第十三話
「そういやお前、ジュリウスと友達なんだっけ?」
「あ、はい。一応」
海貴也は、色々と考慮した上で返事をした。自分が友達だと聞いて、何か思うところがあるのだろうか。あの時の反応が容認されたか否か微妙なラインのような気がして、まさか牽制されるのではと警戒する。
「まだ引っ越して来たばっかだろ。どうやって、そんなに早く仲良くなったんだよ?」
「どうやってって……。特に何もしてませんよ。よくお店に行ってるだけです。話すようになったのも、最近ですから」
「俺だって毎日店に行ってるけど、会話するようになるまでもっと掛かったわ。一体どんな手を使ったんだよ」
自分よりも早くジュリウスと仲良くなったのが癪に思ったのか、恭雪は急に友達くらいの距離感で、窮屈そうに海貴也を肘で突く。
「手も何も……普通に話しただけですよ。あんまり自分からって苦手だから、ちょっとずつ」
「本当にそれだけかぁ?」
「それだけですよ」
恭雪は海貴也に顔を近付けて、茶化すように聞き出そうとしてくる。異様に近い距離を離したい海貴也だが、隣に他の乗客がいるから首から上を数センチしか避けられない。
「アイツのガードはかなり固い。あれを崩すには、それなりの技量が必要だ」
「技量?」
そんな技量なんてないし、あるように見えるか?と心の中で投げ掛けながら、とにかく早く顔を退かしてほしかった。そんな海貴也の心中など、恭雪は意に介さない。
「どんな力業を使った?さりげなくボディータッチしたのか?それとも、エロい手付きで尻でも触ったか?」
「なっ!」
他人が多数いる中で卑猥な発言をされ、思わず声を上げた。一瞬で周囲の乗客の視線が集まり、隣でうとうとしていたぽっちゃり男性にはジト目を向けられる。
海貴也は恥ずかしさで羞紅し、小声で恭雪に抗議する。
「何言ってるんですかっ!」
「違うのか?まぁ、そんな大胆なことするようには見えないもんな。それじゃあ、言葉攻めか?」
「もうやめて下さいよ」
「貴方に会いたかったとか、貴方のことが頭から離れないとか、貴方はキレイだとか」
最後の言葉にギクリとした。改めて聞くと口説いてるようで、また赤面しそうになる。しかし、ここで動揺を見せてしまったら恭雪にイジられそうだったので、平常心を保とうとする。
「そ、そんなこと言ってませんよ!言う訳ないじゃないですか。て言うか、オレがジュリウスさんをどんな目で見てると思ってるんですか」
「そんな言葉も言いそうにないか」
海貴也はもう勘弁してくれと項垂れる。さっき嫌な印象はないと思ったが、訂正しよう。恭雪といて気分が良かったのは、初回だけだ。
「もう本当にやめて下さい。こんな場所で……」
「悪い悪い。例えが俺基準だったわ」
笑いながら恭雪はやっと顔を離してくれた。しかし、「俺基準」という単語が海貴也の耳に余韻として残った。
〈そういう目で見てるってことか……〉
思わぬタイミングだが、不透明だった恭雪の胸裏はこれで大体確信を持てた気がする。
疑問が一つ解決できたのに、何故だかとても不快だった。
「いかにも完全受け身の小動物っぽいもんな、お前。良いとこなんか一つくらいしかなさそうな、頼りない感じでさ。俺がジュリウスだったら、絶対にお前を頼りにしないな」
おまけに、言う必要のない言葉に針を刺される。自分でもわかっていることを他人に言われると、身に沁みる。
今は、余計に沁みる。
「……あの。有間さんは……」
「〝次は───〟」
海貴也は核心に触れようとしたが、車内アナウンスに掻き消されてしまった。
「ん?何か言ったか?」
「……いいえ」
きっかけを失って、核心に迫るのをやめてしまった。
自宅最寄り駅に着き、恭雪と一緒に降りた。街路灯がぽつぽつと点る歩道の横を、時々車が素通りして行く。帰る方向が同じ恭雪の少し後ろを、海貴也は黙って歩いた。
「どうした。急に黙って。仕事で疲れたか?」
