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怪男子  作者: 変わり身
ゆくえ父めい
14/34

二頁 遭遇


【トイレの花子さん】


『階数は問わない。恋文を受け取り、トイレの扉を開いた生徒の意識を刈り取れ。倒れた人間は保険医が「問題なし」と判断するまで目覚めない』





「――何っで収集したその時に言ってくれないかなぁ、怪談……!」


翌日の早朝。

登校の道中、めいこさんに表示させた怪談を見た僕は頭を抱えた。


冗談などでは無かった。このポンコツ手帳は僕の知らない内に新たな怪談を収集していたのだ。


しかもタイミング的に十中八九あの女幽霊絡みである。

最悪昨日の時点でまた酷い目に遭っていたかもしれない訳で、流石に戦慄を禁じ得ない。


『え、す、すぐにお伝えした方が、よろしかったでしょうか。あわわ』


(今更人間味アピールしてんじゃねぇよ)


先日の一件以来、何故かキャラのブレている手帳に舌打ちを一つ。辿り着いたまだ無人の教室に荷物を預けると、すぐにその足で男子トイレへと向かった。

何か下痢が激しくて――では無い。当然、件の女幽霊を解放するためである。


「……くそ」


正直、会いたくは無い。それは先日の事がある以上当たり前の恐怖だろう。

しかしもし彼女が丸眼鏡の男と同じ境遇だったと考えると、無視という選択は僕の中から消えてしまうのだ。


だってそうだろう。例え直接的な関わりが無くとも、めいこさんの主である以上、僕は加害者の側に居る。

ならば、行動する義務が発生する筈だ。


加えて現在進行形で抱えている罪悪感的なアレコレもあるのだ。


これでただ座しているだけ?

そんなの、優等生かつ清廉潔白、眉目秀麗の良い子ちゃんたる僕にはどだい無理な話だった。


(すぐに……そう、ササッと怪談を解放して、それでおしまいにできれば……)


……でもまぁ、それと勇気を持っているかは別問題だけど。

暫くの間、トイレの前をうろうろうろうろ。端から見れば完全に変質者だ。


「……あーもう! くそッ!」


とは言え、何時までもそのままでは居られない。

僕は負けん気を奮起させ、扉を開け放ち突入。室内に右眼を余すところ無く走らせて――。


「あ、あれ?」


だがしかし、昨日居たはずの場所に彼女の姿は見えなかった。

ズレた眼鏡――この前箪笥から出てきた骨董品――の位置を直し、個室や用具入れを開けても影も形も無い。


「あの幽霊。昨日は確かに、このトイレに居たよな……?」


『おそらく、何処か別の場所で再現条件の達成が行われ、霊魂もまた該当場所へ移動した……ものだと思います、きっと』


「……まぁ、再現起きやすそうだもんな、これ」


僕だって、『トイレの花子さん』の怪談くらいは聞き齧った事はある。


詳しくは知らないけど、三階の女子トイレの三番目の個室を三回ノックすると、花子さんという女の子が現れて何か起きるとか、そんな複雑な感じだった筈だ。


だけど、この怪談はそれとは全く別物だ。

あの幽霊は花子さんなんて年じゃ無かったし、怪談文も『階数は問わない』など具体的な要素の指定を避け、積極的に再現条件のハードルを下げに来ている。


(というか、何が目的でこんなのにしたんだ?)


異小路の方はまだ分かる。人を行方不明とする力は多くの犯罪に役立つからだ。

だが今回はさっぱりである。モテる奴への嫌がらせにしか使えないだろ、これ。


暫く首を傾げるが、納得できる答えは出ず。


「……いや、別にもうどうでも良いのか。幽霊の人も居ないし」


考えを打ち切り、くるりと背を向けた。


主目的の女幽霊が居ない以上、最早出来る事は無い。彼女の力を利用できなくなった時点で、霊力が殆ど無い僕に怪談の解放は不可能となったのだ。

つまりはこれ以上新しいオカルトに首を突っ込まずに済むという事で、抱いていた義務感が雲散霧消。複雑な感情を孕んだ安堵の息がほうと出る。


(どこに行ったかも分んないし、しょうがないよね。これはさ) 


