脳内会議リターンズ
ある区域内での公民館、折り畳み式のテーブルを『コ』の字にくっつけて、お互いの出方をうかがう。メンバーはいつもの4人+私。曇り切った空は、何も与えてはくれず、早い時間につけた蛍光管が窓ガラスに己の姿を照らす。給湯室から持ってきた丸くて小さい湯飲み茶わんに緑茶を注いで、席に就いた。茶を入れるのは女性たちの役目だと認識して動かずにいた私を驚かせたのは、肩まである長髪の男性が、お盆を運んで、一つ一つ静かに、茶托の上に茶碗を置いた。かすかな湯気が、空間を白く染め上げ、すぐに消えた。
「それでさ、答えづらいかもしんねえけどさ、なんか無茶苦茶なんだよね最近、そこはどう思ってるの?」
と大柄な男性が単刀直入に切り出した。ピンク色の半そでのポロシャツは、秋だというのに、体温が高い彼にとって、格好の着こなしだと言える。彼の大きな二つの目で睨まれると、心のよこしまな部分が寄り添って悲鳴を上げているのが見えた。白い魂はムンクの描く男の顔をしている。
「確かに、小説は進んでいませんし、よその連載小説も止まったままですね、ブログも更新していません」
ロイドメガネの男性はカフェモカ色のカーディガンを羽織り、神経質そうにこちらをうかがう。理知的な詰め方をする彼も、私は苦手だった。
「本人も言いづらいとは思うので、ぼかして言いますが、気もそぞろになるような出来事があったと」長めの髪の女性は、藤色のニットを着込んでいる。下は茶色のキャメルタイトだ。テーブルの上に乗せた手は敬虔なクリスチャンのように硬く組まれていた。
「また、いつもの経過でいつものパターンだったみたいよ」セミボブの丸顔の女性が捕捉を入れる。クリーム色のブラウスに黒字に赤のチェックのミニスカートをはいていた。黒いタイツの足をブラブラさせながら。ファーのついた黒いシューズが蛍光管の光を照り返して目の前でチラついた。
「いや、あの、あんまり詳しく書くと、まずいから」私は額に冷や汗を浮かべて、消え入りそうな声で、四人のご機嫌をうかがう。競馬場に迷い込んだ場違いなキリンが逃げ出したい気分になった。
「じゃあ話さなくていいけどよ。日々の生活はどうなってんだ。えっ!」大きな声で語気鋭く畳みかける。彼の動作が宙に残像を描く。透明な線がエコーのように空間に残る。
「最近は業者への支払いが滞っているようですね。それに、衣替えがまだ終わっていません」眼鏡の男性は目を細めて、唇を尖らすと私の不手際ぶりを問い詰めた。
「発達障害のある人だって、もっと日常生活は上手くやれているのに。コンサータは飲んでいるんだよね」
セミボブの女性が狙いすました目つきで、私を睨む。筆記具で何度も机をたたいて、不機嫌なドラマーのようにも見える。
「飲んでいるけど、あまり効果がないんですよ」私が自分の不満を声高に述べると。三人が声をそろえて叫んだ。「それは仕事をしてないから!」
「朝一で整理整頓をしてみろよ」大柄な男性が、脅すような声で空気を響かせる。
「今月の計画表も、まだ立てていないのよね」丸顔の女性があきれた声で、追撃する。
「やることは山積みですが、まだ気が付いていないみたいです」眼鏡男子が冷静に状況を分析する。
「早く動かないと、雪が降ってくるわよ」一番きついことを、冷静な姿勢で正す細面な女性。
私は、すでに四面楚歌になった。見えないレンガが四方を取り囲んで私を威圧する。
「もうさ、youtubeで音楽聞くの減らさねえか」と大柄の男が大胆な提案をぶつける。
「ツイッターも止めたし、ネットから離れるいいチャンスよ」小柄な女性が、長年の懸念材料を解消しようとする。
「誰かさんに、甘いって言われたから、ここらへんで引き締めないと」ロングの女性も改革案に乗り気のようだ。
「ただ、『小説系』は、残しておいてください」冷静に駒を進める、切れ者の眼鏡くんは、彼に対する飴を忘れない。
こうして私は、今までの自堕落な生活態度を改める要求書を突き付けられた。これからは、娯楽三昧の生活はできないだろうなあと、野放図に過ごしてきた自分を呪った。
すでに夕日は地平線から消え、群青色の空が町の照明に照らされながら、夜の輪郭を木のうろのように天空からくりぬき始めていた。