壱之壱拾参 『終わりは始まり』
第一章が完結しました。
とにかく最後まで書けたことが喜びです。
もちろん第二章もありますので、頑張って書きます。
暗黒よりの使者我樹浦との戦いは、極楽アンバサダー羽衣香音が預かる形でとりあえず幕を閉じた。
講堂にあれほど満ち満ちていた腐の瘴気は、芳醇の香りへと置き換えられ、大挙押し寄せていた亡者たちも一斉に姿を消している。代わりに安養院学舎一年の生徒たちが続々正気を取り戻し、しかもさっきまで起きていた騒動を少しも認知せぬままに、入学式の閉式を知るや三々五々と講堂を後にしていった。
そして香音は、いつの間に制服を着て皆と同じ講堂の床に立っている。
さっきまで裸身に羽衣をまといて、神々しく宙に在ったとは思えぬ無邪気さで、香音は言った。
「とりあえず……終わったね! お疲れさま! 我樹浦さんとは改めてわたしが話をするから、もう心配することないよ。じゃあ、入学式も終わった事だし、学生寮に案内しようか? 鏡花さんはわたしの隣の部屋。礼文くんは男子寮だから火野君? 案内してあげて」
香音はさも当然という風に、差配した。もちろん鏡花は、まるで面白くない。
早くも寮へと向けて歩みだそうと反転する香音は、それをあざ笑っているように、鏡花には見えた。
鏡花はそれを見ぬふりで、まるでふ抜けたようになっている礼文に、確かめるように問う。
「礼文? あんた、あたしの下僕だわよねぇ?」
「……………………」
礼文は答えない。我樹浦との戦いで消耗しきっているせいではあるが、鏡花にはそうと思えない。鏡花の攻めは、さらに続く。
「礼文? あたしたちは地獄の住人。つまり、あいつとは何処まで行っても相容れない間なの。どちらかと言えば、我樹浦の方がまだ理解できる……。なぜならあいつは――」
言葉の進むごとに、怒りに熱の入った鏡花は、もうその手の内に漆黒のゆらぎを現出せしめている。それは次の一声で、香音に背後から襲い掛かった。
「コロネっ!! ふふっ、極楽のアンバサダー!? 冗談じゃないわよっ! だいいち極楽なんて存在しやしないっ! もしホントならこれをといてみなさいよっ!?」
地獄のガスを錬成した『コロネ』は、先刻かわどうと猿に放ったものの比ではない。
鏡花は勝ちを確信した。
――しかし。
暗黒の大蛇に締め上げられた香音は、特に困る風でもなく、振り向いて見せた。
「すごい技だね? コロネ、か。そうそう! 美味しいパン屋さん知ってるんだ! 後で案内しようね? じゃあ、部屋に早く行きましょう?」
閻魔大王に溺愛され、これまで敗北を知らなかった鏡花は、初めて『勝ち』以外の結果がある事を突き付けられた。
――この、恐ろしい極楽アンバサダー『羽衣香音』によって。
「でも……でも、ね。あたしは負けてなんかいないっ! そうでしょう? 礼文っ!?」
いつの間にか膝をついている鏡花に、礼文は手を差し伸べた。
その手は大きく、強く、暖かく――。
鏡花は礼文が半分は人間なのだと、改めて思ったりした。
――さて、入学式のあとのこと。
その後、礼文と鏡花の二人は、素直に学生寮の自室へと案内を受けた。
女子寮は完全個室であり、鏡花は最上階。隣室は香音である。さぞ眺めの良い事だろうと、鏡花は気晴らしにカーテンを開け放つと、向かいも窓。
そこは男子寮で、なんと、部屋の窓向かいは礼文と火野の部屋であった。
ちなみに男子は二人部屋。(ただし、二人の部屋には座敷童『えり』も居る)
そして、男子部屋の方がやや広く、そのため彼らの窓は隣室の香音の窓とも向かい合っていた。
お約束のように、四人は今後この窓を通じた大騒動を展開するのだが、それは後の話。
――そして、もう一つ。彼らの知らない話。
入学式の騒動を嗅ぎ付け、どさくさに礼文の『アンバサダー能力』を狙っていた亡者たちは、あの後どこに消えたのか?
我樹浦と共に去ったのであろうか。否、我樹浦は徒党をなす類の怨霊ではない。仮に首領と担がれても、彼ならたちまち亡者を駆逐しただろう。
では、どうしたか。
答えは、安養院の広大な敷地内のはずれにある、荒れ寺にあった。
生徒全員が見向きもしないその荒れ寺は、今や雑木雑草に姿をくらませ、思い出される事も無い。
寺にはしかし、僧が居た。
髪は伸び放題で眼を隠し、ひげ面。色の黒いのは日焼けか汚れか分からない。一応袈裟を着てはいるが、元々何色だったのか?
――神聖なる場所ほど、穢れれば歯止めが利かない。
亡者どもは、ここが寺であることより、現実的居心地と、霊力を回復させるに最適なよどみを感じたのだろう。
だが、亡者たちは全て、奈落へと堕ちていった。
考えにくいが、それをしたのは荒れ寺の僧しか居ない。
僧はその後、何事もなかったようにどぶろくを呑み、酒臭い息を吐きながら言った。
「ああ、やっと戻って来たか……。しかも閻魔の嬢ちゃん連れてやがる……これだから、この世はおもしれえ――」
――破戒僧の名は、鬼貫無量と言った。
第弐章へつづく




