私の仕事は「校正者」
キャラ紹介:
●名前:南条(仮名)
●年齢:42歳(入社21年目)
●勤務先:印刷会社(制作部署)
●好きなもの:味噌煮込みうどん、チゲ鍋、激辛ピザ。これらを夏に食する変人。
●嫌いなもの:煮え切らない態度、誤った知識や認識、ワカメ(←?)
●特記事項:
・作者と口論をするのが癖。そのため周囲からは、守護霊と話す危ない変人だと噂されている。
・曲がったことが大嫌い。間違ったことは誰彼かまわずディスるので、上司から鼻つまみ者扱いされている。
・「赤ペンを握る以上、全力であらねばッ!」が持論。そのために朝晩筋トレ、走り込みをする変人。愛読書は松岡修造氏の日めくりカレンダー。
・長野県人。「蕎麦が嫌いな奴は信州人の風上にも置けんッ!」がモットーだが、本人は蕎麦アレルギーであることを隠している。
・信州を離れても信州人らしさを追求する。「県歌『信濃の国』を歌えん奴は信州人ではないッ!」を建前としているが、本人も1番までしか歌えない。
私の職業は、校正者。
私の名前は……仮に、「南条」としておこう。
校正者というのは要するに、他人の文章を読むことを職業にしている人のことだ。
しかし私の校正者としてのキャリアは、印刷業界とともにあった。
いわゆる「印刷校正」というのが、私の校正者としての位置づけなのである。
とりあえず、私のことはいい――。
まずは、校正という仕事を、簡単に紹介しよう。
小説やエッセイなどが書籍化される際、ベテランの編集者が校正業務を代行する場合が多い。その一方で、通信教育で若干の校正記号を学び、在宅で副業として校正を行う有閑マダムがいる、そんな時代もあったものだ。
最近では、書籍校正を専門的に行う会社が数多く設立されているらしい。
それだけ校正者というのは、特殊な能力者集団であり、世間からの需要が高い職業なのだろう――と、手前味噌ながら思う。
校正者の特殊能力――それは、「校閲」という技能を有することだ。
普通の読者であれば読み流してしまう箇所を、まず疑う。それは校正者にしかできない。
仕事であれば疑いの目で読むが、小説やエッセイなどは普通に読むことができる。それも校正者が持つ、特殊な技能であるといえる。
だが、人間はそれほど器用ではなかろう。私も時折、仕事とプライベートの区別がつかなくなることがある。
毎朝の通勤時間で、電車内にあふれる広告を見るたび、私は過度なストレスに襲われるのだ。
「ああ、そこは『少しづつ』じゃなくて『少しずつ』だろうがッ……!」
「そ、そこはヒラギノじゃなくて……新ゴを使うべきだッ!」
電車の中吊り広告を見て、そんなもどかしい気分になるのは、私をはじめとした校正者くらいのものだ。
なぜもどかしいのか。それは、すでに刷られた印刷物に文句をつけることが不可能であることはもとより、許されなければ文章内容に容喙することもできないからだ。
そして私、南条は印刷校正者――。
書籍校正を専門に行う校正者よりも、多くの制約に縛られているといえる。
書籍を中心に扱う印刷会社と、商業印刷物を中心にする印刷会社とは、よほどの大手でもない限り分化しているのが普通だ。
私が勤務するのは、カタログや広告などを中心とする、商業印刷系の印刷会社。文学作品などほとんど来ないと言っていい。
――そして、春先のある日のことだった。
さあ、今日の朝礼が終わった。いよいよ業務開始だ。
実を言うと私のキャリアは、すでに二十年以上。フッ、まさに校正の生き字引だな……。
「――それじゃ南条君、このパソコン周辺機器の価格表、二つ折りだけど見てくれるかい?」
デスクにいた私が、上司から渡されたのは、A4用紙四枚程度の原稿と、それを見開きに印刷したA3用紙だった。
ちなみに印刷業界では、表だけ、もしくは表と裏にだけ印刷されるものを「ペラ」と呼ぶ。さらに言えば、表だけに印刷されて裏がないと、「ウラジロ」もしくは「裏白」という。
私が渡されたのは四ページ。つまり、見開きが表と裏にある「二つ折り」と呼ばれる形式だ。
「表組ですか。……それで、元データの形式は何です?」
私は何気なく、上司に質問した。
近年、価格表などは表計算ソフトを使って作るのが主流であり、手書きで表を作る人など、ほぼ絶滅していると言ってもいいからだ。
最近は表計算ソフトもいろいろあって、それぞれ特徴がある。私はそれを尋ねたのだ。
ちなみに、表計算ソフトで作ったデータは、DTPソフトに取り込んで、書体や表の幅、余白など少しの調整をすれば、価格などの大事な数値が変わることなく、印刷用の表ができ上がってしまう。
ゆえにデータさえあれば、大したことはない。行頭と行末を見て、「その場所にその数値」が存在していればいいのだ。一字一句見る必要などない。
DTPというのは……後で説明させていただこう。
そういうわけなので、この程度の表など一時間もあれば終わるだろうと踏んだ私は、次に入稿される仕事は何だろうと、価格表には失礼だが、ややフライング気味にこの先の予定に意識を向けた。
しかし――私を待っていたのは、青天の霹靂とも言える、上司の言葉だった。
「いやね、先方がデータを紛失したらしくてね。出力紙だけはあるから、これで何とか作ってくれないかって、営業が拝み倒されたらしいんだよ……」
「なッ……なんですとッ?」
私の午前中は、この価格表とともに過ごすことになりそうだ――。