ノスタルジア
成長した私がかく小学生は今の僕のように少し大人っぽい。
小学生にしてはと違和感を覚えるかもしれません。
僕は、放課後鉄棒にぶら下がり空いっぱいに広がる虚空を見ながらいつも思っていた。
神様はきっと、手抜き工事をした。
この地上はどこを見渡しても木があり、湖があり、僕たちがいて、動物達もいて、海がある。
しかし、この曇りがかった虚空には何もない。
そんな寂しい世界を旅している鳥たちはきっと寂しいことだろう。
神は空に物を作らなかった。だから手抜き工事なんだ。
「あっ」”バタンッ”という音とともに彼はぶら下がっていた鉄棒から落ちた。
校庭で仰向けになり、何もない空を眺めながら考える。
もしも、この空が地上であったなら僕らはこの空に落ちるだろうか?
そう考えた途端に自分がこの空に落ちてゆく気がして怖くなって飛び起きる・・・
「何やってるの?」目の前には同級生の由紀の姿がある。高坂 由紀だ。
「少し、考え事をね・・」
「考え事をするには君はまだ若すぎるぞっ! ね?少年」
「僕にだって色々と思うところがあるんだよ」
「ええぇそうなの・・・」少年たちは若き青春を送る。
「そうだ、明日裏山の湖に釣りに行かない?いっぱい魚がいるらしいよ」
「面白そうだね」
「じゃぁ明日放課後由紀ん家に行くから」
「うん。待ってる」
「それじゃぁね〜」
”ピンポーン”
「あ、来た。じゃぁお母さんチャイムには帰るから」
「気をつけてね。危ないことはしちゃダメだよ」
「うんわかってる」由紀は会話しながら靴を履き、外へ出た。
目の前には青いキャップに釣竿2本を背中に背負い、自転車にまたがった少年がいた。
「行くぞ由紀」
「あぁごめんごめん」由紀は自転車にまたがり少年の後を追う。
「この間みたヒーローがすごくかっこよかったんだよ。
怪人にやられそうだったんだけど世界を守るためにすごい力がブワッて出て
すごいなんかすごくて怪人に勝ったんだよ!!」
「何それ意味わかんないよ」由紀はクスッと笑った。
「うまく説明できないけど・・・とにかくすごいんだって」
僕は言葉に出すのが苦手なようだ。
考えることはできる。でも・・・それを口にしようとした時にどこかで詰まってしまう。
「こっちだよ早く!」裏山の階段を登っている途中、由紀はスタスタと登ってゆく少年に
ついていけないでいた。そんな中少年は由紀を急かす。
「ちょっとまって・・・」
「遅いぞゆきえもーん?」
「うるさい。ヒーローオタク!」
「オタクじゃないし」
あの小柄で細い体のどこにあんなにスタスタと登れるエネルギーがあるのか彼女は不思議に思う。階段を登り終えるとそこには陽光を反射しキラキラと光った湖が広がっていた。
少年は竿を手に取り餌をつけた後、魚の居そうなポイントに竿を落とした。
そのまま由紀に竿を渡し、少年はもう一つの竿の針に餌をつけまた別のポイントに竿を落とした。「おっ!きたっ」由紀の竿の浮きが少し沈んだ。
びっくりして慌てて上げた竿の先には1匹の魚が釣られていた。
「何これ小さくね?」その竿の先についていた魚は10cmないくらいの小さな魚だった。
由紀は浮きが沈んだことよりも魚の小ささに驚いていた・・・
「この湖の魚なんてそんなもんだよ!」と少年が小さく笑う。
「絶対に大きい魚を釣ってやる」そう由紀は心に決心した。
「じゃぁはい」彼女は餌をつけてと言わんばかりに彼に釣竿の針を手渡す。
しばらくすると、また由紀の竿の浮きがちょこんと沈んだ。
「今度こそ!」そう言いながら竿を上げた。
しかし、釣れたのは先ほどくらいの小さな魚だった・・・
「だからそんなもんだって」がっかりする由紀を慰める気もなく少年は小さく笑う。
「まだ1匹も釣れていない人がなんか言ってますー」
怒り気味な由紀が少年を小馬鹿にしたように言った。
「僕は小さいのは狙わないんだよ。今に見てろすごいのを釣ってやる」
ふてくされ気味な少年がそう虚勢をはる。
「私だってもっと大きいのを釣ってやる!」
