ブーくんをたすける!
荷物を運び終わると、子どもたちは、お礼を言って帰っていった。
今はあたしとアリサの2人きりだ。
あたしは運び終わったボーキサイトの箱にすわって、アリサが荷物を運んでいる間にリゼちゃんとお話したことを話していた。
「そんなことがあったのね……」
おろした荷物をかくにんしながら、アリサが言った。
「うん。ずーっと、その子の悪口ばっかり言ってたんだよ」
話すと、さっきのことが思い出されて、また悲しくなった。
でも、アリサはそんなの気にならない様子で、
「じゃあ、ローランドさんには『リゼちゃんはだれかとケンカしてる』って言わないといけないわね。相手のブーくんって、どんな子なの?」
「もー。アリサったら、お仕事みたいに」
「お仕事なんだもの、しょうがないでしょ?」
「それはそうだけど……」
あたしの耳がしゅんとたれる。
そりゃ、あたしたちはリゼちゃんのことを調べる仕事をしているだけだ。
リゼちゃんが良い子じゃなきゃいけないなんて決まりはない。けど……。
「えっとね、その子はブーくんっていう男の子で……」
あたしはモヤモヤしながらも、リゼちゃんに聞いたブーくんのことを思い出す。
そういえば、アートマンの子どもたちの中に、太った金色の子もいた気がする。
リゼちゃんの悪口が聞こえていないといいんだけど……。
そんなことを考えてしゅんとなっていると、
「よかった~。まだいらっしゃったのね~」
メガネをかけた人間の女の人が走ってきた。
アリサと同じ地球人だ。
「こちらはアチャ先生。地球人の魔法使いで、みんなに勉強を教えてるの」
アリサがのんびり言った。
でも、アチャ先生はそれどころじゃないみたい。
「あ、アリサさん~。ボーキサイトをはこんでくれてありがとうございます~。ところで、うちの生徒がひとり、見あたらないんです~!!」
「ええっ!?」
あたしはビックリして大声をあげた。
みんなが倉庫から出るまで、ちゃんと見てたのに。
「ビルからおりた後、ひとりだけ教室に帰ってなくて……」
たいへんだ!
あたしはアリサを見上げる。
「その生徒は、どんな子なんですか? わたしたちも、さがすのを手伝います」
「アリサさんありがとうございます~!!」
アリサがそう言ってくれたので、アチャ先生は少しほっとした顔になる。
さっすがアリサ!
「いなくなったのは金色の男の子です~!! ちょっと……その、太ってて変形ができないので、どこかから落ちたりしないかと心配で……」
「ええっ!?」
アチャ先生の言葉を聞いて、あたしは、またまたビックリした。
いなくなった子っていうのは、今、あたしが話そうとしたブーくんのことだったのだ! さらに、
「やっぱり! またあいつがいなくなったんですのね!?」
見やると、金髪の女の子がいた。
「リゼちゃん!? みんなといっしょに教室にもどったんじゃ……?」
「そんなこと言ってる場合じゃないですわ! ブーくんは知りたがりだから、きっと、なんでも屋さんの宇宙船を見ようとしたんですわ!」
ビックリしたあまり、今度は声も出なかった。
カピバラ号はビルの外にとまっている。
大きすぎて倉庫に入れないからだ。
カピバラ号を見るためには、ビルの外に出なくちゃいけない。
すごく、ものすごく高いビルの外に!
