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1ページ目

@introduction


“名前は?”

“夜見…”

“ヨルミ。…それ、名字か?”

“はい…”

“下の名前は”

“…わからない。ずっと、ムスメって呼ばれてきたから…”

“ふうん…じゃあ、ユノ”

“……え?”

“お前は今日から日南ユノ。わかった?”

“え…あの、何言って、”

“だから、拾ってやるって言ってんの”

“……は、何言ってるんですか?そんなことしたらあなたがって、わかってます?”

“いいから。ね、ユノ”

“……”

“わかった?”

“……はい”



@4:03 p.m. 雲ヶ丘学園高校 東棟3F 1年4組教室 日南ユノ


 はー、やっと授業終わった。

「ユノぉ、お疲れー」

「ん、お疲れー」

友達のナノセが話しかけてきた。下ろした栗色の髪がふわりと揺れる。

「今日さ、部活無いんだ。一緒にミスド行かない?」

「…あー、ミスドか…」

大好きなチョコココナッツのドーナツが脳内をちらつく。

…いや、でもだめだな。

「ごめん。今日はちょっと」

「あらま。もしかしてお兄ちゃん早帰りの日?」

「そうなのー」

「それは早く帰ってあげなきゃね。わかった、また今度にしよう。じゃあね」

「うん。また明日ー」

ナノセが教室を出て行く。それと入れ違いに入ってきたのは数少ない男友達のシュリだった。

「ユノ、もう帰り?」

「うん」

「じゃあ一緒に帰ろーぜ」

ナノセの家は私の家の反対方向だけれど、対して彼の家は同じ方向にある。

「いいよ。行こっか」

私はカバンを持って席を立った。



@4:25 p.m. 帰路 日南ユノ


 この道にも結構慣れたものだ。もう入学して3ヶ月が経つ。

「あっぢぃ〜」

シュリが呻いた。「ね。もう夏かあ」

「お゛れ゛、な゛つ゛き゛ら゛い゛」

「私もー暑いの嫌い」

「でも夏フェスがあるからよしとする」

「なにそれ」

帰宅部の私と違って、シュリは軽音部所属だ。ちなみにナノセも。シュリはエレキギターで、ナノセはベースギターをそれぞれやっている。

ロック大好きなシュリにとって、夏フェスは一年で最大のイベントといってもいいのだろう。

「今年はなーまずロッキン行くだろ。あとラブシャも行く。あと…」

「そんなに行ったらすごいお金かかりそう…」

「まあな。でもいいんだーオレそのためにいつもバイトしてんだもん」

にかっと笑う彼を見てやっぱりすごいなと思う。シュリはすごい努力家だ。楽器の練習もそうだけれど、中学3年間を費やしたバイト代で高校生からしてみたらめちゃくちゃ高いエレキギターを買ったというエピソードを彼の幼馴染であるナノセから聞いた時は正直そこまでできるのかととてもびっくりした。

「あー、俺もライブしてぇー」

「ライブハウスではもうやらないの?」

一回だけ、見に行ったことがある。青いギターを鳴らし、歌うシュリはめちゃくちゃかっこよかった。

「んー、ユノ、見に来てくれる?」

「?もちろん」

「…じゃあ、やろっかなあ」

「はは、変なシュリ。私が来なくてもやればいいのに」

「えー、うーん…」

シュリはもごもごと何か呟いたようだけど、聞こえなかった。まあ、きっと何か彼なりに考えがあるんだろう…

「楽しみにしてるね」

「…おうっ」



@4:30 p.m. 日南家 日南ユノ


 玄関のドアを開けて家に入ると、リビングの方から「ギュィィィイン」という音がした。

「あ、やってるやってる…」

脱いだ靴を揃える。リュックは玄関に投げ出してリビングに入った。

「ただいまっ」「…あ、おかえり」

天然パーマの黒髪と猫目が印象的な、すらっとした男の人が振り返る。

この人は日南アクト。私のお兄ちゃん。

唯一の同居人だ。20歳で、科学者として研究をしている。

手には白いレスポールのエレキギター。アクトはギターもベースも弾けるんだ。

歌も上手だし、かっこいいし、頭いいし…とにかく自慢のお兄ちゃん。

「なんの曲弾いてたの?」「別になんでもいいだろ」

…ただ、塩対応なのが玉にキズ、だったり。



@5:10 p.m. 日南家 リビング 日南ユノ


「くっそとちった…新しいピック取ってくるわ」「あ、うん」

今日は珍しいアクトの早帰り日だったので、家族団欒…というか、私が無理言ってギターを教えてもらっている。アクトのエレキを借りて、まずは単音、そして今はコードを練習中。

一人取り残された部屋。…この部屋に一人でいると、なんとなく思い出してしまう。

私が初めてこの家に来た日のこと。


 この世界には2種類の人間がいる。魔力を持つ人と、持たない人の2種類。

まあ、とは言っても今この現代社会では、魔力を持つ人はいない、と言っても過言ではないだろう。なぜかっていうと、みんな自分が魔力を持ってるなんて明かさないからだ。

 科学が進歩して、魔力を追い抜いた時から人々は魔力を疎ましく思うようになった。人権なんて無いも同然。過激な地域ではそういう人種の大量虐殺だって起きた。だからみんな、持ってても言わないし、必死で隠す。表面的には、この世界から魔力は消えたのだ。


そんな時代。そんな時代に、私は魔力を持って産まれた。


 あの嵐の夜のことは今でもよく覚えている。私には母親が一人いるだけで、他の近親者に出会ったことはなかった。彼女は未婚だったし…また、彼女は私と同じく魔力の持ち主だった。

 母は私のことを「ムスメ」と呼んだ。だから自分の名字が「夜見」であることは知っているけれど、名前は知らない。でも、多分無かったんだと思ってる。

 彼女は私のこと「ムスメ」って呼ぶし、家事も私に任せっきりだし、なんというかすごく破天荒で変なお母さんだったけど、私にとってはたった一人の身寄りで、大事なお母さんだった。

 そんな母は2年前に私の目の前で殺された。

どういう経緯があったのかはわからないけれど…おそらく、魔力を持っていることがばれたんだと思う。母は私との生活を守るためにかなり危ない仕事もしていたみたいだったから…あの日家に押しかけてきた数人の男たちはみんな怖い顔をしていて。「バラされたくなかったら娘を出せ」と言われた母は私に手を出そうとする男たちに魔力を放った。それがダメだったんだ。男たちは自分より大きな力を目の当たりにして、それで…

まだ耳に残っている。肉が切れて骨が削られる音。

目を閉じることができなかった。だから母の胸にナイフが突き刺さって血が飛び散るのも全部見ていた。

動けない私に母は最後の魔力を放った。

“…ムスメ。母より幸せに生きて、ね…”

何事も型破りな母の、最期の言葉に、自分がどれだけ愛されていたのかを知って、

“…お母さん‼︎”

叫んで、手をのばしたけれど。私はもう遠い地へ飛ばされていた。

港みたいなところ。目の前には黒い海があって、強い雨が降っていた。

これからどうすればいいのかわからなくて、母が死んだのが信じられなくて、涙も出なくて、ただただ混乱して。


ちょうどいい。この海に身を投げてしまおうか。


母がせっかく助けた命までもないがしろにしようとした私を、


“…ねえ、何してんの”


濡れたコンクリートの上に座り込んだずぶ濡れの私を、見下ろす影があった。



それが、日南アクト。

その夜拾われた私は、初めて「名前」をもらった。

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