第四話 混ざり合ったあの時
第四話 混ざり合ったあの時
「そして、私の番がやってきた。私がこのゲームを遊んだときの事は今でも良く覚えている。内容があまりに強烈だったからだ。
圭の「俺達のを見てたらやってみたくなったんだろ。」という言葉を流しつつ、私はヘッドマウントディスプレイを装着した。ヘッドマウントディスプレイ側にもディスプレイ側と同じ画面が映し出されていた。
拓の指示でゲームを始める。役割は衛生兵というものがあったのでそれにした。衛生兵というのだから前線には出なくて良いだろうと思った。そういえば恵美は突撃兵だったと思う。私にはそんなことは出来ない。役割を選んだ後、出撃場所を選ぶ。ゲームの読み込み画面が終わると、背中に何か嫌な感じがした。本当に自分がゲームの中に居るような感覚になったからだ。私が入り込んだステージは、緑の見えない土地だった。舞い上がる砂埃、太陽の光。私の体は存在しない砂埃を吐き出そうとせきをする。何もかもが実際にその場に居るかのように感じられた。しかし、それほど驚いてその場には居られない。何処からか聞こえた「おい、ぼさっと突っ立ってんなよ。」と言う言葉に私は体を動かしだした。近くに居た仲間が言ったらしかった。走っても何故なのか体が重かった。その時は特に考えなかったけど、実際の重量を感じられるようになっているのかもしれない。すぐに、遠くで爆発音がし始めた。私は恐かった。すぐ近くで殺し合いをしているのだ。私は衛生兵なので前線には行かないで済む。そう思って、私は仲間の兵士たちの後ろについて行った。ふと、ゲーム外から、「衛生兵って裏方だから面白くないな。」と聞こえた。男達が言ったことは分かったけど、誰が言ったかは分からなかった。争っている区域に近づくにつれて息が荒くなり心臓の音が大きくなっている事に気がついた。それとともに気持ち悪い匂いがし始めた。火薬の匂いと何か。そこへ負傷した兵士がこちらに来た。そして、その場に倒れこむ。「たっ、助けてくれ。」と言う彼は何箇所かを銃で撃たれたようで服を血で真っ赤に染めていた。鼻につく血の匂い。血の匂いを嗅いだのは血が出るほどの怪我をしたとき以来。だけど、その時は血の量が全く違う。気持ち悪くなるほどの量だった。兵士の「頼む。早く助けてくれ。」という言葉に何度か頷き。装備品のひとつである救急セットを取り出すもその場で固まる。使い方が分からなかったからだ。負傷した兵士は「早くしてくれ頼む。」と苦しそうに言っている。私は、「やり方がわかんないのよ。」と負傷する兵士に叫んだ。「その救急セットを持ったまま負傷した奴に触れれば良いんだよ。」という言葉を何処からか聞くと、すぐに救急セットを彼の体に押さえつけた。すると兵士の体が光り始めた。音が聞こえると共に光りは消えた。そのときには負傷した兵士の体からは血が消え復活していた。負傷していた兵士は「ありがとよ。」という言葉を言うとまた爆発音のする前線へと走っていった。こういうところは現実的よりもゲームのし易さを取っているらしかった。銃の弾や救急セットはやはり有限らしく。使用したためか容量が減っていた。補給するためには各所にある補給地点で補給することは恵美が遊んでいたときに分かっていた。
私はそれからもっと前に進んで、小さな町の中に着いたと思う。町の中を奥に見える出口へ向かって進んでいくと、何人もの味方兵士がこちらに向かって走ってきた。口々に「戦車だ。」という声が聞こえた。彼らの後ろから戦車が現れたので、私はびっくりしてその場に倒れこんだ。腰が抜けたらしかった。砲台が回り、停止すると弾が発射された。その音は銃の音なんて目じゃない音だった。その弾はこちらに逃げてくる兵士の一人に当たり、兵士は吹っ飛んだ。弾が当たった兵士は口では言い表せないほどの状態になった。私はその姿を見て叫んでいたと思う。今思い出しても気持ち悪い。ぴくりとも動かない姿は直前まで生きていた人間とは思えなかった。戦車を見ると砲台が回り、今度はこっちに撃とうとしていた。