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「黒歴史」か……フッ、面白い

 私だ。校正者の南条だ。


 世間はゴールデンウィークだそうだが、この私がわざわざ休日出勤までして来てやったぞ。感謝するがいい。


 前回は、写植からDTPへ移り変わっていく話だったな。


 まあ、何ごとにも移り変わりがあるのは仕方のないことだ。しかし逆に、変わらないでいることも非常に難しい。

 私は入社当時から校正者をやっているが……フフ、私もこのレベルになるまで、一心不乱に校正の腕を磨いたものだったな。


 ――コラそこ。「お前にはそれしか取り柄がなかったんだろう」という突っ込みなど、私は受け付けんからな。


「あのぉ……南条さん? 何ですか、そのでっかい機械は?」


 ん? そこにいるのは深井君ではないか。私のことを心配して、手伝いに来てくれたのか?

 確かに、倉庫の奥にあるこいつを一人で引っ張り出すのは、ひと苦労だな……。


「ああこれか、これは古いMacだ。ページメーカーはこれでないと動かんからな」


「えっ? オフィスにあるiMac(アイマック)じゃ、動かないんですか?」


「あれにはOSX(オーエス・テン)しか入ってないだろうが。ほら、重いからそっちを持て」


 この機械は古いMacの中でも最後に出たモデルで、G5(ジーファイブ)というのだが……。何せ二十キロ以上もあるので非常に重い。机に載らないほど大きいので、みんな床に置いて使っていたな。


 銀色の四角い筐体に、メッシュ構造を多用したフォルム。なかなかにいいデザインだが、機械の中がとても熱くなるという欠点があった。

 いつでも内部を冷却する換気扇が回っていたから、私も排気口の近くに、濡れたタオルやハンカチを干させてもらったものだ。熱風ですぐに乾いたぞ。


 ふう、それにしても重いな。でかいから性能がいいなどという神話は、この機械で最後にしてもらいたいものだ。


「……おっ、起動した。あれ、このMacOS(マックオーエス)、バージョンが9ですよね。最新は10いくつなのに……。もしかして、これじゃないと?」


「ふむ、察しがいいな深井。ページメーカーやクォークエクスプレスは、この古いシステムでしか動かんのだ」


「な、なるほど……。はは、いろいろ面倒そうですね。それじゃ、やってみます」


 うむ、このページメーカーの画面。実に懐かしいものだ。


 なぜ懐かしいかといえば、私も密かに、このソフトを所持していたからな。今では私にとっての「黒歴史」とも言えるが……。

 ちなみに「黒歴史」という言葉は、某おヒゲのロボットアニメが初出だそうだな。私も若かりし頃、食い入るように観たものだ。特にあの「月光蝶」には感銘……。


 ――む、いかんいかん。これ以上は年がバレるな。


「……あれ? さっき両端揃えにしたはずなのに。出力すると少しズレてます」


「ふむ、やはりな。ここはこうすれば、少しよくなるだろう」


 そう、そうなのだよ深井君。ページメーカーは設定が細かいくせに、出力すると反映されていなかったり、もくろみ通りにできなかったりといういわく付きのソフトなのだ。

 将来改善されるだろうと見込んでいたが、バージョン7で開発打ち切りになってしまったのだ。返す返すも惜しいことをしたものだ。


「できた……。ありがとうございます、南条さん。ついでにこっちもいいですか?」


「何だ、まだあったのか。どれ、見せてみろ」


 ――ぬうッ! こ、これはッ?


 やはり貴様か……。まだ私の前に姿を見せるのか、クォークエクスプレス!

 左上の欄外で、控えめに日付とファイル名を表示するのが、お前という奴だったな……。


 別のDTPソフトへデータをコンバートするはずが、クォークエクスプレスから書き出される文字の順序が、見た目と違ってバラバラになるので苦労したものだ。

 あれで何回、徹夜や深夜残業を強いられたことか。フフ、死んでも忘れんぞ……。


「――あれ、このソフト、起動しないですね。壊れちゃったんですかね?」


「いや、このG5に入っているはずだが……。むっ。これは、ドングルがないぞ!」


「ドングルって、例の小さいUSBメモリーのことですか?」


 そうなのだ。クォークエクスプレスというソフトは、ドングルという鍵がなければ起動しないようになっていたのだ。私としたことが忘れていた。

 もちろん最新のバージョンでは購入時の認証でいいことになっているが、この当時はこれで、起動するたびに認証を要求していたのだ。違法コピーが目立った時代の名残だ。


 それは何より、このソフトが一本で二十数万円もする、高価なものだったからだ。

 下手をすれば、このでかいMacと同じくらいだ。それをユーザーの数だけ導入するのだから、大量購入割引があったとしても、企業にとっては莫大な投資だったことだろう。


「――ドングルがないのでは仕方ない。私は少し休んでくる。深井、ドングルの在処は課長に聞いておけ」


「あ、はい……。南条さん、お疲れですか?」


「フッ、まあな。私にとっての『黒歴史』を、少し垣間見たからな……」

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