ブーくんの魔法は何だろう?
次の日の社会の時間、あたしは教室の前に立っていた。
「えーっと、あたしたちエルフィン人は、アヴァロンという星から来ました」
生徒たちがあたしを見ている。
あたしはゴクリとつばをのみこんで、話をつづける。
「アヴァロンの星はお花の星です。どんな国にも森があって、たくさんの花がさいていて、森にはいろいろな種類の動物がいます」
あたしの後ろは黒板がわりのモニターになっている。
そこに、花や木や動物の写真がならんでいる。
みんなのつくえもモニターになっているから、同じ写真が見える。
今日は、あたしがみんなに勉強を教える日だ。
アリサがテキストを作ってくれたから、あたしはそれを読んで聞かせている。
勉強が苦手なあたしが勉強を教えるなんて、ちょっとヘンな感じ。
後ろではアリサとアチャ先生が見ててくれる。
けど、クラスのみんなが、あたしをじっと見ながら、話を聞いている。
うーん、ドキドキするー。
「せんせー、しつもんでーす」
のっぽの子が手をあげた。
「は、はーい、なんですか?」
「リゼちゃんもアヴァロンから来たんですかー?」
「ううん、ちがうの。リゼちゃんはアリア人っていって、トゥーレという星から来ました。エルフィン人は耳が横に長くて、アリア人は金色の髪で目が青いんだよ」
「なるほどー」
質問した子は、なっとくした感じでリゼちゃんを見やる。
「そのとおりですわ!」
リゼちゃんもコクコクうなずく。
「そうなんだー」
ブーくんも聞いている。
ブーくんは、とてもまじめだ。
先生の話もちゃんと聞いているし、本もよく読んでいる。
なのに、どうして魔法が使えないんだろう?
ブーくんの魔法のことがわかればいいのにな。
そうしたら、ローランドさんにうれしいお話ができるのに。
そんなブーくんだけでなく、サラちゃんや、ほかのまじめな子たちもフムフムとあたしの話を聞いている。でも……。
「ニキちゃん~、ラクシュちゃん~、先生がお話しているときに、おしゃべりをしたらダメですよ~」
アチャ先生が注意した。
ニキちゃんたちは後ろの席でヒソヒソ話をしていたのだ。
「「はーい」」
2人は話をやめる。
けど、ぼんやりちがう方向を見ている。
そうなのだ。
クラスのほとんどの子は、あたしの話を聞いてくれていない。
うとうとしている子もいる……。
あたしは、悲しくなった。
長い耳がしゅんとたれる。
でも、クラスのみんなの気持ちもちょっとだけ分かる。
せっかくアリサが作ってくれたテキストだけど、やっぱりお勉強はたいくつだ。
でも、どうしたら、みんながあたしの話を聞いてくれるんだろう?
……あ、そうだ!
「ねえ、アリサ、アチャ先生、魔法を使っていいかな?」
「いいですよ~。でも、何をするんですか~?」
「それはね!」
あたしは【○】と【十】をかさねたケルト十字のペンダントを取り出す。
「カシの木さん、森の魔力さん、あなたのすがたをあたしにかして!」
すると、教室のカベぎわに、たくさんの木の芽が生えた。
木の芽たちはぐんぐんのびて、黒くて大きな木になった。
木はあまりに大きくて、てんじょうにあたって折れ曲がり、横向きにえだを広げる。えだからはたくさんの葉っぱが生えて、みんなの頭上をうめつくす。
たちまち、教室は森になった。
「これが、アヴァロンの星でいちばんたくさん生えている【カシの木】ですー! アヴァロンには、こういう森がいっぱいありますー!」
あたしはアリサが作ってくれたテキストの続きを読む。
もう関係ないおしゃべりをしてる子も、うとうとしている子もいない。
みんな目を丸くして、カシの木を見ている。
「ユリさん、ルピナスさん、お花の魔力たち、あなたたちのすがたをかして!」
あたしはさらに呪文をとなえる。
カシの木の根元が光って、何本ものユリがあらわれた。
ユリたちは、長いくきの先についたラッパみたいな花を上品にゆらす。
足元は緑色のカーペットになった。
その上に、かわいらしいポピーの花や、長細いルピナスの花、小さな花をたくさんつけたスズランたちが、いっぱい、いっぱいさきみだれて、お花畑になる。
マーガレットが、ニッコリ笑うように花びらを広げる。
チューリップはターバンをみたいな形の花を、元気にさかせる。
たくさんの花びらをゴージャスにかさねたバラの花も、あでやかにさきほこる。
赤に、ピンクに、青に黄色に白。いろいろな色の花たちは、宝石みたいにキラキラはしてないけど、宝石に負けないくらいあざやかに、かわいくさいている。
「わぁー」
生徒たちはおどろきの声をあげた。
そして大さわぎしながら席を立って、てんじょうを見上げたり、しゃがみこんで花を見たり、カベぎわに集まったりした。
まじめな子も、そうでない子も関係ない。
アートマンたちは宝石の星シャンバラで生まれ育った。
だから鉄でも宝石でもない木や花をを見るのはめずらしいのだ。
写真では見たかもしれないけど、大きな木が目の前にそびえていて、頭の上で葉っぱがゆれていて、足元で花がさいているのは初めてなんだ。