私は立ち上がれなかったので、必死に戦車の死角へ向かって体を転がした。直後、私が元居た場所に戦車の弾が当たる。弾が当たったときの衝撃で地面はえぐられていた。当たったら痛い、死ぬ。なんとか立ち上がると近くの建物の壁に隠れた。すぐに戦車のほうを見るとまたこちらに撃ってきた。体をくっつけていた建物は衝撃で激しく揺れる。すぐに戦車のほうを見ると相手方の兵士が侵攻していた。その視界に大きな弾が戦車に向かっていくのが見えた。後ろを見ると対戦車用のロケットランチャーを持った数人の兵士が居た。しかし、すぐに一人が撃たれて倒れた。私は建物の反対側に走り兵士が居るか確認した。その間にもロケットランチャーが何発か発射される音が聞こえた。案の定敵兵士たちが向かってくる。何もしなければ撃たれて苦しむだけなので戦うしかないと思った。手にもった小型の銃を兵士に向けて撃った。引き金を引くと後ろに引っ張られた。銃を撃つときの反動がリアルに再現されていたようだけど、その時は感心する暇なんて微塵も無い。なんとか弾が当たり倒れこむ敵の兵士。しかし、その後からどんどん兵士が来た。後ろから、「どけ、衛生兵。」という言葉と共にすぐ横を弾が飛んでいく。私は体を引っ込めて後ろを見た。仲間の突撃兵が撃ちながら敵に突進していった。それを確認した後、反対の戦車のあるほうを見ると、相手の戦車は消えていて仲間の戦車が敵を攻撃していた。そこで反撃を始めたと思った私は気が抜けたのか背後の気配に気が付かなかった。背後から聞こえた冷たい金属音に素早く振り返ろうとしたものの、その前に撃たれてしまった。人生で一度も銃で撃たれた事が無かったので、一瞬自分がどうなったのか分からなかった。その姿は、敵から見れば間抜けな姿だったと思う。すぐに体中の無数の場所が熱くて痛くなる。私はうめきながらも撃った相手を見るために振り返ろうとする。しかし、その前にその場に崩れ落ちた。荒く息をする私を見下ろす敵の兵士。その顔はどうしようもないほど危ない顔だった。その兵士からとどめの一発を受けると激痛と共に視界が真っ暗になった。死んでしまったという事だった。すぐに体の痛みが引く。再び戦場に落とされたけど、少しずつ押されて最終的には基地まで攻め込まれて負けてしまった。今思えば本当に地味な戦いだった。これが戦争というものならば、実に地味でくだらないものだと思う。
私のが遊び終わると、すずかを除いた他のみんなが再び順々に遊び始めた。私はすずかのところに戻って感じたことを素直に話した。その時すずかが何を言ったのかは覚えていないけど、あまりいい反応はしてくれなかった。その後は、すずかと話しながら、目に見えない人間と殺し合いをする友達を眺めていた。やっぱり私はあのゲームをすべきじゃなかったんだと思う。今でも、あの体の痛みを覚えている。
拓の家から帰るとき、すっかりあのゲームを楽しんだ圭、翔、誠や恵美は、「自分も買おうかな。」などという会話をしていたと思う。すずかはその姿を見ると静かに私を見て、「理解出来ないです。何が楽しいんでしょうか。」と言った。その目からは怒りのような感情が見……。」
その時、部屋のドアをゆっくりと開き、琴美の母親が部屋に入ってきた。琴美はすぐにパソコン画面から目を離して母親を見る。母親の顔は少し怒っているように見えた。琴美の母親は腕を腰に当てて、琴美を見た。
「琴美。明日が休みだからって、遅くまで起きているんじゃないの。」
母親はそう言い切ると、ドアへ向かって歩き出した。
「はい。わかりました。」
琴美には反省の色が無い。ただ、口だけで答えただけだ。それよりも今書いている文章のほうがよっぽど琴美にとって気になることだった。
母親は琴美の部屋を出て、顔一つ分までドアを閉めた。その隙間から琴美を見る。
「早く寝なさいよね。」
母親は言い終わるとすぐにドアを閉める。琴美には母親の足音が少しずつ遠ざかっていくことが感じられた。
琴美はドアを開けて母親が十分遠ざかったことを確認する。居ないことを確認するとドアを閉めて机に座り、再びキーボードを叩き始めた。