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壱之漆 『入学儀式』(前)

 実は今日は晴れやかな入学式の日である。

 校舎裏の騒ぎで遅れていた四人は、式典にぎりぎり間に合ったが、講堂の様子がいささかおかしい事にすぐ気づいた。生徒全員の密やかなさざめき方は、良い話題ではない事を言外に物語っている。お行儀の良さが売りの生徒たちだというのに、一体どうした事か。

 その理由は、鏡花たちが属する一年一組の列に、四人そろって割り込んだ時、すぐに知らされた。

 教えたのはポニーテールの女子。


「あーん、かわどうさんっ!? ヒック、うさぎちゃんが、うさぎちゃんが……」


 泣きじゃくりながら、かわどうに訴えたのは、クラスの女子『木下奈々』。中等部からの飼育係である。その隣には保健委員の女子『宮崎花蓮』が寄り添っていた。

 かわどうを頼ってきたのは、彼女がずっと前からクラスの信頼を集めたスケバンだったからだ。つまり、この涙は血生臭い事件に起因していた。


「おい、何があった? 泣いてちゃわからんだろう? 説明しろ!」


 このあいだ中、鏡花はその後ろで腕くみをして、講堂全体を注視している。

 礼文は木下奈々と宮崎花蓮の短めのスカートを注視していた。

 否、そればかりか、講堂全体の半分を占めるスカートの人数に気づき、めまいを覚え始めていた。


 ――女は強い。


 そう礼文が認識している女子が、こんなに大勢いる。

 この女子たちはみな、こんなに短くひらひらのスカートと、例の三角形の布切れで急所を守っているのか。そう考えただけで、礼文は全員のスカートをまくり上げ、確認したい衝動にかられた。しかしそれは、鏡花の一言でほどよく霧散する。


「ハチ――。さっき校舎裏でね、一瞬だけ。ほんの一瞬の事だけど、音無おんなの呪法がつかわれた事、気づいてた?」


 礼文は首を縦にした。いまだ無表情に、である。

 そこに割り込むように、保健委員の宮崎花蓮が事件のあらましを説明し始める。花蓮のおさげ髪は恐怖に震えていた。


「はい――実は奈々ちゃんが世話してたうさぎたちが、誰かに惨殺されてて……。先生たがこっそりおっしゃっていたのは、散弾銃かもしれないって……。この学舎に犯人が潜んでいるかもしれないって……。だから一番安全な講堂に、私たち急いで集まったんです」


「なんだと……?」


 かわどうと猿田優が顔を見合わせた。その瞳は『そんなことあり得ない』ことを物語っている。なぜならこの学舎で、これまでそんな事件が起きたことは無いし、二人はここがいかに霊的に堅固であるかを知っていた。

 猿田優が思わず声を上げる。


「羽衣さんは!? 羽衣さんはどこ行ったんですか? あの人なら、こんな事件なんて……すぐかたき取ってくれる! 奈々ちゃん、つらいだろうけど我慢して……」


 その言葉に、木下奈々は一層泣き崩れた。

 そして、それを見ていた鏡花は面白くない。

 なぜ、自分を頼らないのか。

 さっき結成したばかりの『校舎裏トライアングル』の初仕事になるかもしれないのに、一向にこちらを見ない三人に、鏡花はたまらず自分から声を上げた。


「ここは仕方がない。あ・た・し・が、一肌脱ごうじゃないの。そのうさぎの弔いは任せておきなさい。そして犯人は地獄行き……。行くわよっ! ハチ、猿、カッパ!」


 派手なぶち上げに、猿やカッパと言われた二人は言葉もない。礼文も黙っている。そしてクラスの者たちが、ざわついた。


(あれ、誰? 転校生?)(あの娘、ちょっとかわいくね?)(やーん、あの彼、赤髪よっ! 見て見て!)


 騒然とし始めた講堂は、しかし次の瞬間すぐに静まった。

 学長がやおら姿を見せたのである。その後ろには一人の高等部女子が付き従っていた。


「あっれー!? 羽衣さん? なんでガクチョーと? ねえ、かわどうさん、変だよね?」


「ああ、進級したら学長補佐になるって噂、本当だったみたいだな……」


 二人の話によると『羽衣さん』とは、フルネームを『羽衣香音はごろもかのん』と言った。頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能、おまけにおみくじは必ず大吉を引く。まさに完全無欠、日の本一の女子高生と称される由縁でもある。

