犬神は義理の妹? ノーマルが好きです
『神々の黄昏』開始五日目。
三日目に続いて四日目もプレイヤーの死者が出た。人間一人。死因はパートナーの神に食い殺されたと言うショッキングな出来事だった。
そして、この事例に伴い、現在の主人である神を見放して、新しい神に仕える、すなわちパートナーチェンジも可能だと言う事実が示された。
現在、低俗の神をパートナーに持つプレイヤーが強力な野良神などをパートナーに出来る選択肢が増えた事を意味する。
このニュースは新参プレイヤーやパートナーの罪神達の立場に一筋の疑問が投げた。
主従関係もある協力者として鎮座する信頼のあり方についてだった。
僕とシロは西方地域の南部と称される場所を拠点に活動していた。
この西方地域の南部はモンスターとのエンカウント率が極めて少ない反面、重要拠点もない辺境の地域だ。
生きる事を優先と考えた僕とシロにとっては理想的な場所である。
お昼のお空に太陽がにっこりと微笑んでいる。
住処である元廃屋の西、三キロ先に流れる大きな川に僕とシロはやってきた。
水着などと言うオシャレな物もなく当然、真っ裸だ。
お風呂も兼ねての魚釣り。
極めて合理的なのだが、予定は未定で確定ではないと言う事を痛感していた。
ほらまた、魚が僕の足をつついて『バーカ捕まるかよ!』とフフンと鼻をならしている。
お魚がいっぱい取れるという幸福な経験をしたいのだが僕はやはり『運が悪い』ようだ。
彼らは用事で忙しいらしく僕やシロに構ってくれない。
その上、僕は反則なほど邪気のないシロの笑顔に迫られる。
無論、良識的に迫られている訳ではない。
シロが突然、素早く後ろに回って短躯を駆使して僕をあざやかに羽交い絞めにしながら耳元で囁く。
「兄貴さん。だからですねーっ、ちょこっとだけ触らせてくれるだけでいいのでありますーっ」
この文法的にも怪しすぎるシロの発言に僕は追い詰められていた。
あどけない顔立ちのシロが細く華奢な身体を僕に摺り寄せてくる。
小さい少女の体温は高く、川で沐浴中だというのにぴっとりと触れた部分はじんわりと温もりが伝わってくる。
「ど、どうしたのだ、いきなり」
「興味津津なのですよーっ。むふふ、兄貴さんとうちは兄妹同然。言うなれば夫婦や家族の絆を持つ間柄。そうなのです、発情しても良いのですーっ。むしろ、うちが発情しているのですーっ。こんな、一緒に川でバシャバシャイベントまで用意して。にひひ、エッチすぎなのです。なので、大興奮の兄貴さんは安心しながらちょこっとだけチンチン見せてください」
「シロ、説得力がなさすぎるぞ……って、こ、こら、目が危ない世界にいっているぞ」
肉食獣と対峙したような威圧感。
な、なんて本能に素直な奴なんだーっ!
自分の想いを確かめたいように白銀の髪がなびく。
潤んだ瞳が艶めかしく熱い吐息が唇から溢れている。
赤く火照った表情はいつもの無邪気なシロではない。
発情して一対になる事を望む姿だった。
シロの行動、流石に何を考えているのか察しがついた。
これはやばいぞーっ!
「うちと兄貴さんは兄妹で家族。うちの帰るところは兄貴さんだけ。もう、一人ぼっちは嫌なのでござんすーっ。神と人、そんなの関係ない。だから、兄貴さんと繋がりたい。繋がって一つになりたい。身も心も。兄貴さんを守る為ならうちはいつでも死ねるですーっ」
それは下卑た冗談が大好物のシロらしくない真摯な訴え。
白銀の前髪が揺れる。
冗談めかして言っているように聞こえない。
これは直感が訴えてくる。このやり取りを見ていると、シロには僕の身に戦場で起こりうる何かの気配を感じているのか。
それとも発情期に入り、心が敏感になりすぎているのか。
突然、僕の背中からぴょんと前方宙返り、軽業師のように飛び退いたシロ。
僕は眼前のシロを眺めて、左手を胸の前まで持ち上げた。
丁度、大胸筋が覆う心臓の辺りに。
「シロっ!」
僕の呼び声にピンっと双耳を立たせるシロ。
僕は良い機会とばかりに言い聞かせる事にした。
まずは冷静さを取り戻させる言葉。
「シロは処女か?」
「わひゃへーっ」
シロはアゴが外れそうなほどあんぐりと大きく口を開けて奇声をあげた。
突然の反駁に平常心を失ってあたふたと戸惑うシロ。
シロの全身が薄紅色に染まり、目いっぱい瞳を見開いて固まってしまった。
うおーっ! 効果絶大! あまりにも直球勝負だったかな?
しかし僕はそれを無視して力説を開始する。
これまでの言動を鑑みるにシロの責めは、変態すぎるが守りは乙女の純情ばりに清らかでうぶなのだ。僕も自分の置かれた状況を思い出してゆっくり語りかけた。
「僕とシロは運命共同体だよね」
「は、はい。そうなのですーっ。なので肉体的にも早く繋がって運命共同体になるのです」
「僕はシロの事を大切におもっている。それはとてもとても大切にね。妹同然に」
「むふふーっ。そうです、あの幽閉されたバナナの部屋で約束したのですーっ。うちは義妹であり家族なのです。だから一緒なのです。不良の野良神やモンスターから守ってあげるのです」
シロの瞳がギラギラと輝く。
もう、お星さまがいっぱいだ。
シロは僕に『義妹であり家族なのです』とはっきりと言いきる。
その言葉に想いがどっしりとのっている。
そして瞳には揺るがない意思を秘めている。
僕はシロの白銀の髪に指を沈めて愛おしく撫ぜた。
「そう、シロは大切な妹。シロの帰る場所は僕だけ。だから誤解はしないで欲しい、ずっと一緒だよ。そんな大切な妹・シロとはずっと心で繋がっている。一人置き去りにする事なんて絶対にないから」
僕はシロの様子を見ながら小さく微笑んだ。
するとシロはビクビクと短躯を震わせながらしなだれるように僕に抱きついてくる。
剥き出しの肉体から伝わる体温がほんわかと上昇していく。
「……本当ですね。何があっても置いていかないって約束してくれますか?」
子犬の懇願する声。
孤独と寂しさに怯えている心の本音。
しっかりと僕に伝わってくる。
言葉だけじゃない約束。
それをシロはシロなりに考えて求めてきたのだろう。
「約束するよ」
僕は躊躇いもなく答えた。
そして、僕はシロの震えた身体を強く抱きしめる絶対に離れないからとシグナルを込めて。
僕の公言した約束はうぬぼれや思い込みなどから出てくる意識じゃない。
『絆』そう『家族の絆』。
僕にとってそれは万物に代え難い至宝、僕は内にある想いをそのままシロにぶつけた。紛れもない純然な想い。
「兄貴さん……好き」
か細く、消えてしまいそうな声がシロの唇から紡がれた。
僕の胸に頬を摺り寄せるシロ。
僕に陶酔するように心を許している。
その雰囲気から見え隠れする思慕の念。
過去の記憶が引き起こす情緒不安定。
孤独感や不安感を無意識に封印していたであろうシロの根源が浄化された瞬間でもあった。