「じゃぁはい」いつものように彼女は餌をつけてと言わんばかりに彼に釣竿の針を手渡す。
釣りというのはなんと気まぐれなのだろう。
僕はよく釣りをするがまだ1匹もまだ釣れてはいない。下手ではないはずなのだけど・・・
なのに由紀はどうか?釣りなんてそんなにしないはずなのに彼女はもう2匹も釣っている。
小さいのでいいから僕も1匹くらい釣りたいものだ・・・
結局二人はあれから1匹も釣れずチャイムがなった。
市町村が帰りの時刻を告げるチャイムである。
二人はすぐに切り上げて山の階段を降りる。
階段を下るのは登るよりも楽ですぐに降りられた。
自転車に乗り少年と少女は下り坂を駆け降りてゆく。
辺りはもう薄暗く道の脇に電灯がついていた。
Y字路がありそこが二人の家への道別れだった。
「じゃぁまた明日ね」少年が手を振ると
少女も「また明日」手を振った。
その日は二人とも帰ってから叱られたことだろう。
なぜなら二人が帰った頃はもう外は暗い。きっと両親を心配させたことだろうから。
僕は・・・いや僕らは学校でも少し浮いた存在だった。
同級生の子供っぽいところが嫌だったのだ。
彼らは小さいことでも大ごとにしたがるし、心ないことをよくいう。
あまつさえそれが楽しいと感じている。子供っぽいやつだ。
ふざけ方も人を傷つけるふざけ方をよくする。それがどうしようもなく嫌だった。
「なぁ今日どっか行こうぜ?」クラスメイト達が声をかけて来た。
「どこ?」少年は聞き返す。
「まだ決めてない。」
「じゃぁ図書館とかは?」
「え、嫌だ」そういうと彼らはどこかへ行ってしまった。
「なんだあいつ。図書館って真面目かよ」
そんな意地悪の声が聞こえ、どうしようもなく悲しかった。
ただ、クラスで浮いていたいのは僕だけではなかった。
「ねぇこのキャラクター可愛くない?」
ある子がランドセルについているストラップを見せびらかしている。
「かわいいね」またある子がそう言う。
「高坂さんは?」
「ん?」
「これ可愛くない?」
「そうかな?よくわからない。」
「へぇーそう」
「でね、このキャラクターね文房具もあるんだ」
「それなら知ってるよ。駅前のスーパーで売ってた」と由紀は話すが・・・
「ちょっと黙っててくれる?」そう見せびらかした子はいう。
僕は一人でもよかった。ただ、悪口を言われるのと嘘をつくのだけはしたくなかった。
一人なのは僕だけでよかった。誰かが一人でいるとその子にすがってしまいそうな僕がいたから。本当は一人なんてごめんだからか。一人でいいのは強がりか?
僕は小六ながらそんなことを考えていた。
「あ、高坂また給食残してる」クラスの男子が大きな声でバカにする。
それにつられて他の児童もバカにし始める。
「給食は全部食べないといけないってママが言ってた」
「先生に言っちゃおうかな」
「別にいいじゃん。お腹いっぱいなんだから。
それにそんな給食ごときで騒ぎ立てるあなた達はなんて子供なの?」
由紀がそう言い返した。声は少し震えていた。でも大きな声で言い返した。
しかし、まさしく正論だった。誰にも言い返せまい。
彼女には僕と違って勇気があった。僕とは違って周りを変える力を持っていた。
「はっ?あんた誰に口聞いてると思ってんの?」
そう女子児童が彼女に突っかかろうとした時。
「やめろよ」気づいたら僕は彼女の前に立ち塞がっていた。
そう、僕は彼女にすがってしまったのである。
僕はとうとう一人に耐えかねて同じ境遇の子にすがってしまったのである。
助けたい。というヒーローに憧れるような心情もあったかも知れない。
いずれにせよ僕は彼女の前に立ち塞がっていた。
「お前、邪魔!」女子児童は僕に蹴りを入れようとしたが・・・
僕は・・・僕は・・・それよりも早く女子児童に拳を入れていた。
「痛って、あんたらさぁもしかしてできてんの?できてんだろ?」
「よかったねー王子様が助けに来てくれたってよなぁ高坂」
それに続いて他の児童もからかう「できちゃったできちゃった!!」
いきなり由紀が立ち上がる!