リゼちゃんはポケットから何か出して、すみっこのカメラにむかって投げる。
小さなクリスタルだ。文字が書いてある。
「【アンサズ】のルーンはハカセのルーン! フムフム! 教えなさい!!」
リゼちゃんは呪文をとなえる。
するとクリスタルはパリーンとわれて、光の粉になってカメラをつつむ。
そして、
『おまえは何を知りたいのだ?』
カメラがしゃべった。
「あ、そういえばローランドさん、リゼちゃんは魔法使いだって言ってたわね」
「うん。今の魔法、ルーン魔法だよ」
リゼちゃんが使ったのは【ルーン魔法】っていって、アリア人が使う魔法だ。
ものに不思議な文字を書くことによって、魔法をかける。
よくみると、リゼちゃんのドレスにも魔法の文字が書いてある。
ルーン魔法を使う魔法使いは、光や重力を生み出す【エネルギーの魔法】、それから【道具や機械をあやつる魔法】が得意だ。
今のは【道具や機械をあやつる魔法】でカメラをあやつって、お話したのだ。
人間はアートマンとちがって、生まれつきに魔法を持っていたりはしない。
だから、アリア人のリゼちゃんが魔法使いになるには、たくさん勉強をして魔法の文字をおぼえなきゃいけない。
リゼちゃんは、がんばり屋さんなんだ。
あたしは、ちょっと見なおした。
友だちの悪口は言うけど……。
そんなリゼちゃんは、カメラに向かってさけぶ。
「金色の、太った、子どものアートマンはどこにいますの?」
『ビルの外に出て行った、今はアンテナに引っかかっている』
「たいへん~!! どうしましょう~!?」
そうだった! 今はのんびり魔法のことを考えてる場合じゃない!
「あいつったら、あんなに飛行機を見れたのに!!」
リゼちゃんはカンカンにおこりながらドアのほうに走っていく。
大きな飛行機用のドアの横にある人間用のドアから外に出るつもりだ。
「ああっ、リゼちゃんまで~、ど、どうしましょう~!?」
アチャ先生はおろおろするばかりだ。でも、
「わたしはカピバラ号から飛行機を持ってくるわ! マギーは2人をおねがい!」
「わかったわ!」
アリサがテキパキとやることを決めてくれた。
こういうとき、アリサはすっごくたよりになるんだ。でも、
「気をつけるのよ! ここはとても高いから、落ちたらひとたまりもないわよ!」
「もー! わかってるよ!」
アリサったら、いつもあたしを子どもあつかいするんだから!
あたしは口をとがらせると、リゼちゃんを追って走り出した。
ビルの外には、カベにそって細い道が走っている。
キャットウォークっていう、外で作業をする人のための道だ。
でも空が飛べるアートマンはあんまり道を使わないせいか、キャットウォークは人ひとりがやっと通れるくらい細くて、作りもてきとうだ。
しかも、あたしたちのいる場所はとても高い。
下を見ると、ずっとずっと下に小さな街が広がっている。
飛んでるカピバラ号から見下ろしたみたいに、小さな家やビルが光っている。
あんなに大きいはずの学校も、つみきのおもちゃみたいに小さく見える。
目が回ってクラクラして、あわてて手すりにつかまる。
下なんて見るんじゃなかった……。
先に来てたリゼちゃんに「何をしていますの!」みたいな目でにらまれた。
ううっ、ちょっとこわい子なのかな……?
そう思った、そのとき、
ヒュウーッ
強めな風がふいた。
あたしのミニスカートがひるがえる。
小さなツインテールがパタパタゆれる。
ビックリして、手すりをにぎる手に力をこめる。
こんな高いところから落ちたら、ひとたまりもない。
地面は遠いし、風はふくし、リゼちゃんはこわい。
はやくブーくんを見つけて帰りたい。
そう思ってキョロキョロあたりを見回すと、
「リゼちゃん、あれ!」
ビルから横向きにのびたアンテナのひとつに、まん丸な金色のかたまりが引っかかっていた。ブーくんだ!
ブーくんは丸々と太っていて、手足も顔もまん丸だ。
子どもなのにとても重そうだ。
引っかかっているアンテナがたわんで、今にも折れそうになっている。
「あんなところにいましたのね! まったくもう!!」
「おーい、リゼちゃーん」
ブーくんはアンテナに引っかかったまま答えた。
顔がまん丸なせいか、のほほんとしているように見える。
でも、ブーくんが引っかかってるアンテナはミシミシいっている。
はやくアリサが来てくれるといいのに。
大きなアームがついたヘッジホッグは力が強い。
重いブーくんでも、ラクラク運べるはずだ。
でも、ヘッジホッグは反重力でフワフワ空を飛ぶから、飛ぶのはとてもおそい。
アリサ、はやく来て!
