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フォントがない? ホントに?(爆)

 私だ。校正者の南条だ。


 実を言うと、だな……。

 今だから話すが、私は六年も前から、スマホのアンドロイドユーザーだったのだ。


 アンドロイドはよかったな。扱いが楽だったし、雨後のタケノコのようにポンポン新製品が出てきたし……。

 だが、アンドロイドのバージョンが上がっても、端末の側では上げられないことが多かった。私も泣く泣く、次のバージョンに対応できない端末を、二台も使い捨ててきたものだ。


 ――って、おいコラ! そこッ!


 どうせ南条は、ガラケーすら持ってない珍しい奴なんだろうとか、家の電話が黒電話なんだろうとか、勝手な想像をするんじゃない!

 言っておくがな、私はそんな、時代遅れのアナクロ人間ではないぞッ!


 まったく、いくら平成の世だからと言って、昭和生まれを馬鹿にしないでもらいたいものだ。

 いずれ時代は移り変わり、新しいものに置き換わっていくのだろうが、まだまだ、昭和の人間を舐めてもらっては困るな。


 だがな、移り変わりの中で消えゆくものの中で、個人的に残念に思っているものがある。


 それは、高速道路や自動車専用道路などでよく使われていた、看板用の書体だ。一般的には「公団ゴシック」と呼ばれていたそうだな。


 遠くからでも、かつ高速移動中でもしっかり文字を認識できるように考案されたものだそうだが、数年前から順次、「ヒラギノ角ゴシックW5」というものに置き換わっているらしい。


 看板は一枚ずつ手書きで、道路が開通するたびに制作するからコストがかかっていたそうだし、考案者が亡くなられてからは字体の統一性に欠けるといったこともあったそうだが、しかし――。


 ペーパードライバーも含め、クルマを運転する諸君ッ。君らは何とも思わないのかッ?


 文字の正確性を度外視してまで視認性を高めようと考案され、より目立つように緑色に白抜き文字で書かれていたあの独特の書体が、消えてなくなっていくのをッ?(急接近)


 ――はっ、いかん。私としたことが、柄にもなく少々興奮してしまった。


 何? そうやってすぐ興奮して詰め寄ってくるのが、お前のデフォルトだと?

 うるさい、黙れ作者。血の気が多いのは生まれつきだ。放っておいてもらおう。


「あのぉ、南条先輩? いきなり誰と、お話を始めたんですかぁ? 誰もいませんけど……?」


 むぅ、その声は。今年入社した新人の早坂君ではないか。


 大学卒だというから二十二歳だろうと推定されるが、どこからどう眺めても、中学生にしか見えないといういわく付きの女子社員だ。

 しかもレトロなアニメのオタクだというから、不肖南条、ここで萌えないわけにはいかんだろうがッ!(滂沱たる涙)


「ああ、すまんな。どうも私には、背後から見守っている存在(作者)がいるらしくてな……」


「ええっ? それってそのまま、『ゴースト○イーパー~』とか『地○先生~』とかの世界じゃないですかぁ! すごいですぅ!」


「ああ、分かった、分かったから、顔が近い……。詰め寄りすぎだぞ」


 ――ぬぅ、最近この新入社員に、私の詰め寄りキャラのお株が奪われようとしているな。近いうちに何とかせねば、な。


「ところでぇ、南条先輩? 今日はフォント……じゃなかった、書体の見分け方を教えてくれるんですよねー?」


 おおっ、そうだった。先月までは営業活動の研修で別の事務所にいたのだが、今日からは配属先での研修が始まるので戻ってきたのだったな。

 やれやれ、医学生じゃあるまいし、ひと通りの部署を全部回らせるのは、かえって手間がかかるのではないのだろうか?


 まあいい。今日からは彼女を真の校正者に育て上げるべく、みっちりと鍛えてやらねばな。フフフ……。


「――いや、フォントでも構わんぞ。……それで早坂君、きみは書体の名前として、これまで何か知っていたものはないか?」


「書体の名前……ですかぁ? うーんと。ゴシック体とお……。し、し、清朝体? あっ、もしかして元朝体っ?」


「――きみは、わざとボケとるだろう? 清朝でも元朝でもない。明朝体だ」


「えへへぇ。ちょっとウィットに富んだ、面白いジョークじゃないですかぁ」


 職場に帰ってきてから、彼女は毎日この調子だ。さすがの私でも、うんざりするほどだ。


 営業研修で、一体どんなトーク術を学んできたのやら。まあ、碌なものでないことだけは確かだな。

 指導した営業の管理職に私の同期がいるから、今度、立ち飲みで本当のところを問いただすとするかな。……フフフ、これはウコンの内服液が必要だな。


「ゴシック体に明朝体か。まあ、あながち間違ってはいないが、それは大分類のひとつだな」


「大分類、ですかぁ。それじゃ、ほかにもいっぱいあるんですか?」


「そうだな、挙げていくときりがないが、昔からある楷書体や篆書体、草書体といった伝統的なものから始まって、今では教科書体とか、POPポップ体といった印刷専用の分類もできた。書体……いや、コンピュータ用のフォントを編み出す専門の職人もいるくらいだから、今では数え切れないほどあるぞ」


