句読点はやはり、必須の知識だな。
私だ。校正者の南条だ。
ついに梅雨入りしてしまったな。まあ、仕方のないことなのだが……。
個人的に言わせてもらえば、この梅雨という期間は大の苦手なのだ。
なぜ苦手なのかだと?
当然ではないか。雨だと、海岸で走り込みができないではないかッ!
それはさておき、だ。梅雨の期間は蒸し暑い。湿度が高いので汗が乾かない。汗が乾かないと発汗による身体の冷却が進まず、熱中症に陥る危険性が増すのだ。
少年少女、そして身体機能が弱まった高齢者は、特に気をつけねばならんぞ。
何? そう言うお前は大丈夫なのか、だと?
フン、失敬な。こう見えても私は身体頑健なる四十代だぞ。若手になど、おちおち負けておられるものか。
しかし若手といえば……。個人的な話で申し訳ないのだがな。
いま私の前で講義を受けているこの若手は、やや苦手な部類だな。どうも平常心を保っていられないのだ。
「南条先輩……? 何ですかぁ? いきなり黙っちゃいましたけど?」
苦手な部類の若手というのは、いま話しかけてきたこの新入社員のことだ。
名前は……早坂君といったか、向上心が旺盛なのは認めるが、最初はおっとりしていたのが妙に馴れ馴れしくなってきたのが、どうも玉にきずだ。
大学出だというのに中学生並みの外見というのも、は、反則ではないか!
「う、うむ……。少し考えごとをしていた。済まん。どこからだったかな?」
「ぷう。くとうてんについて、もっと詳しく、教えてくれるんじゃなかったんですかぁー?」
――ぬぅッ! そんな目で私を見るなッ! 年甲斐もなく萌えてしまうではないかッ!
しかし、確かにそうだったな。今回は句読点についての二回目の講義だった。
今回は、どういった場面で句読点が使われるのか、について考えてみることにしよう。
まず最初は読点だ。前回でも話したが、誤解釈を防ぐための区切りという使い方がある。
ではここで、読者諸君に問題だ。「彼は嬉しそうに海岸を走る南条を眺めた」の、どこか一箇所に読点を入れてみてくれ。
読点を入れる箇所によって、「彼」という主語に感情を入れたり外したりできることが、この例文でもわかるだろう?
つまりだ。「彼は嬉しそうに、海岸を走る南条を眺めた」とすれば、「彼」という主語に、熱血爆走する私を嬉しそうに眺めるという、感情を付与することができる。まあ、例文としてこちらが正解なのは言うまでもないがな。
そしてもうひとつのパターンでは、「彼は嬉しそうに海岸を走る、南条を眺めた」となる。これには「彼」という主語に感情はない。むしろ、私が変なおじさんになってしまうという、あり得ない選択肢だ。
「えー? 私、二番目の方が正解だと思ってましたぁ」
「――後でじっくり、応接室で面談でもするとしようか。早坂君」
そして次だが、主語の位置を明確にするという、読点の使い方について説明するぞ。
では問題だ。「南条と早坂は並んで座っている」という文章に、一箇所だけ読点を入れるとしたら、果たしてどこになるかな?
答えは当然、「南条と早坂は、並んで座っている」となる。読点が主語と述語を分けているのだ。読点を一箇所入れるだけで、文章の通りが格段によくなる。
主語と述語が連なる文が、同じ資格でふたつ以上連続する「重文」という形式でも、両方を分けるのに使えるぞ。
文章が長ったらしく、読みづらいという指摘を受けた君は、是非試してみてくれ。
「やだぁー、南条先輩。こんなところでわざわざ、並んで座っているなんてバラさなくてもいいじゃないですかぁー」
「……バラすと、何か不都合でもあるのかね? 早坂君?」
では次に行くぞ。今度は、強調や逆接などで使われる接続詞や副詞の後に、読点を入れて文章にアクセントをもたらすという使い方だ。
逆接や順接の接続詞(しかし・だが・だから・または)とか、強調など一部の副詞(もしも・なぜなら・決して)とかの後につけることで、接続詞や副詞の意味合いを強めることができるという用法だな。
例えば「決して私は負けられない」という文章と、「決して、私は負けられない」という文章では、後者の方がよりインパクトが強く感じられるだろう?
これは、どちらかと言えばコピーライティングの技術に属すると思うが、小説や詩でも、印象的な場面で使うと効果的だぞ。
「はい! 私は決して、南条先輩には負けません!」
「……私と何の勝負をしようと言うのかね? 早坂君」
では最後だ。ひらがなやカタカナ、そして漢字の連続を防ぐという使い方も教えておこう。
これは誤読を防ぐという要素も含んでいる。是非覚えてもらいたい。
よし、問題だ。「私はそのためにただただ努力するしかない」という例文の、どこか一箇所に読点を入れてみるがいい。ここまで読んでくれた諸君にとっては、もはや愚問だろうと思うが。
ふむ、正解は「私はそのために、ただただ努力するしかない」だな。ひらがなが連続することで、読みにくくなることを防いでいるのだ。
「ほよよ。読点の使い方だけでも、こんなに覚えることがあるんですねぇー」
「早坂君、忠告しておくが、『ほよよ』はいささか古いぞ。私にとっては、懐かしいフレーズのひとつではあるがな」
「えー。私よく知ってますよ。あの頃のアニメは全部見ましたから。今でも再放送の八十年代アニメはだいたい制覇してますっ!」
――中学生並みの容姿に、古いアニメのマニアとは。これはまた、前途多難な新人だな。