「はい。ちょっと……」
残業の疲れもあったが、胸の中に留まる靄が大きくなって渦を巻いていた。一枚目の問題が解けたばかりのに、すぐさま難問の暗号問題を突き付けられたように、靄の渦に気が巻き込まれていく感覚だった。
自分でも、何でこんな気分になっているのかわからない。原因の種が見つからなくて妙に抵牾しく、それも靄を作る要因だった。
恭雪は、店舗の隣の自宅を通り過ぎた。まだ帰らないのだろうか。
「───そうだ。お前に、聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
「お前はさぁ、どういうつもりでアイツの友達になったの?」
唐突に聞かれた。少し刺が含まれた言い方で。これまでとはまた違う彼が現れた。
「え?どういうつもり、って……」
「ただの仲良しごっこのつもりだったら、今すぐ付き合いをやめろ」
突拍子もない言葉を掛けられ、踏切の前で海貴也は思わず足を止めた。五歩先で、恭雪も踏切の方を向いて立ち止まる。防犯灯も一つしかない中、お互いの表情も定かに窺えない。
「……何で、そんなこと言うんですか?」
「そう感じたからだ。軽い気持ちで友達ヅラするんなら、やめておけ」
「友達になるのに、何で軽い気持ちじゃダメなんですか。友達作るのに、特別な理由がなきゃダメなんですか?」
「アイツに限ってはな」
〈ジュリウスさんに限って……?〉
恭雪はダウンのポケットから煙草を出し、一本咥えた。ほのかなライターの灯火が、横顔の恭雪の口元を中心に照らす。
静まり返った暗闇を切り裂くように、踏切の警告音が鳴り始めた。赤いランプを交互に点滅させ、黒と黄色の縞模様の桿が下りて列車の接近を知らせる。
海貴也は怪訝な視線を向ける。
「……何で急に、友達をやめろなんて言うんですか。ジュリウスさんが、友達はいらないとでも言ったんですか?そんな筈ないです。だって、ジュリウスさんから……」
「これは警告だ。お前の為でもあるんだよ」
「警告って……」
どうやら海貴也は、何故か恭雪から良く思われていないらしい。それは理解したが、その言葉の意図は難解でしかなかった。
「……有間さんは、ジュリウスさんの何なんですか。警告って何ですか?一体、あの人の何を知ってるって言うんですか!?」
「お前こそ、アイツの何を知ってんだ。何を知って、アイツと親しくなった?」
「何を、なんて……」
ライトを照らし列を成す長い車体が、駅を目前に速度を落としながら二人の横を通過する。
「アイツと会ったり、話すのは構わない。だが、ただの友達のつもりなら、軽い気持ちで付き合うなら、これ以上ジュリウスと親しくなるな」
煙を吐きながら向ける面持ちが、通過する列車の明かりでようやく見えた。
車内の照明が反射した炯眼にも似た眼差しが、海貴也に向いていた。
その台詞を最後に、恭雪は歩きタバコをしながらそのまま何処かへ消えて行った。
踏切の警告音がピタッと鳴りやみ、遮断桿が道を開ける。
歩道脇の花壇のシクラメンが、電車が通過したあとも僅かにゆらゆらとその身を揺らす。
再び静かになった夜の帳の中で、海貴也は恭雪を見送るようにあ然とその場に立ち続けた。
「……意味わかんないよ」
〈何で有間さんが、そんなことを言うんだ?友達をやめろなんて、何か理由がなきゃ………。ジュリウスさんを特別に思ってるから……。だから、オレの性質を量るように接してくるのかな。オレは別に、そんなつもりじゃないのに……〉
恭雪との掛け合いの中で刺された心が、まだ少し余韻を残していた。
気にすることはない。自覚していることを、そのまま言われただけだ。消極的だとか、自己表現が苦手そうだとか、頼りにしたくないとか言われても、今更このやろうとも思わない。
だが、ジュリウスの友達をやめろという警告だけは、すんなり聞き入れる訳にはいかなかった。




