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文字打ちは、他人にさせるな!

 私だ。校正者の南条だ。


 ときに諸君。そろそろ防災訓練の時期が近づいてきたな。


 日本は地震国であり、台風国でもある。災害は常に隣り合わせと言っていい。

 住んでいる場所が災害とは無縁だと思っていても、絶対にそんなことはあり得ないからだ。


 特にここ数年の間、各地で災害が頻発している。被災された地域の一日も早い復旧を、切に願うばかりだ。

 われわれも自粛などせず、積極的に現地に赴いて、観光を楽しみたいものだ。防災への意識付けと、地域振興のためにもな。


 そして防災への心がけは、どんなときでも持ち続けていて損はないぞ。いつなんどき、われわれが避難所生活になるかも知れないのだからな。

 非常持出袋は、確実に用意しておけ。地域の防災訓練にも欠かさず参加しろ。


 何? どうしてお前は、今さらそんなことをドヤ顔で語るのか、だと?


 ――フッ。作者よ、よくぞ聞いてくれた。

 実はこの私も、この歳にしてようやく、家を建て替えたのだ(さらにドヤ顔)!


 しかも準耐火構造で、長期優良住宅なのだ! すごいだろう!

 おまけに、政府がやっている「すまい給付金」が出るので、二十万円ほど戻ってくるのだ!


 長期優良住宅の認証を得るのに、十八万円かかったことなど、もう綺麗さっぱり忘れたわッ(半泣き)!


 立地条件も素晴らしい。丘の上にあるので水害の心配がなく、地震にも強いのだ。

 隣の家とも二メートル以上離れている。田舎だからな。そういうわけで田舎はいいぞ諸君(鼻息)!


 何? そんなに広い家なのに、嫁はどうするのだ、だと?


 ……フッ、作者よ、今に見ていろ。


 武士のように何事にも気を緩めず、硬派で通している私を、世の女が放っておくわけないだろうが(クワッ)!


「あー、南条君。きみは一体、誰と話しているんだね……?」


 ――ぬぅ、その声は。上司の坂本さんではないか。


 私が最近、作者の突っ込みにいちいち応じているためか、南条は守護霊と会話ができる危ない奴だという噂が、社内でまことしやかに囁かれている。

 まったく迷惑な話だ。これでは変人ではないか(恥)。


 何? もう十分変人だから安心しろだと? 黙れ作者! もとはと言えばお前のせいだろうが(激怒)!


「あー、いいかい南条君。DTPオペレーターの方から、このパワポデータの表から文字が取れないから、手入力するんだと連絡が入ったんだよ。聞いてるかい?」


「またそれですか……。言ってるのは深井の奴ですね? ちょっと言い聞かせてきますので、この件は保留にしておいてください」


「あ、ああ……。手短に頼むよ? 今日中の仕事なんだから」


 フム、今日中であればなおさらだ。


 パワーポイント(略称パワポ)で作られたデータは、文字ボックスを自由に配置できるから便利ではあるのだが、階層やグループ化などを駆使した結果、複雑怪奇なものが出来上がってくることが多い。


 時間をかけてあれこれ試行錯誤し、完璧なレイアウトを再現しようとしているのだろうと推察するが、パワポデータをそのまま使うのではなく、文字を拾い出して別のツールで組み直す必要があるのだということは、支給する側にも理解してもらいたいものだ。


「あ、南条さん……。このデータなんですけど」


「うむ、これか。どれどれ、見せてみろ」


 ――ぬうッ! こ、これはッ?


 どこかで使ったプレゼン用の資料を、そのままデータとして支給してきたようだな。矢印や画像に付けられたフェードインのアニメーションが、そのままではないか。

 そしてこのデータも、最後に「ご清聴ありがとうございました」のスライドがある。これはその最たる例だな。ウザいにもほどがある。


「特にこの表なんですけど、画像化されているみたいで、文字が取れないんです……。これじゃ、文字打ちするしか……」


 確かに、この表はパワーポイントの表作成ツールで作られているな。パソコン上で選択しても画像扱いになっている。深井が文字打ちしたくなる気持ちもわかる。


 だが――文字打ちは最後の手段にするべきだ。


 カタログや広告などに限らず、手書きで文章を長々と書き連ねたあげく、それで「責了」にしてくる得意先が多い。危険きわまりない話だな。

 ちなみに責了は「責任校了」の略で、「もうこれで校了(校正終了の意味)にするから、あとは任せた!」という編集用語だ。


 文字打ちを他人にさせることは、大きなリスクを伴う行為だ。

 ただ単に料金が上がるだけではない。どうしても誤植が発生するからだ。


 もしそれでミスを起こされた場合、任せた方の責任もまぬがれない。それがビジネスの世界だからな。最後まで自分で確認するという姿勢が必要だ。

 色調に関してもそうだ。もしそれが大事な仕事なら、本番の印刷機で試し刷りをする「本機校正」を依頼するくらいの熱心さがなければいかん。


「待て深井。この表は画像化されているように見えるが、ちゃんと文字のデータは残っているぞ。試しに、このデータをPDFで保存してみろ」


「そ、そうなんですか……? わ、わかりました。PDFで書き出し、と」


 例としたこの複雑なパワポデータでも、可能な限り文字打ちは避けた方がいい。

 どこかでスキャニングした画像ではなく、パワーポイント上で作られたデータであるならば、文字は残っていることが多いからだ。


「PDF、できましたけど……」


「できたか。それじゃそのファイルから、文字が選択できるかどうか試してみてくれ」


「えーと……あッ! できました! 文字をコピーできました!」


「うむ、やはりな。念のためだが、全体を一気に取らないで横一列単位でコピーしろよ」


「はい! これで文字打ちしないで済みます! ありがとうございます!」


 パワーポイントの表作成ツールで作られた表でも、PDFに書き出せば文字を取ることが可能になるのだ。制作者の諸君は、もう知っているだろうと思うがな。

 注意せねばならんのは、セルが小さくて文字が切れた場合、PDFに書き出すと文字が消えてしまうことだ。セルの横幅はできるだけ大きくした方がいいぞ。


 蛇足だが、パワーポイント上で生成されて画像として配置された表でも、コピーしてワードにペーストすれば文字が復活する――というやり方もあるぞ。


「おっ、南条君。データは取れそうかい?」


「ああ、坂本さん。これなら制作も校正も、早く完了しそうです」


「それはよかった。でも今日中の仕事はまだあるから、君には残業をしてもらうよ?」


 ――ぬうッ! それでは、今までの私の苦労は……(泣き顔)。

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