”バシンッ”由紀の手が僕の頬を叩いた・・・
彼女の目にはかすかに涙が浮かんでいた。
クラスは状況が読み込めず、”し〜ん”としている。
「どうしたんだ?」クラス委員長が先生を連れてきてその場を収めた。
あとの教室の雰囲気は重く淀んでいた・・・
僕は放課後、話があると先生に生徒指導室に呼び出された。
人に手を挙げたことに注意された。さすが、事実だけを淡々に知っている先生は違う!
帰り際、「あなた、馬鹿ですね」
僕はやけに丁寧に罵倒された気がした。事実そうだった。
その声の主は土壇場で僕を平手打ちしてきたあの少女である。校舎裏で立っていた。
「なぜ私を庇ったんですか?」
「ええと・・・人を助けるのに理由なんかいらない!
なんて言ったら君は信じてくれるだろうか?」
「ふざけてるんですか?信じるわけがありませんよ」
「そっか・・・」
「真面目に答えてください。なんで私を庇ったんですか?
私がそんなに哀れでしたか?私がそんなにか弱く思えたんですか?・・・」
「違うよ」そうさ、違う。僕は彼女を哀れだなんて思っていない。
僕はただ・・・「すがりたかっただけだよ」・・・
「すがった?何を馬鹿なことを言っているんですか?」
「僕はクラスで一人だった。一人には慣れていたはずだけど
やっぱり寂しいんだ。一人は。だから同じ境遇だった君を庇うことで
僕は寂しさを紛らわしたかったんだと思うんだ。」
「・・・」
私は彼に”もう私に関わらないでほしい”と伝えようと思っていた。
きっと私に関わると彼が辛くなるだろうかと思ったから。
今日の件だってそうだ。彼は放課後先生と生徒指導室で注意を受けていた。
これからだって彼は私と関わることできっと困難があるだろう。
でも、もし許されるのなら・・・一人は嫌だ。本当の友達が欲しい。
「ありがとうございました。もう私に関わらないでください!」由紀は深く頭を下げた。
顔を上げられなかった。辛い顔なんて見られたくなかったから。
喋れなかった。次に口をひらけば本音が出てしまいそうだったから。
考えられなかった。もう二度とこんな子には会えないと思いそうだったから。
少年は考える。
もしかしたら僕は彼女を傷つけてしまったのだろうか。
彼女は今日のことでからかわれるかもしれない。なら、その方がいいのかもしれない。
彼女のために・・・なら僕は関わらない方を選ぶ。
「わかったよ。僕たちは今日言葉を交わさなかった。ここで話したことも忘れよう。
僕は君を庇わなかったし君は僕のことは知らない。今日のことはなかったということで!」
「違っ」そう言いかけた由紀だがギリギリのところで踏みとどまった。
「初めまして、さようなら」そんな言葉を残し少年は去っていった。
僕の選択はこれで良かったのだろうか?
私の選択はこれで良かったのだろうか?