「数え切れないほどのフォント……。お、覚えきれないですぅ、私……」


「フッ。心配するな。とりあえずゴシック体と明朝体の分類の中から、それぞれいくつか覚えておけばいい。この組み合わせは王道だからな」


 まさに、その通り。今では膨大なフォントが生み出されたが、文字数が多い日本語の組版において、活版印刷の頃から長らく、ゴシック体と明朝体だけの時代が続いた。

 そのせいで、本文は明朝体、見出しや強調箇所はゴシック体――そういった決まりきった組み合わせから、いまだに抜け出せないでいるのだ。


 ただ世界的な動きで言えば、ゴシック体に相当する「サンセリフ」と、明朝体に相当する「セリフ」への二極分化が進んでいるのが実状だ。そうなると、ゴシック体と明朝体の組み合わせというのは、やはり世界共通の趨勢なのだろうな。


「王道の組み合わせで覚える、ですかあ。例えば、どんなのが王道です?」


「そうだな、敢えて例を挙げるならば、明朝体の『リュウミン』とゴシック体の『ゴシックMB101』の組み合わせ、または『太ミン』と『新ゴ』の組み合わせ……だな。特に『リュウミン』と『新ゴ』は違う太さのものがたくさんあるから、明朝体の太さだけで本文と見出しを分けることもできるぞ」


「はあぁ、メモメモっと……。いろいろな組み合わせがありますねぇ。フォント見本帳を見てるだけでも……って、でもこれ、みんな同じメーカーじゃ……」


 ――むぅ、この新入社員、なかなか痛いところを突いてくるな。


 先ほど挙げたのはすべて、「モリサワ」というフォント会社が売り出しているものだ。年間契約でどのフォントも使い放題という、お得なライセンス販売もしているぞ。

 パソコン一台につき五万円くらいするから、個人ユーザーにとっては高額だがな。


「……まあ、確かにそうだが、違うメーカーのフォントを組み合わせるのは、特に制約がないぞ。ほかにも『イワタ』とか『フォントワークス』、『モトヤ』といったメーカーがある」


「あ! 私、フォントワークスって会社知ってます! よく、アニメの字幕で使われてるやつですよねっ? 最近はちく、ちくし……っていうやつ? あれが好きでぇ」


「それはきっと、筑紫明朝というフォントだ。新聞書体に近い、特徴的で読みやすい明朝体としてデザイナーなどに人気がある。印刷用以外にも、フォントはどんどん広がっているな」


 最近では、アニメやゲームなど、映像で使うための専用フォントが売り出されている。そこでのフォントはもはや、絵や音楽と同列に扱われているわけだな。

 かつて『新世紀エヴァンゲリオン』で使われた、フォントワークスの「マティスEB」という独特な太い明朝体が、その契機になったのは確かだ。うむ、懐かしい……。


「……でもぉ、南条先輩はモリサワのフォントが好きなんですよね? 何か、特別な思い入れでもあるんですかぁ?」


「――フッ、よくぞ聞いてくれた。スマホで使われていた『新ゴ』というのが、私は特に好きだった」


 最初にも告白したが、私は六年前から、アンドロイドのスマホを使ってきた。しかもシャープ製の「アクオス・フォン」ばかりだった。画面が美しく、目に優しかったからだ。

 そこの画面表示用に使われていたのが、モリサワの「新ゴ」だったというわけだ。


「特に好きだった……ということは、今は違うのが好きなんです?」


「フッ、まあな。実はもう去年、アンドロイドを卒業して『iPhone』に乗り換えたのだ。だから今の推しは、そこで使われている『ヒラギノ角ゴシック』だ。……フフフ」


「あれー? 南条先輩さっき、壁に向かって『公団ゴシック』が『ヒラギノ』に置き換わるのは怪しからんとか何とか、言ってませんでしたぁ?」


 うぐっ。ま、まさか、あの作者との問答を聞かれていたとは……! 不覚ッ!

 これでさらに私が、守護霊を従えた危ない変人だという、根も葉もない噂が飛び交うことに……(動揺)!


 と、ともかくだな。フォントがより見やすい、親しみやすいものに変化していくのは、ある意味仕方のないことだ!

 ヒラギノも見やすいという意味で、公団ゴシックの後釜になったのだからな(赤面)!

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