柱とノンブル、知らんのか?
私だ。校正者の南条だ。
ゴールデンウィークが終わってしまったな。フッ、残念なことだ。
私のゴールデンウィークか? 聞くまでもない、早朝から昼まで、海岸で走り込みをしていたに決まっているだろう。
校正という重責を担う身だ。走り込みでもして身体を鍛えんと、肉体も精神も重圧に負けてしまうからな。
それにこの連休は、松岡修造氏の格言を叫びながら走った。うむ、気持ちよかったぞ。
近くに誰もいなかったからな。しかも警察官諸君が警備してくれて、心強かったものだ。
――何? それは不審者通報されて、職質を受ける寸前だったんだろう、だと?
何だ、天井あたりから、作者らしき声が聞こえたような気がしたな。
フッ――まあいい。第三話あたりからは、私の人気に対する作者のやっかみなど気にしないようにしているのだ。
その程度の突っ込みなど……ぬるい、ぬるいわッ!
むっ? 向こうから来るのは、第二話でも登場した、チャラい後輩の清水君ではないか。
さて、前回のように私も自制せねばな。彼のチャラい言動を聞いていると、自然に身体が動いてブルドッギング・ヘッドロックを決めたくなってしまうのだよ。
「あっ、南条さん、チーっす。またちょっといいッスかねえ?」
――おっと、いかん。
ブルドッギング・ヘッドロックは思いとどまることができたが、ノーザンライト・スープレックスのための準備行動に入りそうになってしまったではないか。
しかし、最近の若者は、挨拶まで体育会系のままとは……。
いずれ私が、美しき「こんにちは」の作法を教えてやらねばな。フッフッフ……。
「この左上と右上にある、章の名前が入ったのって何て言ったッスかね? ど忘れしちゃいまして……。あと、これ、ページ数を書いたやつも?」
「こんな基本的なことを忘れるとは、ブッたるんどるぞ。本文外側の書名や章名は『柱』、ページ数は『ノンブル』というのだ。覚えておけ」
「そうなんスけどね。柱もノンブルも、英語の本にもあるッスよね。でも柱もノンブルも、英語っぽくないというか……。それで覚えられないんスかね。へへっ」
――うむ、確かに彼の言うことにも一理あるな。薄笑い以外は。
ページの左上や右上だけでなく、右下や左下に入ることもある「柱」は、もともと和装本を袋とじで製本するとき、折り目に書名や章名を刷り込んだ「柱」という部分が語源だそうだな。
逆に「ノンブル」というのはフランス語だ。英語ではナンバーだな。この考え方が輸入された明治時代に、軍隊や建築なんかの業界がフランスかぶれだったのが原因なのだろう。
しかし製本や印刷に関する用語は、今でも古い日本語がそのまま使われているものだ。
まあ、追い追いここで扱ってやる。書籍化するなら、必要不可欠な知識だろう?
「それでッスね、この……柱の位置なんスけど、ページによって違う気がするんスよね。いちいちページごとに作ってるとかさあ、あり得ないっしょ?」
――おっと、いかん。
私としたことがつい、そこにある金属製の定規で、彼の首を刎ねそうになったではないか。
金属製の定規は便利な道具だが、凶器にもなり得るものだ。皆も気をつけるのだぞ。
それにしても、話し方が大学サークルの飲み会そのものだな。
先輩に対する口の利き方というものを、一度その身体に刻みつけてやらねばな……。フッ、なぜか身体に、熱いものがたぎってきたぞ。
「仕様書はないのか? 柱やノンブルには、フォントや大きさ、断裁面や本文からの位置を記した仕様書があるはずだろうが?」
「うーん、最初はその通りに作られてたんスけど、だんだんズレてきたっていうか……」
「……なるほど、マスターページを使っていないな。素人めが。よし清水、最初のページに『位置仕様書通リニ、以下同ジ』と書いておけ」
皆も知っているとは思うが、赤字を入れる際にはひらがなを使わんのだ。そのように入力されるのを避けるためだ。例えば「取る」ではなく、「トル」と書くわけだ。
ちなみにマスターページというのは、ベースになるページのことだ。DTPソフトではすでに一般的な機能だと言えるな。
マスターページで載せたパーツは、一定範囲のページすべてに適用される。これさえ使えば、柱の位置がズレるなど考えられんわけだ。
マスターページは見開きで作ることができるから、柱やノンブル、インデックスといったものの位置を固定できるわけだ。
たまに章の扉など、柱もノンブルも載せたくないページがあるが、白いボックスで隠すなり、消すなりすればいい。ページ側で改変することは、インデザインというソフトで「オーバーライド」と呼ぶらしいな。
「……あの、南条さん、すいませんけど」
「ん? 何だ清水、何か質問か? いいだろう、言ってみろ」
「マスターページって、何っスか?」
「…………」