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クエスチョンのQではない!

 私だ。校正者の南条だ。

 今日も奥深き校正の世界に諸君を案内するため、残業明けだが来てやったぞ。


 本日は校正者としての業務に欠かすことができない、「文字の大きさ」について教えてやるから、ありがたく拝聴するがいい。

 文字の大きさという概念がなければ、校正はおろか制作もデザインもできないからな。


 ……と思ったら、向こうから後輩の清水君がやってくるではないか。


 彼は若くて真面目で、私などよりもずっと向上心に富んでいるが、少々チャラい上に覚えが悪いのが難点だ。今回もまた私に、校正の技術的な質問をしに来たとみえる。


「あっ、南条さん。ちょっと教えてほしいんスけど、いいッスか?」


 ――なんだその「ッスか」というのはッ! ここは体育会系の部室じゃないぞッ!


 ……と、私としたことが、そんなことにいちいち目くじらを立てるようでは、思慮深い大人とは言えないな。ふむ、反省しなければならん。

 ここは平常心で彼と向き合うのだ。先輩としての度量を見せるべき時だな。


「――うむ、私にわかることなら、何でも質問してくれ」


「あざーっす。えっと、ポイントとQって、どう違うんスか? インデだとデフォがQになるんで、いまいちポイントっていうのがわかりにくいんスよねえ」


 ――おっと、いかん。

 私としたことが、手元にあった梅こぶ茶を、つい彼の顔面にぶっかけるところだった。


 ――しかし、最近の若者は略語が多すぎる。いずれ何とかせねばならんな……。


 だがちょうどいい。おあつらえ向きに、文字の大きさに関する質問が来たな。


「インデザイン」というDTPソフトで新規作成をすると、大きさや距離の単位が「Q」や「H」になっているというのも、彼にとっては不思議なのだろう。

 特に同じアドビ社が出している描画ツール「イラストレーター」では、文字や距離の単位が基本で「ポイント」になっている。混乱するのも無理はない。


「――そうか、ところで清水君、君はQが何の略語なのか、知っているかな?」


「Qが何の略かッスか? うーん……クエスチョンのQ……とか?」


 ――おっと、いかん。

 もう少しで彼の右脇腹に、私のジャンピング・ニー・バットが華麗に炸裂するところだった。フッ、私としたことが。ここは自重せねばな……。


「知らんなら教えてやろう。Qは『級』をもじった言い方だ。さらに級も『級数』の略。級数というのは文字の大きさの単位だ」


「ははっ、級がQッスか。そりゃおめでたいほど単純ッスねえ。大きさの単位ってことは、一級が何ミリとかあるんスか?」


 ――おめでたいのは、貴様の脳みそだッ!


 ぬうッ、いかん! 私としたことが。ここは若者への教育の場。平常心、平常心……。


「フフフ……よくぞ気づいたな。一級は〇・二五ミリに換算される。つまり、四分の一ミリが、級数の単位ということだ。級数がQなのは、四分の一を表すクォーターのQが語源だ。だが同じ〇・二五ミリ刻みでも、距離を表すときにはHになる。級数は文字の大きさの単位なのだ」


「ふーん……級数って文字の大きさにしか使われないんスか。でも、距離の単位はなんでHなんスかねえ? 距離って(エッチ)なものだったりするとか? ははっ」


 ……はッ。私の脳内監獄が、うっかり彼をはり付け獄門に処するところだったではないか。


 彼を獄門の処するのは後々の楽しみにすることにして、ここは話を結論に持っていかねばなるまい。時間と文字数も限られているのでな。


「……そんなわけがなかろう。距離を表すHは、『歯』と読む。昔よく使っていた写真植字機という機械で文字を印字するとき、ハンドルやレバー操作でレンズを移動させる『送り量』という距離を、歯車に例えて歯と呼んだ、という説があるな」


「はー、だから距離のことを言うときはHなんスか。でもまだるっこしいッスねえ、どうせなら大きさも距離も、ワードとかでも使ってるポイントに統一しちゃえばいいのに」


「……うむ」


 確かに、彼の言うことにも一理ある。しかしメートル法に馴染んだ日本人としては、いまだにポイントより、級数や歯数にこだわる向きがあるのだろう。


 ポイント制は、文字の大きさと距離を同時に表すことができる単位だ。

 今後ますます普及していくだろうが、級数と端数が消えることも、まずないだろう。


「ポイントはそもそも、インチ制に由来しているからな。一ポイントは七十二分の一インチに決められている。ミリに換算すれば〇・三五二七ミリになるが……そんな細かい数字は覚えられんだろう?」


「……そりゃ、四分の一ミリの方が断然わかりやすいッスね。あざっす南条さん。俺、これからは校正だけじゃなくて制作もやってみようと思ってたんス。参考になったッス!」


「――お、おう」


 若者の向上心を刺激するのも、先輩の役目、というわけか。少し寂しいが……。

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