「トゥーレにもこういう木がはえていましたわ! なつかしいですわ!」
リゼちゃんがそっと木をなぜる……その手がすりぬけた。
ゴメンね、その木はまぼろしなんだ。
でも、アートマンの子どもたちは大よろこびで森の木を見ている。
あたしが宝石の街を見てステキだって思ったのと同じくらい、アートマンのみんなは鉄でも宝石でもない森や、木や、花たちがめずらしのだ。
「せんせー、ほかのものは魔法で出せないのですかー?」
「ラクシュは動物さんが見たいですぅー」
どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
「それじゃ、知っている動物の名前を言ってみてー!」
「アスラ!」
「ヴェータラ!」
「それはシャンバラの動物だよー。アヴァロンや人間の星にいる動物を言ってー」
「それじゃ、ボ、ボクはリスがみたいな。リスっていたっけ?」
「リスはいますよー」
そしてペンダントをにぎりしめる。
「リスさん、動物の魔力さん、あなたのすがたをあたしにかして!」
すると木の葉のかげから、小さな何かがいくつも飛び出した。
クリクリした目をして、大きなしっぽをフサフサさせた、小さなリスたちだ。
チチチチチッ!
リスたちは小首をかしげると、カシの木をかけおり、つくえの上をかけまわり、お花畑の葉っぱの間を走り回る。
「ちっちゃい!」
「体じゅうに毛がはえてる!」
生徒たちはリスを追いかける。
でも、すばしっこいリスはつかまらない。
それどころか、おとなしい子の頭にすすっとのぼって、ビックリさせたりする。
「せんせー、ほかの動物も見せてくださいー」
「ううっ、ゴメンネみんなー。これ以上は、魔力が足りなくて出せません……」
そう答えると、みんなはガッカリした顔をした。
アートマンは自分の体に宿っている魔力で魔法を使う。
リゼちゃんみたいなルーン魔法使いは、ルーン文字で魔力を作って魔法を使う。
そして、あたしたちケルト魔法使いは、世界のいろいろな場所に宿っている魔力にお願いして魔法を使う。
だから同じ場所で一度にたくさん魔法を使うと、そこの魔力がなくなっちゃう。
ここではたくさんの魔法を使ったから、これ以上の魔法は使えないの。
みんなゴメンね。でも、
「マギーさん~、魔力がもう少しあれば、もっと動物をだせるんですか~?」
アチャ先生はあたしにたずねた。
「うん、そうなんだけど……」
あたしはうなずく。すると、
「みなさ~ん。マギー先生は、今、魔力が足りなくて。ここではこれ以上の魔法が使えません~。どうしたらいいと思いますか~?」
アチャ先生はみんなにたずねてくれた。
なるほど! せっかくだから魔法のお勉強をするんだね。
「はい! わたしの魔法を使えばマイクロウェーブでエネルギーをおくれます」
のっぽの高い子が手をあげた。
「ま、まって! マイクロウェーブで魔力はおくれないわよ! あぶないから、人に向かってうったらダメです!」
アリサがあわてて言った。
「じゃ、どうしよう?」
みんなはヒソヒソ話し合いを始めた。
「えっと、リゼちゃんは、元気になる魔法が使えたよね? それを使えば……」
ブーくんが言った。ブーくんは知りたがりで本をたくさん読んでるから、自分が使えない魔法のこともよく知っているのだ。
「なるほど! そう言われれば、そうですわ!」
リゼちゃんはニッコリ笑った。すると、
「せんせー! わたしも【反重力の魔法】で空間をゆがめて、別の次元から魔力をもらうことができます!! ……たぶん」
ニキちゃんが、リゼちゃんをキッとにらんで言った。
前にアリサから聞いたんだけど、重力っていうのは空間のゆがみなんだって。
だから重力をさかさにする反重力の魔法を上手に使えば空間をゆがませられる。
でも、ニキちゃん、よくそんなことを思いついたね。
……そっか、ニキちゃんは、リゼちゃんにまけるのがイヤなんだ。
「それじゃ、2人でマギー先生に魔力をおくってください~」
「……マギー、だいじょうぶ?」
「うん、いけるよ!」
アリサに答えて、ケルト十字のペンダントを頭の上にかかげる。
あたしの魔法のペンダントは、世界の魔力を集めるために使うの。
だから世界のかわりに2人から魔力をもらうことにも使える。
「このペンダントに向かって魔力をおくってねー」
「まかせてくださいませ!」
あたしが合図をすると、リゼちゃんはクリスタルを取り出した。
「【フェオ】のルーンは焼肉のルーン! モリモリ! 元気になりなさい!」
リゼちゃんの手から魔法の光がはなたれて、ペンダントにあたる。
魔法の力をすいこんだペンダントがピカピカ光る。
「ダーキニーの魔法の力で、空間よ、魔力がいっぱいの次元につながりなさい!」
ニキちゃんは両手にそれぞれ反重力のてぶくろを作る。
そして右手と左手をゴツンとぶつける。
すると、そこから魔法の光がわき出した。
空間がゆがんで、魔力がいっぱいの次元につながって、魔力がいっぱい出てくるホワイトホールになったのだ。
そんなむずかしい使い方の魔法を1回で成功させるなんて、スゴイ!
