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そろそろ、色のことも知らねばな。

 私だ。校正者の南条だ。


 何? 原稿が上がりそうもないのでハロウィンもクリスマスもない。リア充爆発しろ、だと?


 やれやれ、まったく困ったものだ。

 即売会に間に合わせようと決意したのは、君だろう?

 そんなことで、リア充を逆恨みしてどうする。


 君からすれば高嶺の花のように見えるリア充の諸君も、まったく努力しないでリア充になったわけではあるまい。

 多くのことを同時にこなせる人間は、ほとんどおらんぞ。まずはおのれに課せられたタスクを、きちんとこなすことだな。


 何だと? それはお前がリア充になれないことの、言い訳にしか聞こえない……だと?


 うるさいぞ作者。斜め上からものを言うのはやめろと、前にも言っただろうが!

 すでにリア充になって久しい貴様などに、私の気持ちは永遠にわからんわ(クワッ)!


「――あのぉ、南条先輩……? ボクの話、聞いてましたか?」


 おっと、そういえば。DTPオペレーターの深井君から相談を受けていたのだったな。


 まったく、事あるごとに作者の奴がちょっかいを出してくるから、私が守護霊と会話できる、危ない変人であるという社内の噂が、なかなか払拭されないではないか(困惑)。


 だがそんな場合でも、常に平常心を保つことだ。そうすればいつか、望みは叶う(決心)!


「……あ、ああ。確か今日は色の調整まで、お前がやらなければならなくなったんだったな」


「はい……。画像処理の人たちが社外セミナーで全員出払っているせいで、ボクたちDTPオペレーターが画像の色調をやらなければならないんです。ボク、フォトショップのトーンカーブとか、あまり得意じゃないんですけど」


「私も、フォトショップはそれほどできんぞ。何しろ最新版を持っていないからな。ライセンスの月額制や年額制というのは、個人ユーザーにとってどうも手が出にくい」


「ボクは最新版を持っていますけど、色分解については不得意です。RGBとかCMYKとか、いまだによく分からなくて……。それで、少し色のことを伺いたくて」


 まったく、印刷屋に勤務しておきながら、RGBとCMYKの違いも分からんとは情けない……。もともとデザイナーで中途入社だから、色分解についての知識が足りないのは、仕方がないのだろうがな。


 ――ん? 何だ作者。RGBだとかCMYKだとか、何のことなのかお前がきちんと説明しろ、だと?


 ……うむ、まあ、それもそうだな。


 その上から目線には少々ムカつくが、一般の読者のために、印刷における「色分解」について、私が少し説明することにしよう。


 そもそも色というのは、数え切れないほどの種類がある。しかしそれを、ほんの数種類の原色を混ぜ合わせることで再現する……。それが色分解という考え方だ。


 その中でもメジャーなのはRGBだが、これは「光の三原色」とも呼ばれている。


 RGBというのは、赤の「レッド」のR、緑の「グリーン」のG、そして青の「ブルー」のB、という英単語の頭文字から取った略称だ。

 要するに、この世に存在するすべての色を、赤・緑・青の三つの光の色だけで再現する……という考え方だな。


 すべての色は三色から成る……。他にも色の分け方は存在するので、必ずしもこの考え方は真理ではないのかもしれない。


 だがテレビやパソコンなどのモニターを構成する画素は、わずか三つの色の光を混ぜることで、色を表現している。われわれはそこで発色されるものを、自然界のものと同じだと感じているはずだ。


 少なくとも人間の目にとっては、光の三原色が真理であることに疑いを差し挟む余地はないだろう。

 だが、映像ではない印刷物に関しては、少々事情が違う。


 RGBは光の三原色なので、モニターの画素のようにみずから発光するものであれば、色を再現することができる。だが印刷物のインキは発光しないので、別の方式の色分解を使わなければならなくなるわけだ。


 そこで登場するのがCMYKという方式だが、こちらも基本的には、三色を混ぜることであらゆる色を再現する技法だといえる。正式には「CMYKカラーモデル」という。


 具体的にはC(シアン、濃い水色)、M(マゼンタ、濃い赤色)、Y(イエロー、明るい黄色)の三色に、濃さを加えるための黒(K、スミもしくはブラック)を加えて色を表現するという技法だな。


