくれたでしょうが。呆れる権利なんて無いんだからな。


「例えば――子供の頃に聞いたトイレの花子さんみたいな話とか、そういう古臭い話だとむしろありがたいです」


チラリ。本当に聞きたい情報を会話に混ぜ込み、様子を窺う。

しかし先生は特に表情も変えず、虚空を眺め記憶を探り始めた。


「ふむ、そうだな……私が知っている事と言ったら、さやまの森には妖怪が住んでるって迷信に、ありきたりな七不思議とか……後は――」


そこまで言って、ぷつりと言葉が途切れた。

どうしたのだろう。そう疑問に思う内にみるみる先生の眉間にシワが寄り、不機嫌な様子になっていく。思わず焦り、狼狽える。


「すいません。何か失礼な事でも言ってしまいましたか?」


「んん……いや、お前のせいじゃないんだが……ああ、もう」


先生はまるで嫌な夢を見た後の如く後頭部を掻き毟ると、大きな溜息を吐いた。


「……図書館とか、そういう所にはもう行ったのか?」


「ええ、でも何せ本の量が凄まじいので、出来れば人の話が欲しいなと……」


また嘘。だけど今度は半分本当なので、罪悪感はそれ程でもなかった。

そうして先生は決心と何か苦い物を含んだ複雑な表情を浮かべ、僕を見る。


「……ん、分かった。じゃあ少し時間をくれないか」


「時間……ですか?」


「ああ、前に出来る事は配慮するって言っちゃったからな。せっかくだ、昔の話を聞ける人に連絡を取ってやろう」


思った以上に大事な提案に、思わず慌てる。


「えっ。いえ。僕、あの言葉につけ込むとか、そんなつもりじゃ……!」


それは今までの嘘と違い、本当の事だった。

しかし先生は僕の言葉を「分かってるさ」と手で制し、深呼吸の後にいつもの毅然とした表情を取り戻す。


「んー、そうだな。今週中一杯か、それくらい待ってて貰えるか?」


「……それは、その。嬉しい話ですげど。でもさっき、何か辛そうな……」


「あれは……まぁ、別に何でもないんだよ。だから気にするなって、な?」


そう笑う彼女の様子は、普段と同じ凛々しい物だ。

しかし同時にどこか弱々しくも感じられ、僕はそれ以上何も問えず、ただ礼と共に頭を下げる事しか出来なかった。





(……何か、変でしたよね。先生)


『歴史を調べる趣味ってのがクサすぎた……って感じじゃ無かったけどねぇ』


学校を出て、帰り道。

先程の一幕について花子さん達と小声で相談を行うものの、若風先生の様子に関して特に思い当たる事はなかった。


いや、何か彼女にとっての地雷のようなものを踏んだ事だけは分かるのだ。

しかし、それが一体何処だったのかが分からない……。


『というか、大丈夫なのかい? 何か面倒な事になったっぽいけど』


答えの出ない疑問に頭を悩ませていると、花子さんが気怠げに僕の肩にもたれ掛かる仕草をする。

当然感触はないが、一瞬だけ心臓が跳ねた。


(ま、まぁ、とっかかりという意味ではありがたい話なので……それより、花子さんの方はどうでしたか。先生と改めて会って、記憶とか)


『ん? うーん……やっぱり、何かは気になったよ。なったんだけど……』


(それが何なのかはハッキリしない、と)


引き継いだ僕の言葉に、こくんと頷く。

まぁ予想していた事ではあるが、多少期待していた面もあり、少し気落ちする。


そうして今日はもう早く帰ろうと足早に道を行き――「…………」少し考え、道角を曲がった。


『……あれ、どこ行くんだい。帰り道こっちじゃないよね?』


だがそれは家路ではなく、その数本前の道。街の中心部へと繋がる物だ。

怪訝な表情でこちらを見る花子さんに対し、僕はうんざりと溜息を吐いた。


(……図書館に。流石に嘘を吐くだけ吐いて他は何もナシってのは、ヤでしょ)


詳しい理由は分からないが、先生にあれだけ苦しそうな顔をさせたのだ。

ならば誠意として、嘘の部分を本当にする努力くらいはすべきだろう。


苦々しくそう語れば、花子さんは一度瞬いた後、にんまりと嬉しそうな笑顔を見せた。


『アンタ、いい意味でもクソ真面目みたいだねぇ。好きだよ、そういうの』


(……褒めてるんですか?)


