ユリ
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ハルは、少女に出された服に着替えると、家の中に入れてもらった。
家というよりは、小屋だろうか。あまり広いものではない。二、三人が暮らせる程度だろう。
「えっと、自己紹介がまだだったよね。私はユルユーリ・リーシャ。よろしくね、ハルさん」
名乗られて、ハルは少しばかり戸惑った。今の音から察するに、リーシャはファミリーネームだろうか。
ファミリーネームは、貴族などの上流階級が持つもので、ハルのようなただの村人だった者にはない。
ハルの表情から察したか、ユルユーリは、あ、と口を手で覆う。
「ご、ごめんね。今のは忘れて」
なにやら訳ありのようだ。
聞くにしても言葉が出ない状況だ。ハルはうなずくにとどめて、視線を家の中央、小さなテーブルの上へとやった。
「あ、そうなの。ご飯、作ってあって……」
ハルの視線を助け船と感じたのか、ユルユーリはハルの手を引いて、椅子を勧めた。
「口に合うといいんだけど」
そう遠慮がちに言われたが、ハルにとっては充分なごちそうだった。
肉こそ無いが、パンにシチューにサラダ。どれも長年口にしたことのないものだ。
いつもは怪獣のよくわからぬ肉を焼くか煮るかする程度で、葉物はダンジョンの片隅に生えている雑草くらい。むしろ、肉が無い方が新鮮だと感じる。
勧められるがままに食べると、やはり美味かった。苦労したのは、食器の使い方を思い出すところだけだ。
「美味しい?」
うなずく。
「そう、それならよかった」
緊張から解放されたのか、ユルユーリが初めて笑みを見せた。
年相応の、少女の笑みを見てハルは固まる。少女の微笑み顔は、はるか昔に姉と妹のを見たのが最後だったろうか。
一瞬湧き上がった感情を抑えて、ハルはすぐに食事に戻った。美味い食事があるならば、今はそちらを優先するべきだとして。
幸い、気の優しい少女には、ハルの感情は伝わらなかったようだ。ハルが食事する様をニコニコと笑いながら見ている。その様子は、さながら子に食事を与える母親のようだ。
そういえば、とハルは思いつく。なぜ、ユルユーリは森の中の小屋に住んでいるのだろう。
見たところ、ユルユーリ以外の住人はいない。いる気配がない。
「あ、えっと、遠慮しないで。ここには、私しかいないから」
寂し気な声に、食事の手が止まる。
「お父さんもお母さんも、もういないから……」
さすがに、今度は気づかれた。
でも、とユルユーリは言い直す。
「ハルさんが気にすることじゃないから大丈夫だよ」
慌てて言いつくろう様は、どう見ても大丈夫ではない。
そうだ、と思いだすのはさきほど渡されたばかりの服。ここに少女が一人で暮らしていたなら、男物の服などあるはずがない。
おそらく父の物なのだろう。いないというなら、形見か何かか。借りてしまってよかったのだろうか。
大丈夫、とユルユーリは言うが、亡くした者を思う気持ちは分かる。
スプーンを置き、うなだれてしまった少女の頭を撫でる。
先ほどまで母のように見守っていたと思ったら、今は小動物のようにすくんでしまっている。優しい反面、気が弱いのだろう。
テーブル越しに、ポンポンと数回、綺麗な金髪を撫でる。
あ、という小さな声が聞こえた。顔を上げようとしているユルユーリと目が合い、
「……」
また少女は縮こまる。
今は何を語ってもらう間柄でもないかもしれない。そう思い、ハルは食事を続ける。
「ごめんね、ちょっと、最近色々あって。し、心配しないで大丈夫だよ」
はかなげに微笑むユルユーリの顔を見て、ハルの顔は、自然と笑みの形になった。
大丈夫、という少女に対し、無理しないで大丈夫だよ、と伝えるために。
「あ、ありがとうね、ハルさん」
「……」
うなずいて、唇を動かす。
「だ……じ……。ユ……リ……」
やはり、言葉が出てこない。かすれたように喉の奥から音が出た程度。
ハルからすれば情けない声も、それでも、ユルユーリには届いたらしい。
「ユ、リ……?」
そう呼ばれて嬉しかったのか、目の前の少女は頬を緩ませた。
「ユリ……って、初めて呼ばれた。ハルさん、これなら私の名前呼べる?」
食べていたサラダを飲み込んで、ハルは唇を動かす。
「……ユ、リ……」
蚊の鳴くような声だったものの、ユルユーリは喜び、
「じゃあ、私はこれからユリね」
名乗って、一緒に食事を始めた。