 しかし人間は、RGBだと光そのものの発色を見ているわけだが、一方CMYKではインキが吸収し反射する光の色を見ている。

 要するに、色の原理そのものがまったく異なっているわけだ。


 だから、RGBとCMYKには互換性がない。両者の間でまったく同じ色を再現することは、理論上できないと言われているほどだ。


 だが安心しろ。まったく同じ色にすることはさすがにできないが、ギリギリまで近づけるくらいのことはできるぞ。

 フォトショップのようなプロ用画像処理ソフトを使えば、簡単な操作だけで、どちらかに変換することが可能になったのだ。


「ふむふむ、RGBで画像が支給されたら、色の変換が必要なんです――」


「おっ、南条さん。ちょっと色校のことで……って、何だよ深井。また南条さんの個人授業でも受けてたのかよ? お前は印刷のことになると、本当に無知だからなぁ~」


 ――ぬうッ、私と深井との会話に割り込んできたその声は……。

 私と同じ校正係の後輩、清水ではないか。


 わが後輩ながら、こいつは中途入社である深井が印刷のことをよく知らないことを、どうも小馬鹿にしているようだ。


 まあ、それならそれで仕方がない。また今度駅前の飲み屋で、こいつにもたっぷりと、後輩への接し方についてみっちりレクチャーしてやらねばな。フフフ……。

 こいつは妙に酒が強いから、ウコンを準備せねばならんのがシャクだが。


「あっ……。し、清水さん。どうもです!」


「今度は何? CMYKについての話? そんなのさぁ、南条さんじゃなくて俺っちに聞いてくれれば、ガチで教えてやるってのによぉ」


 ――まったくこの男は。

 途中からしゃしゃり出てきたくせに、図々しいにもほどがある。


 そもそも他人に教えを垂れるほど、色に関する知識があるのか? お前は。


「ちょっと待て清水。深井に教えてやる前に、お前に問題だ。CMYKは何の頭文字だったか言ってみろ。この前、係の勉強会でやっただろう?」


 勉強会という名前が付いただけの、坂本さんの独演会だったが……な。


「――フッ、南条さん。俺を誰だと思ってるんスか。校正係の若手期待のホープ、天才校正者清水さん(キャー! カッコイイ!)とは俺の……」


「いいから、つべこべ言わずに答えてみろ。勉強会は先々週にやったばかりだ。もう忘れたとは言わさんぞ?」


「……へいへい」


 まったく、こういうときにわざと前髪をかき上げたり、顔の周りに妙な星がキラキラと散るのがこいつの悪い癖だ。鬱陶しいにもほどがある。

 まあいい。こいつがCMYKの意味が無事に言えたら、不問にしてやらんでもない。


「えーっと、CMYKでしょ? 確かシアン、マゼンタ? イ、イエローと……そう、そしてKは黒ッスよ、黒! 寿司や芸者みたいに、ついに黒は世界の『KURO』になったッス――」


「違うわ、馬鹿もんッ! Kはキー・カラー、もしくはキー・プレートの頭文字だ!」


「――ええッ? で、でも確か勉強会で、Kは黒だって……」


「Kは黒の頭文字じゃないから間違えないように、という話だっただろうが! ちゃんと聞いていたのかお前は!(怒)」


 ――フン、やはり思った通りだな。

 それは違うという方を、むしろ正しい方として覚えてしまったようだ。


 だが別の業界でなら仕方がないとしても、他ならぬ印刷業界の中で、Kは黒の頭文字だと信じている風すらある。

 困ったものだが、確かにキー・カラーという名称は黒という色名に結びつきにくいな。


「……ちぇっ。後輩の前で恥かいちゃったじゃないッスか」


「恥をかくようなうろ覚えをする、お前が悪い。それはそうと、私に何か用事があるのではなかったのか?」


「――あ、そうそう。色校が届いたって知らせがあったんスけど、まあ急ぎじゃないんで、深井との話が終わってからでもいいッスよ」


 色校か、そういえば営業の奴が先方の事務所に、戻された色校紙を忘れてきたのだったな。色校がなければ色が分からず、印刷ができんではないか。まったく、どいつもこいつも……。


「話はもうすぐ終わりだ。すぐに行くと坂本さんに伝えてくれ」


「へーい」


 清水の奴、後ろ手に手を振りながら爽やかに去っていくとは……。うぬう。

 認めたくはないが、リア充というのはああいう男のことを言うのだろうな。


「――あ、あの、南条さん。色校って、あの印刷所から届く、確認用の色校正のこと……ですよね?」


「ん? そうだが……。もしかしてお前、印刷屋に勤めていながら色校紙を見たことがないのか?」


「は、はい……。すみません。最近はどの仕事もカラープリンタとか大判インクジェットとかで下版しちゃうので、仕事では色校を見る機会が滅多にない……からなんです」


 ううむ、そうだな。言われてみれば、確かにそうかもしれん……。


 ちなみに色校というのは、本番の印刷で使う紙とインキで、色校機という専用の機械を使って少しだけ試し刷りをすることだ。


 本番の紙とインキを使うので、実際に製品になるとどういった色合いと手触りになるのか、事前に確認することができる。

 先に完成版に近いものを見たいだとか、色調がどうだとか言う得意先には、是非とも勧めたいプロセスだな。


 しかし、色校は料金的にも割高だ。色校機を持っていない場合は専門の業者に依頼する必要があるが、そのせいで納期も先に延びてしまう。この辺は、先方のニーズを見極める目が必要だな。


「だが深井。色校紙を見たことがないと言っていたが、その口ぶりだと、色校がどういうものなのかだけは知っているようだな?」


「あ……。は、はい。実はボク、プライベートで絵を描いてまして。仲間と一緒にこの年末、イラストブックを出す予定なんです。それで先週、同人誌専門の印刷業者から色校が届きまして……」


 ――ふうむ、なるほど。そういうわけか。


 だが数百部程度の同人誌で色校まで取るとは、彼のサークルは色によほどこだわりがあるようだ。小さな印刷所だと、色校をプランに含めないらしいからな。


「そ、それで質問なんですけど……色校も、校正係で見てくれるものなんですか?」


「いや、色校というのはあくまで、クライアントが色調を確認するためのものだ。校正係は文字を見るのが仕事だからな」


「そう、なんですか……。あ、いえ、色校が届いたのはいいんですけど、ボク、色に関する指示をどう書けばいいのか分からなくて、困っているんです……」


 ――ううむ、そうだな。深井の悩みはもっともだ。


 文字の校正はおろか、色調に関しても素人であるクライアントが、色がおかしいと思ってもどういった赤字を入れていいのか分からず、途方に暮れる例は多かろう。


 よし、では次回の『私の大活躍(ry』は、色調を修正してもらう際にどういった赤字を入れるべきか、これをテーマにしようではないか! フフフ、決まりだな。


「そうか、私で分かることなら力になろう。ところで深井、お前たちが出そうとしているイラストブックというのは、どんな内容なんだ?」


「えっ……あ、あの、その……。今深夜アニメでやってる『魔法OL美咲ちゃん』の二次創作で……。あの、いわゆる、『薄い本』ですけど……」


 ――薄い本? その薄い本というのは一体、何が薄いのだ?

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