 ともあれ、まず壇上で、学長が挨拶を始めた。


「どうも、学長の須磨耕作です……。今日はうさぎたちがあんな事になってしまい、言葉もない! しかし侵入者の目星はもう、ついています! 我が安養院の生徒には、断じて指一本ふれさせませんので、皆さんは安心して学舎生活を過ごされてください!」


 学長の挨拶はしかし、生徒たちには全く逆効果であった。

 散弾銃を手にした恐ろしい犯人が、この学舎内に存在する。それをどう取り繕われても、安心どころではないではないか。

 一向に納まりを告げないざわめきの中、一声を上げたのは、学長の隣に立つ女子『羽衣香音』だった。

 長い黒髪を後ろに束ねて、ぱっつんとした前髪に大きな黒い縁取りの眼鏡。肌は抜けるように白く、声は清らかに透き通っていた。


「皆さん! 今日から学長補佐のわたしの初仕事です! きっと皆さんがほっとできるような結果を約束します! だから、わたしに協力して!」


 これには講堂のほぼ全員が納得した。

 学長補佐だが偉ぶるでもなく、分かりやすい言葉を選び、安心を約束し、その上で皆の協力を仰ぐ(つまり皆の心をくすぐった)。人心掌握とはこうでなくてはならないという、見本のような挨拶である。

 隣の学長は薄い頭を撫でながら、満足げに、この若い学長補佐を見つめていた。


 ところで、この羽衣の所信表明に納得しなかったものが居る。

 まあ十人十色。全員が同じ色に染まるとは、羽衣も思っていない。

 ただ、非協力者が挑戦的な姿勢を示さなければ、の話である。

 その者は、静かに腕を組み、ばかりか足も組み、目は閉じていた。常人ならそれが単なる『うつけもの』なのだと諦めただろう。

 しかし、このレジスタンスは只者ではなかった。

 ピリピリとしたその体からは、羽衣を無視したのではなく、別の何かを探っていることが明らかに解った。そして、その隣に在る男子――。

 赤い髪の、長身の、何を考えているのか、何を見つめているのか解らない男子――。

 羽衣香音は、その表情を誰にも悟られぬよう曇らすと、念話テレパシーで男子に話しかける。その心に触れる様は、まるで天使が、傷ついた戦士を労わるような優しさがあった。


(あなた……名前、鬼貫八曜礼文、と言うのね。わたしは香音。羽衣香音。どうしてあなたは、心を開放しないの? あなたはあなたの信じることをやればいい……。ねっ?)


『ガタンッ!』


 礼文が突然、立ち上がった。

 皆が座る講堂で、急に立ち上がった赤髪長身の礼文は、その耳目を集める事といったら度を超しすぎている。この講堂の誰もが、礼文の次のアクションから目が離せない。

 礼文はつかつかと壇上に歩き出した。鏡花も唖然とし、止める間を失った。


(あんのバカッ! なんのつもりよ!? おかしな真似したら承知しないんだからっ!?)


 鏡花はさっそく、その両手の中に暗黒を召喚している。

 さっき猿田優とかわどうを苦しめた、あの『コロネ』である。

 その気が練りあがった頃、もう礼文は壇上によじ登りつつあった。

 そして一挙に羽衣香音の目の前に立つ。

 香音は声が出ない。学長も固まっている。生徒はみな息をのんだ。


 ――その刹那。


『バッ!!』


 礼文は香音のスカートを、思い切りまくり上げた。

 純白に光り、その肌と相まってあまりにも神々しい下着が、生徒の衆目に晒される。


「あいつ……コロす……」


 鏡花はなぜか、礼文だけではなく香音にも、そう思った。

 そして香音は、恥じらいも見せずに言った――。


「ああ、ありがとう!! 蜂が紛れ込んでいたんだね? おかげでお尻を刺されなくてすんだみたい!」


 本当か嘘か、しかし突如に蜂が現れた事は事実である。

 礼文も納得したように回れ右し、階段を下りればいいものを、また同じ道筋で自分の席に戻った。

 帰り道、礼文は男子のヒーローになっている。女の敵でもあるが……。


「ねえ? 一体何のつもりよ? あんなもん見たいなら、次からはあたしに言いなさい! もうっ、バカハチっ!!」


 悪態なのかなんなのか分からない鏡花の言葉を聞きながら、礼文は思った。

 あの香音という女子は、人間ではないと。

 では、なんなのか。自分らと同じく、地獄の住人か。それとも妖怪の類だろうか。

 悩む礼文を壇上から香音が望む。

 その瞳はなにか言いたげで、しかしどこか悲しげな色をしていた。


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