DTP?「でかい鉄板ポテト」じゃないのか?
私だ。校正者の南条だ。
今日は奥深い制作の世界を皆に紹介するために、花見が終わった後で酒が抜けていないが、来てやったぞ。
さて、今回からは制作の話だな。つまり、DTPの話になるわけだ。
昔のことはよく知らんが、今の時代の校正者はDTPのことも無論知っておくべき……なんだろうな。
そのためには前提として、DTPが普及する前の話もしなければならんだろう。
私がこの会社に入社した二十年前、DTPなどという言葉を知っている奴は、無条件で「すごい人」の称号を獲得していたものだったな。
当時はまだ写真植字機という、製薬会社の実験機械のような大がかりな機械が一般的だったからな。略して「写植」とも呼んでいた。
写植というのは文字盤とカメラを使って、文字を印画紙に焼きつけるという、写真を応用した手法だ。今から考えれば面倒な作業だが、活版印刷で活版を並べていた頃から比べれば、飛躍的に効率化できたんだろうな。
写植のオペレーターは「手動機」というバカでかい機械の前に座って、モニターをのぞき込みながらレバーやハンドルを操作していたわけだ。
小柄な人が使うとまるでコクピットに座っているように見えるからというので、「モビル○ーツ」などと呼ばれていたこともあったな。
写植はその後進化して、パソコンのようにキーボードで入力できるようにもなったが、手動機と呼ばれた大がかりな機械は細かい文字が印字できるらしく、私の会社でも最後まで残っていたものだな。
……と思ったら、向こうからDTPオペレーターをやっている、入社三年目の深井君がやってくるではないか。
彼はデザインの学校を出ていて、複雑な仕事もこなせる優秀な人間なんだが、どうも気が弱いところがあって、いつもビクビクしている。私の前では特にそうだ。
――何? それは全部お前のパワハラのせいだろうが、だと?
ふむ、どこからか作者らしい天の声が聞こえてきたような気がするが……いや、空耳だったようだ。
まあ、私に限ってパワハラなどあるはずがない。みんな、そうだろう?
「あ、南条さん。ちょ、ちょっといいですか……?」
「――ああ? 何だ深井ッ?」
「ひいいいッ! ご、ごめんなさい! 別に何でもないですうぅ!」
――おっと、私としたことがついうっかり、いつもの調子になってしまった。これではまた作者の奴の思うつぼだな。自重せねば。
ここは先輩として、いやベテランとしての大度量を見せる場面だな。
後輩への適切な指導により、南条が課内実績のアップをもたらした……か。フフ、私の重役への道のお膳立てとしては、悪くない演出だ。
「――いや、すまん。少し虫の居所が悪かっただけだ。深井、私に質問があるのだろう? 言ってみろ」
「あ、は、はい……。じ、実はさっき、先方からこんなデータが支給されてきまして。南条さん、これ、わかりますか……?」
「これが出力紙か? どれ、見せてみろ……」
――ぬうッ! こ、これはッ?
この欄外にあるアプリ名……。フッ、久しぶりに相まみえたぞ。「ページメーカー」!
ページメーカー――。それはDTPツールの草分けとして、一時期、制作業界に君臨しただけでなく、のちの「クォークエクスプレス」とともに「やっぱりDTPにはMacだよねっ☆」という悪しき伝統を残した、伝説のソフトウェア……。
それだけでなく、画面に映ったレイアウトがなかなか紙面に反映されず、制作者を四苦八苦させたという、ある意味、伝説のツールではないか。
「……あ、あの、南条さん?」
「――ん? ああ、済まん。少しばかり懐かしさに浸っていたところでな。少し待っていろ」
そう言い残しつつ、私は古い資料を探しに席を立ったが……。
この南条ともあろう者が、ここまで動揺することになろうとは思わなかったぞ。
――フッ、いいだろう。ちょうどいい機会だ。
文字数の関係で今回はここまでにするが、次回は「ページメーカー」と「クォークエクスプレス」の話題にするとしよう。
ページメーカーもすごかったが、クォークエクスプレスの古いものはさらにすごい。「黒歴史」とも言える存在だ。期待して待つがいい。