そんな二人の思考が渦巻くその夜の満月は大きくて美しく淡い光を放っていた。
次の日・・・
案の定、僕らは昨日蹴りを入れた子の両親を交えて話すことになった。
特に何もなく終わりいつもの日々に戻った・・・かのように見えた。
「あ、”ぶたれやろう”が帰ってきた」その酷いあだ名は少年に向けられたものだった。
その日からはいじめに近いこともあった。
からかわれるだけではなく蹴られたり、殴られたりしたこともある。
体の痛みよりそれによる心の痛みの方が少年には苦痛だった。
助けを呼ぶことはできなかった。
トイレに閉じ込められても、靴を隠されても、教科書のページを破られても助けは呼べなかった。少年はひたすら、いじめっ子たちを心の中で見下すことしかできなかった。
でも、そんなことをしてもいじめられるばかりだった。
由紀は女子集団から徹底的な無視をされていたようだ。
ただ、少年にとって幸いなことにそれだけにとどまっていたようだ。
私は、あれから彼のことを忘れたことになった。
彼は今いじめられている。私は私が大っ嫌いだ。
人を庇うのが、人を助けるのがこんなにも勇気の要ることだなんて知らなかった。
私は彼を助けたい・・・いじめられている彼を助けたい・・・
でも私にはそんな勇気がない。神様どうか私にこれ以上私を嫌いにさせないで。
一言の勇気さえ、一歩の勇気さえあれば・・・あぁ私はなんて最低な人間なんだろう。
少年が教室に登校してきた。
「あ、王子様がきたー」
「姫坂よかったな王子のご到着だぞ」
「王子様ヒューヒュー」
「高坂姫が待ってるよー」
「いじめられ王子様かっこわるー」
「ぶたれるなんてきっしょいわ」
「ぶたれ王子バンザーイ」そんな心無い言葉と人を蔑めるような笑いが教室に響いた。
僕が、君たちに何をしたって言うのだろうか?
僕は君たちを一度でもからかったことがあるか?
クラスの全員がこんなことを言うわけじゃない。
ただ、クラスの誰も彼らを止めないだけなのだ・・・
僕は教室の教台の前に立たされそこでとうとう涙を堪えることができなかった。
「やめなよ!」冷たく透き通った声がバカにする声を遮り教室中を駆け巡った。
「お前たちそんなことして恥ずかしくないの?」
「うるせー姫坂」そう男子生徒の一人が由紀に向かって言葉を返す。
少女はそのまま少年の元へ駆け寄り「私もすがらせてもらうね?」とささやき
そのまま少年の頬に口づけをした。軽く唇が触れただけなのに”ビクッ”と少年の背中が跳ねた。
急な展開にあたりはまたもや状況が飲み込めずに静まり返った。
「これでわかっただろ?付き合っているんだ」
「もうわかっただろ。どっかいっちまえ」
チャイムの音とともにやってきた先生が静まり返った教室と肩をよせあう少年少女を見て
「これはどうしたんだ?」と問いかける。
これをきっかけとし、先生に経緯を説明したおかげでいじめが問題として浮上した。
それにより無視はされるようになったが少年、少女はいじめられなくなった。
そして少年少女の、夏がこれから始まろうとしていた。
「やめなよ!」冷たく透き通った声がバカにする声を遮り教室中を駆け巡った。
「お前たちそんなことして恥ずかしくないの?」
「うるせー姫坂」そう男子生徒の一人が由紀に向かって言葉を返す。
少女はそのまま少年の元へ駆け寄り「私もすがらせてもらうね?」とささやき
そのまま少年の頬に口づけをした。軽く唇が触れただけなのに”ビクッ”と少年の背中が跳ねた。
急な展開にあたりはまたもや状況が飲み込めずに静まり返った。
「これでわかっただろ?付き合っているんだ」
「なんだあいつ・・・」クラスメイト達が少しずつつぶやき始めた。
しかし、そこに罵倒の声がなかったのが不思議だった。
これをきっかけとし、先生に経緯を説明したおかげでいじめが問題として浮上した。
それにより無視はされるようになったが少年、少女はいじめられなくなった。
「ねぇ?」
「ん?」
「どうしてあの時僕の頬に口づけをしたの?」少年は恥ずかしさで少し赤みを帯びた頬を気にするように少女に問う。
「わからない。なんかそうしなきゃいけない気がした。」
「そうなんだ」
「でも結局いじめはなくなったんだからそれでいいじゃん」
「そうだけど・・・変な噂が。」
「あ!?」とたんに少女の顔が赤くなり・・・肩を落とした。
「どうしよう・・・」さっきまでとは打って変わって落ち込んだような声だった。
「ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていよう」
「うん・・・」
そして少年少女の夏が始まる。