そんな2人から魔力をもらって、ペンダントはまぶしいくらいにピカピカ光る。
よーし、これなら!
「キツネさん、ネコさん、ハリネズミさん、それから、えーっと、カピバラさん! 動物の魔力さん、あなたたちのすがたをあたしにかして!」
すると、魔法の光が教室じゅうをつつんで、
「コンコン!」
木のかげからキツネがあらわれた。
キツネはしっぽをフサフサさせて、お花畑をかけ回る。
「みゃーみゃー」
「ニャーゴ! ニャーゴ!」
木のえだの上には、たくさんのネコがあらわれた。
茶色いシマシマの茶トラの子に、グレーのシマシマのサバトラ。
白ネコに黒ネコに、白と茶と黒のミケネコ。
いろんな色のネコたちは、あくびをして後足でアゴをかいたり、ねむったり、えだから飛びおりてリスをおいかけたりする。
足元では、ハリネズミも、のそのそと歩く。
ハリみたいな太い毛がいっぱいはえているけれど、のんびりしてるときのハリネズミの毛はやわらかくて、ぺちゃっとねている。
クラスの子たちは大よろこびだ。
宝石じゃない毛の生えた動物がいっぱいあらわれたからだ。
おとなしい子はハリネズミをじっと見ていたり、元気な子はキツネをおいかけたりしている。
「フサフサしてて気持ちがいいなー」
「えっ?」
ブーくんの声に、あたしは首をかしげた。
あたしが出した動物たちは、魔法で作ったまぼろしだ。
さわれるはずなんてない。でも、
「ブーくんほどのりごこちはよくないけど、毛皮が気持ちいいですわ!」
見やると、リゼちゃんがカピバラのせなかに乗っていた。
リゼちゃんは大きくてのんびりしたものにはなんでものっちゃうんだね。
いつもブーくんの頭にのってるせいかな。
……じゃなくて!
まぼろしのカピバラに、なんでさわったりのったりできるの!?
あたしもブーくんたちのところにいって、カピバラのおなかに手をのばす。
……さわれた。
牛みたいに大きなカピバラのおなかには、太くて長い毛がたくさんはえている。
まるで髪の毛をなでているみたいだ。
「キュキュキュッ!」
「きゃっ!? 立ち上がりましたわ!」
カシの木の葉っぱがごはんに見えたのか、カピバラが後ろ足で立った。
リゼちゃんはコロコロ転がりおちて、ブーくんの頭の上にストンとすわる。
「やっぱり、ここが一番ですわ」
「あー! さわれる動物だ! リゼちゃんたちだけずるいー!」
みんなも集まってきて、カピバラにさわったり、足にだきついたりしはじめた。
「まあ~、みんな大よろこび。マギーさん、ありがとうございます~」
アチャ先生がニコニコしながら言った。
「エヘヘ、それほどでも」
あたしは、てれる。
でも、カピバラを見て首をかしげる。
本当に、なんでだろう?
「どうしたの? まさかマギー。また魔法に失敗したんじゃないでしょうね?」
「もー、そんなわけないでしょ!」
アリサが小声で言ったので、あたしはぷうと口をとがらせる。
アリサはすぐあたしのことを半人前あつかいするんだから!
……でも今回ばかりは、ちょっと自信が持てなかった。
どうして、まぼろしの動物を作る魔法で、さわれる動物があらわれたんだろう?
結局、みんなは楽しく勉強してくれた。
あたしが勉強を教える社会の時間は、大成功だ。
けど、ブーくんの魔法については何もわからなかった。
それどころか、わからないことがふえてしまった……。