そう思って空を見たとたん、
ベバキッ!
「ああっ!?」
アンテナがおれた。
「おーちーるー」
ブーくんはまっさかさまに落ちていく!
「【スリサズ】のルーンは大男のルーン! ムキムキ! つかまえなさい!!」
リゼちゃんの手のひらから、光をのみこむ黒い光線がのびる。
重力波だ。
魔法の重力波がブーくんの金色の体をつかまえると、落下が止まった。
まるでムキムキの大男につかまれたみたいだ。
リゼちゃんは【エネルギーの魔法】の中のひとつ【重力の魔法】で、ブーくんをつかまえたのだ。
けど、落ちるのが止まっただけで、引っぱり上げることはできない。
ブーくんが重すぎるからだ。
リゼちゃんは顔をまっ赤にして魔法に力をこめる。
でもブーくんはビクとも動かない。しかも、
「きゃっ!?」
「リゼちゃん!?」
あまりに重すぎて、こんどはリゼちゃんがつかんでいた手すりがおれた。
リゼちゃんが、重力波でつながったブーくんといっしょに落ちていく。
「妖精さん、宇宙に満ちる魔力さん、リゼちゃんをつかまえて!」
あたしは魔法のペンダントをにぎりしめて、さけぶ。
リゼちゃんの体が魔法の光につつまれて、空中で止まった。
あたしの【ものを動かす魔法】だ。
おれた手すりはそのまま落ちて、あっという間に小さくなって見えなくなった。
あの手すりはどうなるんだろうって考えて、思わずブルッとふるえる。
こんな高さから落ちたりしたら、ひとたまりもない。でも、
「お、重い~」
あたしが魔法で持ち上げたリゼちゃんは……というよりリゼちゃんがつかまえたブーくんは、とんでもなく重い。
まるでボーキサイトがいっぱいつまった箱を持ち上げているみたいだ。
魔法に集中しすぎて、頭がクラクラする。
あたしの【ものを動かす魔法】は、世界そのものにお願いして持ってもらう。
重力波でつかまえてるんじゃないから、引きずられて落ちることはない。
でも、重いものを持ち上げるムチャなお願いをずっとしてると、ゲームや勉強をやりつづけるみたいに頭がつかれて、クラクラするのだ。
それでも、リゼちゃんをはなすなんてぜったいにできない!
こんな高さから落ちたりしたら、2人ともたすからないからだ。
あたしは歯を食いしばって、魔法に集中する。で、でも……。
「リ、リゼちゃん、ボ、ボクをはなして」
下のほうで、ブーくんが言った。
「ボクはアートマンだから、落ちたってへっちゃらだよ」
「ここから落ちて平気なわけないでしょ! なにバカなこと言ってるのよ!」
リゼちゃんが、すごくおこって、さけぶ。
リゼちゃんの言うことは正しい。
ここは、下にある家がまめつぶみたいに見えるくらい高いのだ。
いくらアートマンの宝石の体がかたくて強いからって、こんな高いところから落ちて平気なわけない。
落ちて家にぶつかったら、宝石でできたやねだってバラバラになっちゃう。
もちろん、落ちたほうだって大ケガじゃすまない。
「でも、こ、このままじゃリゼちゃんまで落ちちゃう」
「わたしが魔法をはなしたら、あなたが落ちるじゃないの! そんなことも分からないんですの!? バカ! バカ! バカ!!」
リゼちゃんは顔をまっ赤にして、泣きそうな顔でおこる。
でも、リゼちゃんは魔法をはなそうとしない。
さっきはブーくんの悪口ばかり言っていたのに、今は、まるで大事な宝物をつかむように必死で重力波に力をこめている。
ブーくんを見るリゼちゃんは、トゥーレでリゼちゃんの写真を見ていたローランドさんと同じ目をしている。
そっか。リゼちゃんは、ブーくんがきらいでケンカをしていたんじゃないんだ。
あたしはちょっとだけ笑った。そのとき、
ビュウーッ!!
