ブーくんと空を飛ぶ
「つまり、アートマンのエンジンにあたるのが、人間の心ぞうです」
クラスの子たちを見わたしながら、アリサが言った。
黒板がわりのモニターには、アートマンと人間の絵がかいてある。
理科の時間は、アリサが勉強を教える時間だ。
アリサは、アートマンの体が人間とどうちがうかっていうお話をしている。
でも……。
「こーら! そこ、何を話してるの!」
アリサはプリプリおこって歩いていく。
ニキちゃんサラちゃんラクシュちゃん3人組の席だ。
あたしもアリサについていって、3人のつくえのモニターをのぞきこむ。
そこには、勉強とは関係ない写真がうつっていた。
ねころんだクマみたいな形の宇宙船だ。
でも、あちこちがボロボロで、エンジンのある足の部分がひとつなくなってる。
クマの顔の形をしたコンピューターもこわれてて、まるで人食いクマみたいだ。
「朝のニュースでやってた【おばけ宇宙船】のことを話してたのね」
アリサが言った。
おばけ宇宙船っていうのは、こわれて、のっている人がいなくなって、ひとりでに宇宙をただよっている、宇宙船のおばけのことだ。
そんなおばけ宇宙船が、この街の上空にうかんでいるらしい。
おばけ宇宙船は何をするのかわからないから、あぶない。
それに、めったにあらわれるものじゃないから、めずらしい。
本当はおまわりさんがなんとかしてくれるはずなんだけど、ニュースではそのことは何も言っていなかった。
だからみんな、おばけ宇宙船のことが気になって、朝からザワザワしている。
でも、今はアリサが勉強を教えてくれる時間なのに!
それでもアリサはニッコリ笑う。
「それじゃ、みんな、おばけ宇宙船はエンジンで動いていると思う?」
みんなにたずねてみた。
「それとも心ぞうで動いていると思う?」
するとみんなは、ちかくの席の子とヒソヒソ話をしながら考えはじめた。
みんな、おばけ宇宙船のことが気になっていたからだ。
「おばけだから心ぞうで動いてるのかな?」
「でも、わたしたちみたいにカチカチだよ?」
「でも、おばけだよ?」
「そっかー。じゃ、心ぞうかな?」
あはは。みんな、よくわからないものはみんな人間の仲間に思えるのかな。
「う、宇宙船は人間が作ってるんだよ! だ、だから、エンジ――」
「人間が作ってるから、心ぞうがあるのかな?」
「……そ、そうなのかな?」
ブーくんが正しい答えを言いかけたんだけど、ほかの子の意見にまけちゃった。
「マギー先生とアリサ先生は、宇宙船にのって旅をしてるのよ!」
「知ってるですぅー。この前、倉庫で働いていたですぅー」
「いえ、この前見たのは飛行機なのです。飛行船はドアの外にあったのです」
「お外は見てないですぅー」
子どもたちが話し合う様子を見て、
「それじゃ、ヒントです。宇宙船は、大きな大きな飛行機です」
「や、やっぱり、う、宇宙船は、エン――」
今度も、最初に正しい答えを言いかけたのはブーくんだった。でも、
「エンジンです! おばけ宇宙船は、わたしたちと同じようにエンジンで動いてるのです!」
「ピンポーン、そのとおり」
ほかの子に先をこされちゃった。
ブーくん、ざんねん。
「宇宙船にはとっても強力なエンジンがのっています。手足みたいなでっぱったのは、ぜんぶエンジンです。だから、こんなに大きいのに空を飛べるんですよ」
アリサは黒板がわりのモニターに、おばけ宇宙船の写真をうつして、言った。
そうやって、アリサの勉強の時間はもりあがった。
そしてまた、あたしが勉強を教える時間。
「行くのです! 先生をおいこしてしまうのです!」
ガラスの風よけの向こうで、白鳥の形をした水色の飛行機がスピードをあげた。
変形したサラちゃんだ。
「よーし、まけないよ!!」
あたしはスロットルを引きしぼる。
飛行機のサラちゃんが、みるみる後ろにおいやられる。
あたしは自分の飛行機の運転席のシートにすわっている。
あたしの飛行機【スクワールⅡ】は、リスの形をした飛行機だ。
しっぽみたいな大きなエンジンのおかげで、すごくはやく飛べる。
体育の時間は、みんなとスクワールⅡでおいかけっこをすることになった。
みんながあたしの飛行機を見たいって言ったからだ。
「先生! はやすぎです! おいてけぼりになってしまうのです!」
サラちゃんは、いっしょうけんめいにおいかけてくる。