そしてそう自己弁護しつつ僕は歩き出し――カサリと、掌の中で手帳が動く。

見れば、めいこさんが表紙を揺らして某かを訴えかけていた。


『ええと、あの。怪談の条件を満たせば、霊魂、呼べるであります……よ?』


積極的に襲われろというのかこのポンコツは。

せっかくこのまま終われそうだった所に水を差され、自然と舌打ちが出る。


「……あんたも前の時に一緒に居ただろ。幾ら何でも、もうヤダよあんなの」


『あ、いえ、そのようなつもりでは……あわわ』


「それにこの怪談に関しては僕に条件の達成なんて無理だって、ほらここ」


ぐぐっ、と。表示された怪談の序盤、『恋文を受け取り』という一文を指差す。


「これ、つまりラブレターを貰えって事だろ。そんな当てあると思ってんの?」


受け取り、と書かれている以上自分で書いたものでは意味が無く、従って一人ではどうにも出来ない問題だ。

心に隙間風を感じつつそう伝えれば、めいこさんはページの端を捲り己をちょいちょいと指差した。どことなく照れ臭そうな仕草で、極めてキモい。


『そ、そのう……本書が、あります、であります』


「は?」


『ええと……本書が貴方に向け「すきです」とでも表示すれば、恋文を受け取った事になるのでは……と、推察しちゃったり、なんかしちゃったり。え、えへ』


「……、……」


人生初のラブレターがオカルトからとか絶対嫌だ。

胸元まで上がった罵倒を堪えた偉業を褒め称えて頂きたい。


僕は努めて文を無視。

パタムとめいこさんを閉じると、ガザガサ自己主張する彼女をポケットへ強引にねじ込み、トイレの扉を押し開けて――。


「うおおっ!?」



――轟音、後、雷音。



めいこさんが一際大きくその身を揺らし、部屋中に黒い火花が炸裂した。

世界の半分、右眼の世界にしか存在しないその火花は、バチンバチンと喧しい音を立てて縦横無尽に跳ね回る。


霊力の迸り。その現象だ。


『怪談の再現を確認致しました。先程の「すきです」が条件の恋文として認められちゃったようであります……えへへ』


「判定ユルユルすぎんだろこのクソ怪談!」


毒づき、霊力に中てられ痛む頭を押さえる。右の手首から黒い粘液が流れた。

ひとまずここから逃げなければ――汚い床に手を突き、這い蹲って上半身をトイレの外に出した。その時だった。


『――今度はこの子かい。ま、ごめんね』


不意に、聞き覚えの無い女性の声が脳裏に響いた。

耳ではなく、右目の奥へと刺さる幽霊の放つ言の葉だ。咄嗟に振り向くと、そこには一人の足の無い女性の姿があった。


年は三十代の前後。整った顔立ちに黒い髪が目立つ、大人の色気漂う美女だ。

何時の間にか現れていた彼女は、掌を真っ直ぐ僕の頭へ差し向けていた。


「なッ――!?」


――トイレの花子さん。書き換えられた怪談の核とされた、不遇な霊魂。


昨日見た彼女が顕現したのだと理解した瞬間、僕は強い恐怖に駆られ、咄嗟に垂れる粘液をめいこさんへと押し付けた。


『――あん?』


瞬間、ガシャンと何かが割れるような音が身体の芯を揺さぶった。

同時に色の無い衝撃が周囲一帯に走り抜け、めいこさんから『トイレの花子さん』の文面が弾け飛ぶ。


(か、怪談と霊魂の解放――、っこれで、ひとまずは、)


安心だ。そう続けようとした途端、僕の頭部を細い腕が鷲掴む。


「がッ!?」


女幽霊が消えない。視界を覆う手の感触はしっかりと肌を焼き、掌の隙間から見える姿もまた健在。


(怪談から解放すれば成仏する筈じゃ無かったのかよ!?)


否、そんな事より大ピンチだ。文面じゃ被害者は気絶させられるとの事だが、それだけで済む保証は無い。

肩の怪我の時を思い出し、血の気が引く。


(今度、頭ッ、首! 外れっ、し、死ぬ……!)


そんなの御免だ。

火花の走り始めた手に爪を立て、引き剥がそうと試みて――。


『っと、おや?』


「うわぁッ!?」


唐突にこめかみに感じていた圧迫感が消滅、僕の両腕が空を切る。


見れば女幽霊から現実へ干渉する力が失われたらしく、彼女の腕が真っ直ぐ僕の顔面を貫通していた。

おそらく害は無いのだろうが、初めての感覚に身が凍る。


僕は恐怖。

女幽霊は戸惑い。


両者違う理由で動けない中、数十秒の時が過ぎ。


『……あれ、動ける。どうなってんだい、こりゃ』


ぽつり、と。やがて呟かれたその一言が、静かに右眼に染みこんだ。



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