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「くどくてん」ではない!「くとうてん」だッ!

 私だ。校正者の南条だ。


 日に日に暑さを増していくな。しかし朝晩は冷え込んだままだ。

 気温差で体調を崩すことのないように、普段から摂生に心がけねばな。


 何? そういうお前は、どうやって健康を維持しているのか……だと?


 フッ、よくぞ聞いてくれた。


 諸君も知っているとは思うが、私の健康法は、朝早くに海岸で走り込みをすることだ。

 しかし最近は私も有名人になったせいか、格言を叫びながら走るたびに、数人の警察官に警護されるようになってな。走りにくくてかなわんのだ。


 ――何? それはお前が職質を受ける寸前だ。早く気づけ、だと?


 フッ、馬鹿を言ってもらっては困る。ここまで品行方正、容姿端麗な日本国民の鑑である私に、やましいところなど微塵もないわ。

 まさに快晴、一点の曇りなしと言ってもいい。


 しかし、走り込むにしても雨では難しい。しかもここ数日は雨が続いたしな。

 そこで近ごろは、NHKで毎朝やっている「テレビ体操」を見ながら、テレビの前で身体を動かして汗を流しているのだ。

 フッ、私としたことが、朝から爽快になってしまうではないか。


 さあ、諸君も実践してみるのだ! 朝から汗を流すのは気持ちがいいぞ!


 おっと、いかんいかん。私としたことが、つい熱くなってしまったな。朝の体力作りの話になると、理性が効かなくなってしまうのだ。許してくれ。


「――あの、南条先輩? どうかしました……か?」


 むっ、その声は。

 先週、校正係に配属されてきたばかりの新人で、久しぶりの女子社員ではないか。名前は早坂君と言ったか。


 それにしても……。この早坂君はいささか、私の想像の斜め上を行く存在だったな。


 何が斜め上なのかと言うとだな。その容姿といい声といい、話し方といい、笑い方といい……。まさに深夜にやっている萌えアニメの主人公そのものの、萌え系美少女だったことだ。

 大学出だというから二十代なのだろうに、これではまるで中学生ではないかッ!


 しかもその華奢で小柄な体つき、小動物のようにおどおどした態度……。

 ふむ……困った。このおじさんに一体どうしろと言うのだ、作者よ?


「ああ、済まん済まん。少しばかり、思いにふけっていてな。それで、今日は句読点(くとうてん)の話だったな?」


「くとうてん? これって、くどくてんと読むんじゃない……ですか?」


 ――ぬうッ! 最近の高校や大学では、句読点の読み方すら教えとらんのかッ?


 しかし、近年叫ばれている「ゆとり教育」というのは、こう言うものなのかもしれんな。

 だがもちろん、彼女らに罪はない。リベラルアーツを余暇重視だとはき違えた教育行政こそが、諸悪の根源だと言えるな。


「うむ、それでは覚えておけ。句読点というのは、文章の区切りを示す点や丸のことだ。点を読点、丸を句点という。その組み合わせを句読点と呼ぶのだ」


「……はい、くとうてんですねっ……メモメモっと。それで……校正ではどういったミスを拾えば、いいんですか?」


 むぅ、いい質問だ。態度はおどおどしているが、向上心は認めることにしよう。

 質問されて答える方も、勉強になることがある。今年の教育担当者諸君よ、能力向上のチャンス到来だぞ!


 それでは私が、句読点について特別にレクチャーしてやろう。


 そもそも日本語の文章というものは、五十字程度の文字数でひとつの固まりを作れば、読みやすくなるそうだ。

 そこに一個か二個の読点を置くと、文章全体の区切りがよくなり、言いたいことが頭に入りやすくなるらしい。


 以上が原則だ。それで諸君、気づいたかね?


 上に示した二行の文章だが、それぞれ五十文字、読点二個の原則をもって書かれている。違和感なく頭に入ってきただろう?

 たまに、読点がほとんど入っていない文章を見かけることがある。頭に入ってこない以前の問題だ。そんな文章は目にしただけで、読む意欲をなくさせてしまうだろう。


 さらに、読点は適切な場所に入れる必要がある。諸君は「アフガン航空相撲殺される」というネットスラングを聞いたことがあるかな?


 事の発端は十数年前、アフガニスタンの航空観光大臣だったアブドゥル・ラフマン氏が、外遊のために訪れたカーブル空港で、航空便の欠航続きに業を煮やしたメッカ巡礼者に取り囲まれ、撲殺されたという事件だ。


 日本には航空観光大臣という役職がない上に、見出しに読点がひとつもなかったせいで、アフガニスタンには航空相撲という格闘技があり、その相撲で殺されたと誤解した人間が出たというのだ。

 確かに、ここは「アフガン航空相、撲殺される」と書くべきだっただろうな。


「……へぇ。確かにそうですよね。これじゃ意味が違っちゃいますよね」


「早坂君もわかってくれたか。読点はあらゆる言語で、非常に大事な要素になっている。そうだな、今日は時間がないからここまでにするが、次回も句読点をやるぞ。覚悟はいいか?」


「――はいっ。よろしくお願いします、南条先輩っ♡」


 ……彼女も私に慣れてきたようだ。それは何よりだ。

 だが私としては、この声のせいで萌えてしまう。ふう、いかんいかん、年甲斐もない。

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