「「「「まってほしいですぅー」」」」
ラクシュちゃんも、4機の飛行機になって(き、器用……)おいかけてくる。
ほかのみんなも、楽しそうにスクワールⅡをおいかけたり、子ども同士でおいかけっこをしたりしている。でも、
「へへーん! 空が飛べないのはブーくんだけよ! くやしいでしょう!」
「ニキ! あなたっていう子は!」
キツネの飛行機になったニキちゃんが、ブーくんをからかっていた。
これ見よがしに、ブーくんの頭の上を飛び回る。
太ってて変形できないブーくんは、さみしそうに空を見上げている。
頭の上のリゼちゃんが、おこって火の玉をなげた。
でもニキちゃんはヒョイッとよける。
「こーら! おともだちにイジワルしたらダメだよ!」
あたしはスクワールⅡでブーくんのところにおりていく。
「ベーっだ!」
ニキちゃんはどこかに行ってしまった。
「ブーくんも、あんな子の言うこと気にしなくてもいいですわ!」
リゼちゃんははげます。でも、
「でも、ボ、ボクが飛べないから、リゼちゃんも飛んでないよ」
ブーくんはしょんぼりした声で言った。
「リゼちゃんは魔法で飛べるのに……」
「そ、それは……。今日は空を飛びたい気分じゃないからですわ!」
そんな2人を見て、あたしの耳がしゅんとたれた。
なんとかブーくんを飛ばせてあげられたらいいのに。
でも、ブーくんは飛べない。
ブーくんは変形ができない。
それにブーくんは重すぎる。
だから、あたしの【風の魔法】や【ものを動かす魔法】でも飛ばせられない。
リゼちゃんの【反重力の魔法】でもダメだ。
それでもなんとかなればいいのに……。
「……あ、そうだ。アリサ! スクワールⅡでブーくんを運べないかな?」
ふと思いついて、アリサに相談する。
アリサは近くのベンチにすわって見ていた。
「ブーくんの大きさじゃ、運転席に入らないわよ?」
「そうじゃなくてアームでつかむの。アートマンは体が強いから」
スクワールⅡのボディの下には、前足みたいな小さなアームがついている。
いつもはここに、プラズマカノンの【クラウ・ソラス】ををかかえている。
みんなをこまらせる悪いヤツをやっつけるのも【なんでも屋】の仕事だからだ。
でも、学校にそんなのはいないので、カピバラ号に置いてきている。
だからアームで何かべつのものをつかめる。
「ブーくんがいくら重いって言っても、飛行機ならラクラク持ち上げられるわね」
アリサはケータイで何か調べながら、
「それに、この子ったら【身をまもる】の3級を持ってるわ。飛行機のアームでコンテナみたいにつかんだり、屋根くらいの高さから落ちても、ぜんぜん平気よ」
スクワールⅡを使えば、ブーくんをとばせてあげられるらしい。
やった。
「けど、よくそんなことに気づいたわね」
アリサにもほめられちゃった。エヘヘ。
「よーし! これからスクワールⅡでブーくんを持ち上げちゃうよ! リゼちゃんはあぶないから、ブーくんからおりて!」
リゼちゃんがはなれてから、あたしはスティックをていねいに動かす。
スクワールⅡはブーくんの真上にぴったり止まる。
レバーとスイッチを使って、アームでブーくんの体をつかむ。
そしてスティックを引く。
スクワールⅡはブーくんを持ったまま、足のエンジンをふかして飛び上がった。
「わー! ボ、ボク、飛んでる!」
ブーくんはよろこんでさけんだ。
「【ライゾー】のルーンは乗り物のルーン! ブーン! 飛びなさい!!」
リゼちゃんのドレスに書いてある魔法の文字が光る。
すると、リゼちゃんの体が飛び上がった。
ドレスに書いた文字を使って【反重力の魔法】をかけたのだ。
「リ、リゼちゃんといっしょに空を飛べるなんて、ボク、しあわせだ! 空を飛べるって、なんて楽しいんだろう!」
ブーくんはニッコリ笑う。
「も、もう! 何を言ってるんですの!」
リゼちゃんは顔をまっ赤にする。
「あ、ニキたちですわ! おいかけますわよ!!」
リゼちゃんは飛んでいった。
ブーくんをかかえたスクワールⅡも、スピードをあげる。
「ちょっ! な、何!? なんでおいかけてくるのよ!?」
「こんどは、わたしたちがおいかけられる番なのです!」
「「「「きゃー!! ラクシュたちつかまっちゃうですぅー」」」」
楽しそうににげる6機の飛行機(ラクシュちゃんが4機だから)をおいかける。
ブーくんもリゼちゃんも、ニコニコ笑っていた。