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壱之捌 『入学儀式』(中)

 晴れやかなはずの入学式は、喧騒のうちに幕を閉じた。後に残るは混沌。

 そして式典会場の講堂からは、未だ一人として出る事叶わず。

 それはそうだろう。

 今、この安養院学舎の敷地のどこかに、散弾銃を持った侵入者が潜んでいるのだから。

 ただ悪運のいいことに、今日、この安養院にいるのは高等部生徒と教師など関係者のみであった。無論、全員が講堂に居る。

 幼稚舎、小学部、中等部は明日が入学式。大学はまだ長い春休み中で、養老院は春の温泉旅行に出かけているのだった。


 とりあえずこの場にて控え、警察が来るのを待つ。

 それが学長と、この春から学長補佐役に成った羽衣香音の指示だった。

 しかし、それは建前に過ぎない。

 香音は講堂の全員に、ある指示を下していた。

 それは理解不能な指示だったが、誰一人異を唱える者はない。

 指示どうりに事が運び終わると、誰もが、今自分たちが人文字でどんな図形を作っているのか、見当がついた。


 ――人の並びで模られしそれは、星の形。ドーマンセーマンである。


「はっ、あいつ(羽衣)なかなかやるじゃない? 早くも敵が人間じゃ無いってことを見抜いてる。霊能のない者共に手をつながせて現出せし五芒星。確かに、身を護るだけじゃ済みそうにないものね……。ふふっお手並み拝見と行こうかしら?」


 鏡花は素直に人の列に加わり、五芒星の頂点を為している。隣はもちろん礼文。反対隣りは、猿とかわどうがいる。他の頂点には飼育委員の木下奈々と保健委員の宮崎花蓮がいた。

 この五芒星に加わっていないのは、壇上の学長と羽衣香音のみ。

 香音は高いところから、ずっと礼文に目を凝らしていた。

 礼文もまた、無表情で香音を見ている。その距離は、手を伸ばせば届きそうでもあり、しかしその手は鏡花がしっかと握っている。

 香音はわざとそれを無視するように、礼文にニコリと微笑んで見せた。


「おいっ! おたく、すげえな? ああ、俺は火野猛ひのたけるってんだ。同じクラス。それよりあの羽衣のパンツ! ぬっふう……また頼むわ!? って、冗談だよ、じょーだんっ!!」


 見た目チャラいこの男が、多分本音をすぐに翻したのは、もちろん鏡花に睨まれたせいである。


(――あぁっ!! 地獄もこっちも、どうして男ってのはそうなのよっ?)


 頭から湯気を出す鏡花に、猿が言った。


「あのぅ、ボス? この五芒星には重大な欠陥があります……。気づいてます?」


「はあ? ボスって……」


 鏡花はもう疲れたようにうなだれた。


「じゃあ、アネゴ? それともお嬢?」


「もう! なんだっていいわよっ! で、欠陥ってなによ。早く言いなさい?」


 実はもう、危険はそこまで迫っている。鏡花には一秒たりとも惜しいのである。


「はい、鏡花ちゃん (テヘ)。実は、この五芒星はあまりバランスが良くないんです。なぜか霊力の指向性が鏡花ちゃんに向いています。これじゃ外敵を防ぐっていうより、まるで鏡花ちゃんを……」


 そこまで聞けば、鏡花ならそれ以上の結論を見つける。それが為に鏡花は、壇上の羽衣香音を睨みつけた。


「ちょっとあんたっ! 何のつもりよっ!? いつまでもそんなとこに偉ぶってないで、降りてきたらどうなの!?」


 この時、鏡花は両の手をほどこうとしたが、できなかった。

 すでに香音によって、五芒星は強固にスペルバインドされていた。

 そして、香音の優しい声がゆっくり講堂に響く。


「みんな、ありがとう! これで終わりだよ! 念を込めてっ!」


 あくまでもにこやかな、恐怖の始まり。


「うそっ!? こんなのもらったらいくらあたしでもっ!! い、いやあっー」


 もう五芒星のそれぞれ頂点に居る生徒たちは、九字を唱え終わっている。

 各頂点から発した電撃の如きそれは、生徒たちの腕をたどりながら増幅され、たちどころに鏡花に迫る。


「ふふふ、円真鏡花……。うさぎさん殺しはあなた以外に考えられないの。これで、うさぎたちも報われる。それにね、そうで無くても、あなたはこの安養院には余りにも似つかわしくない……」


 ――もう、電撃まで一秒。


「かわどうさんっ!!」


「ああ、猿っ!!」


 河童千恵と猿田優。二人が鏡花を守ろうと抗うのは、鏡花の冤罪を知る為だけではない。

 そして礼文も、経文のおかげで霊的には全く無力ながら、雄たけびを上げ立ち向かった。


「雄・雄・雄・雄雄雄雄っ!!」


 その叫びはまさに地獄からの咆哮であり、電撃の勢いが僅かだが削がれた。

 そこに叫びこむのは礼文の隣の男子、火野猛。


『かんながらたまちはえませ!! 我に力を与えたまえっ!!』


 叫びとともに、いずこから来たか一本の刀が、火野の足元にグサリ突き刺さった。

 礼文の雄たけびで半減した電撃は、さらに半分を刀に引き寄せられ、しかし残りが火野と礼文に襲い掛かった。


「ぐあぁああっっ!!」


 倒れる男二人。そしてかわどうと猿も只では済まなかった。こちらは声を出す間もなく、床に折り重なって倒れている。

 彼らの犠牲で奇跡的に無傷の鏡花は、一瞬倒れた四人の為に目を閉じ、すぐに香音に向き直った。


「あんた……浅いわ。何者かは知らないけど、これでヤツの思うつぼ。せいぜい後悔するといい。少なくともあんた一人の手には、余るわ。ほら、見なさい――」


 今や崩れしドーマンセーマンの中央から、その神聖を打ち破ったかの如き歓喜の咆哮と共にその姿を現したのは、散弾銃を手にした軍服姿の悪霊だった。


 その黒い軍服からのぞく手は半ば骨であり、顔は半分腐り落ちている。

 吐く息は瘴気を帯び、その一息で講堂は現世に迷いし悪鬼亡者たちの知るところとなった。


 ――ここに『地獄行鑑別人アンバサダー』が居る。


 亡者どもの願いは、地獄行きの回避、ただ一点。

 それを叶える存在が、此処に居る。


「ハチ……いいえ、礼文……。起きなさい。ア・タ・シ・のピンチよ。あんたはあたしを守る義務がある。そうでしょう?」


 鏡花はなぜか、ただ為すすべもなく立ち尽くす香音に向けて、そう言った。


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