『そりゃもう』


手を伸ばして僕の頭を撫でてくれるが、何かおちょくられている感が拭えない。

僕はフンと鼻を一つ鳴らすと、彼女を振り払うかのように足を早めた。





それからの数日、僕達は放課後に図書館へ直行するのが日課となった。


新聞のバックナンバーを探って『トイレの花子さん』の怪談と似た事件がないか調べたり、単純に近代の郷土資料に気になる物が無いか当たったり。

若風先生に対するポーズだけではなく、僕達に出来る事はやっていたと思う。


「まぁ、それで結果が出たら苦労しないって話だけど」


ぱたむ。もう何枚目になるか分からない過去の地方新聞を閉じ、溜息。


また外れだ、一面からテレビ欄脇まで細かく見ても、それっぽい情報なんてまるで無い。

これでは本当に告呂の歴史を勉強しているだけだ。


『是。本書もどんどん知識を蓄え、おりこーさんになるであります。むふん』


ふと見れば、これまで調べた情報をその身に映しているめいこさんが嬉しそうに何か言っていた。


何とびっくりこの手帳。触れ合っている部分を通して僕の思考を受信し、文字に起こす事が出来るそうなのだ。

メモ帳としては破格に利便性の高い機能。せっかくなので存分に利用させてもらっていた。


……まぁ、今まで筆談に割いた時間を思い出すと釈然としないが。早く言えよ。


(さて、次の新聞……は、もう無いか)


次の新聞へと伸ばした手が空を切る。気付かぬ内に借りた分を全て読み終えていたようだ。


これでもう四十部くらいは読んだのではなかろうか。

僕は疲れた目を揉み込みつつ、新しい新聞を借り受けに席を立ち。


「……ぐへー……」


その際、手にしみついた活字インクの油っぽい匂いが鼻を突き、嫌気が差した。


「気分転換でもしないとカビ生えるな、これ……」


僕はカウンターに新聞の返却だけをすると、そのままぶらりと館内を彷徨く。

そうして気の向くまま推理小説や伝奇小説の棚へと足を運び――途中、郷土史の棚の前を通りかかり、ふと先日の若風先生の事を思い出す。


(何だっけ。そう言えば、機嫌が悪くなる前に何か言ってたよな……)


七不思議がどうとか、さやまの森に妖怪が住んでるとか何とか。


特に気にかける必要があるとも思えないが、気分転換の意味では良かろう。

適当に目に付いた土地についての解説本を手に取り、パラパラと捲ってみる。


(……あそこって、正式名称さやまの森で合ってるのかな)


他に正しい地名があるのではないか。そう思ったものの、住宅街近辺に関する項目に『さやまの森』の名を発見した。

どうも郷土史に載る程度にはポピュラーな名称らしい。少し驚きつつ、黙読。


「……事故で開発失敗、森に入った人が変死、放火犯が逆に焼死……?」


すると出るわ出るわ、血飛沫に塗れたおぞましい逸話がぞろぞろと。


他にも幾つかの文献を開いてみたが、おおよそは同じ。

かの森を巡る出来事には常に凄惨な事故や事件が付き纏っており、さやまの森に入ってはいけないという戒めには、それ相応の理由があったのだと今更ながらに理解した。


(そりゃ妖怪だ何だ言われるよ)


それに関する直接的な記述は終ぞ無かったが、確かにこれだけ事件が起こっていれば、そんな噂が流れてもおかしくはない。

気分転換どころか逆に気が滅入り、更に雑にページを捲り続け。


(……『さやまの森と呼ばれる森林に関する小話』か)


そしてページが残り少なくなってきた頃、目の端にそんな題目がひっかかった。


(さやまの森。告呂の歴史を語る上で、現在の住宅街付近に広がるその森林地帯は切って離せない場所である。しかしそこは意外な程謎多き場所であり――)


それは半ページにも満たない、筆者の雑学を纏めた小コラムだった。


硬い文章の小休止に書かれたような物で、やれ樹木は松が多いだの、やれ悪い事が起こる場所だの。特に重要そうな情報は無し。

まぁそりゃそうだ。最早ガッカリ感すら抱かず読み進めていると、最後の最後、ある一文が目を引いた。



――この森には、覚り妖怪が住むという噂もある。案外、数々の不穏な出来事は、そのような摩訶不思議な存在の手による物なのかもしれない。



(さとり妖怪……確か、人の心を読む妖怪だっけ?)


そんな物の伝承が森にあったのか――そう思っていると、ポケットのめいこさんがカサリと動いた、気がした。


(どうしたの?)


『 ? 何 が? でありま すか?』


取り出して訪ねてみるが、返ってきたのはそんな一文。

……筆跡に何か違和感があるが、気のせいかな。


首を傾げつつ再び彼女をポケットに戻すと、右眼に花子さんの姿が映る。街の散策から戻ってきたようだ。

そろそろ主目的に戻るか。僕は彼女に片手を上げ、文献を本棚に押し込んだ。


――覚り妖怪。その単語だけ、頭の片隅に残して。



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