強い風がふいた。
と思ったとたん、あたしの体が空へ投げ出された。
魔法に集中しすぎて、手すりをにぎっていなかったからだ。
「ブーくん!?」
「リゼちゃ~ん!」
リゼちゃんとブーくんも、重力波でつながったまま落ちていく。
あたしの魔法がとけてしまったからだ。
さっきまで立っていたキャットウォークが、みるみるうちに小さくなる。
下から風がビュウビュウふいて、スカートやツインテールがバタバタあばれる。
ものすごいスピードで落ちているからだ。
ここは高い、高いビルの上だ。
こんなに高いところから、ものすごいスピードで落ちたら、下にある家のやねはバラバラになって、ブーくんも、リゼちゃんも、あたしも……。
「風さん、空気に宿る魔力さん、あたしたちをうかばせて……きかないっ!?」
「【ライゾー】のルーンは乗り物のルーン! ブーン! 飛びなさい……ダメ!」
あたしは【エレメントの魔法】の中のひとつ【風の魔法】で空を飛ぼうとする。
リゼちゃんも【反重力の魔法】を使う。
でも、どちらの魔法も、こんなに高いところから落ちていてはかからない。
「アリサ……!?」
どうしようもなくなって、あたしはギュッと目をつむる。
あたしがビルから落ちちゃったって知ったら、アリサはきっと悲しむだろうな。
ゴメンね、アリサ。
アリサの言うとおり、もっと気をつけていればよかった……。
そんなことを思いながら、魔法を使いすぎてクタクタだったあたしは、気を失った……。
……ふと目を開けると、風がやんでいた。
あたしは白いやわらかい何かの上にねていた。
ひょっとして、天国の雲の上なのかな……?
『マギー!! だいじょうぶ!?』
大きな声にビックリして見やる。
目の前に、まん丸でぐんじょう色の飛行機があった。
アリサのヘッジホッグだ。
足元は、プチプチがついた大きな手のひらだった。
白いゴムのプチプチは、力仕事をしつづけたみたいにすり切れて、よごれてる。
天国の雲は、こんなにきたなくない。
あたしはヘッジホッグのアームの手のひらの上でねていたらしい。
「リ、リゼちゃん、あ、あんまりムチャしたらダメだよ。ボ、ボク、ハラハラしてエンジンが止まりそうになっちゃった」
「心ぞうが止まりそうになったのはこっちよ! バカ! バカ!」
もうひとつのアームを見やると、リゼちゃんとブーくんがケンカをしていた。
でも、2人ともニコニコ笑っていた。
「だいじょうぶ!? マギー!」
ヘッジホッグの運転席が開いた。
「来るのがもうちょっとおそかったら、落ちてたのよ! だいたいマギーは……」
アリサもいつもみたいにプリプリおこって、小言を言い始める。
でも、アリサの目は、あたしを心配そうに見つめていた。
アリサはいつも小言ばかり言う。
けど、いつもあたしのことを考えていてくれるんだ。
だから、いざというときには飛んできて、たすけてくれる。
あたしは、となりの手のひらの上でなかよくケンカするリゼちゃんとブーくんをちらりと見やる。きっと、ブーくんにとってのリゼちゃんも同じなんだろうな。
エルフィン人のあかしの横に長い耳が、うれしくてヒョコヒョコゆれた。
「マギーったら! 聞いてるの!?」
おこられたので、あわててアリサを見やる。そして、
「うん! いつもありがとう、アリサ!」
ニッコリ笑いかけた。