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弐之肆 『バトル~阿弥陀籤~』

 廊下の奥の暗い部屋に、円陣を組む四人が居る。

 四人のうち一人は、勝ち誇ったようにイチゴ飴籤の束を持ち、後の三人はまんじりともせず、ただそれを睨みつけていた。

 それを囲んで見守るのは、鏡の中に囚われの美少女(?)が、これまた四人。

 何をどうすればこんな情景が現出するというのか。一つだけ言えるのは、そのイチゴ飴籤を引かねば、この情景がいつまでも変わらないという事。最早、何が異常で何が正常かなど、この部屋の者たちにはどうでも良かった。ただ、必ずや当たり籤(大きなイチゴ飴)を引かねばならない。


 ――それぞれの大切な人の為に。


 籤を持ちかけた見た目だけの老人――辻占九季――は、柄にもなく飴籤を持つ手が震えだしている。

 籤を引くべき者――礼文、猛、千絵――も、それは同じだった。

 赤いイチゴたちも震えが移り、鼓動する心臓のごとき体を為している。


 そして、まず河童千絵が籤へと手を伸ばした。

 救うべきは幼馴染の猿田優。

 長身痩躯、スケ番スタイルの千絵は、この先全ての運を、ここで使い切ってもいい覚悟で糸を選んでいる。切れ切れの息で、白く細い糸をゆっくり引きあげると……。


 ――動いたのは、大きなイチゴ飴。


「ひ、引いた……ぜ。ふっーありがとよ……」


 一体千絵は誰に感謝したのか。見事引き当てた大きなイチゴの糸を更に引くと、それに合わせて鏡の中から『ヌルッ』と猿田優が脱け出してきた。抱き合う二人は声も上げず、どんな顔をしているかも分からない。

 しかし、この行き過ぎた抱擁は、次の奇跡の呼び水となる筈である。

 だから次に控えた火野猛も、イチゴ飴の糸を迷わず選んだ。

 狙いはもちろん、あにえっり一択。幼い頃から神社の境内で遊んでいた猛は、知らずのうちに神通力を身につけているのだが、もちろんそれは彼一人の所為ではない。

 いつも共に遊んでいた座敷童――あにえっり――が居たからこその、僥倖である。

 だから猛があにえっりを救うのは、当然の事なのだが……。


「それっ! 婿殿引けや! わらわは首を洗って待っておるぞ!」


 鏡の中からの声援は、危機よりも喜々――。


「首を長くして――の間違いだろ!?」


「そうとも言うな!? じゃあ、色々洗って待っておるぞ?」


「どこ洗ってんだよっ!?」


 どさくさの勢いで猛が糸を引くと、やはり、あにえっりも鏡を飛び出した。これで二連続大当たり。しかし驚くにはあたらない。

 今この空間は、礼文の八曜呪法『信』の界により、信じる者は救われる事に特化した世界なのだから、信じさえすれば良いのである。

 ただ、解せないのはそれに気づいているはずの老人、九季の態度だった。

 先程から目の前で連続する当りを、つまらない前座でも観ているかのように眺めている。


 ――まるで真打の登場を待つかのように。


 そしていよいよ、礼文の番が来た。

 礼文の場合、これまでの二人とは事情が違う。当りは一つ。景品(?)は二つ。

 彼は香音と鏡花、どちらを選ぶのだろうか……。九季はおろか、猛もあにえっりも、千恵も優も、全員が息を呑んだ。

 もはや、当りを引くのは目に見えている。しかし――。

 礼文はあまりにも無造作に糸を選び、何のタメもなく引き上げた。無責任に「すっ」と持ち上がったのは、小さなイチゴ飴である。

 一同絶句。そして最初に叫んだのは老人九季。


「な、な、なんじゃあおぬし!? は、外しおった――!?」


 老体の彼は、余りの予想外に腰をふらつかせながら、なおも叫んだ。


「ば、ば、馬鹿にしおって!? ええいっ!! 飛天も閻魔の孫娘も、鏡ごと打ち壊してやるわいっっ!!」


 しかして、それは叶わない。

 何故なら既に、香音も鏡花も、鏡の外にあった。九季が我を忘れたほんの僅かの間に、二人はいとも簡単に鏡を抜け出している。


「それはそうじゃ! 何ゆえわらわが出たり入ったりしたと思うておる? 我が置換の法により取り戻せし、飛天様のパンツをお返しする為だったのじゃ! えっへん!」


 胸を張るあにえっりに礼を言いながら、香音もいつもの調子で口を開く。


「うん。ありがとう! おかげで完全に力も戻ったよ! じゃあ九季? このあたりで収めてくれないかな? 色々事情もあると思うけど、わたしにできる事なら何でも協力するから――」


 あまりにも配慮と慈悲に満ちた、香音の勝利宣言。

 辻占九季はがっくりと肩を落とし、まことの老人のようなしわがれ声で答えるしかない。


「結局、かなわぬか――。しょう事無し……。しかし聞きたい。閻魔の代行者よ? 何ゆえ外した? 飛天が力を戻しておらぬなら、二人を消す事も、わしにはできたのだぞ?」


「……………………」


 礼文は答えない。代わりに、鏡花が口を挟もうと動いた。


「じーさん、鋭いわね? 確かに礼文の八曜呪『信』は暗示だった。こっちがヒヤヒヤしたわよ。だけど千絵も猛も、その暗示で見事に引き当てた。まあ、外したってこっちはいつでも鏡を出れたけどね?」


 鏡花の言葉は仲間たちを愕然とさせた。しかし香音だけは少し表情を曇らせている。

 そして九季は、鏡花の答えが的外れだと言わんばかりに、言葉を続けた。


「わしの狙いに気付いておったか……? 飛天よ。閻魔の代行者よ。そう――わしはおぬしに八曜術を行使させたかった。それが『あの方』との盟約。先の我樹浦とおぬしの戦いで、うっすら目覚めた『あの方』は、このわしに頼まれたのじゃ。このわしだけに……。『もっと力を――』とな。『あの方』が異界から帰還するには、どうしても八曜の力が必要なのじゃ……。だが、もうこれまで――。わしは責を問われよう……。どのみち天界を裏切ったわしじゃ。覚悟はできておる」


 言葉が終ると、暗闇の中にぼんやり阿弥陀籤が浮かび上がった。

 まるで後光そのままの形は、どの線を選んでも中心点にしか行きつかないだろう。


 ――これは免れることのない制裁。


 九季はまるで操り人形のようになって、阿弥陀籤の一つを選ぼうと手を伸ばしている。


「あっ、あわっお助けっ!? 今一度機会をっー!!」


「なによ、あのじーさん。まるで覚悟できてないじゃない? なんか後味悪いわね――?」


 鏡花の言葉は、おおむねこの場全員の気持ちを代弁していたが、香音ですら今は為す術もない。ただ九季が絶望の籤を引くのを、呆然として見守っていた。

 そして、籤へと手が届く。しかし――。

 その手は九季のものでは無かった。


「ちょっとっ!? 礼文あんた何やって――!?」


 籤を引いたのは礼文だった。一体何が何なのか、一同絶句のうちに鏡の部屋はクエスチョンだけを反射させている。


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