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神々の黄昏・・・はじまるデス・ゲーム

 ◆

『神々の黄昏』開始三日目。

それはまるで呼吸を辿って肺まで闇に侵食されそうな夜。

月は空ではなく僕の足元で輝いて鎮座しているような明るさだ。

地べたに放置された白骨死体と血でどす黒く汚れたレザー調のボストンバック。

着ていた衣服や黒のパンティーが脱ぎ散らかされている。

白骨死体の周囲にある血痕の形と大きさから推測すると、建物の外から来て、ここで力尽きたのだろう。

 一瞬だけ目に映った、哀しい死体の身元はシロの縄張り意識の強い野良犬根性によって直ぐに判明する。

「うむむーっ。この骨、美味しそう。兄貴さん、かじっていいですか? ……痛いです、う、嘘です。調子こいてすみませんでありますーっ」

 尻尾ふりふりのシロの頭を両手で掴み、強引にカルシウムの棒から引き剥がす。

涙目のシロは痛みを訴えて僕に平謝りだ。

いかに殺戮に蝕まれた世界でも兄貴としいて家族への教育と躾は大切なり。

「クンクン。うーむ。このカルシウム一〇〇%の骨。生前は女装好きの男の人ですーっ。ええっとですね……ウヒャーッ、い、いけないです、そんなぶっといのーっ。ひーっ」

 シロはしっかりと白骨と衣服の匂いを嗅ぎながら悶えている。

この行為は匂いと物体に残る残像思念を嗅覚から取り込む犬神シロの神力だ。

その間、僕は見張り役を務める。

実際の所は『神々の黄昏』の七つの世界は血腥い世界。僕が居る暴食の世界でも。

僕もシロも、命のやり取りが発生する。

他のプレイヤーや捨てられた野良神やゴブリンやオークを主体とするモンスターなどとエンカウントすると死に直結する恐れがある。

しかし僕とシロは今のところ死に直結しそうなファクターに接触していない。

これはシロがクンクンと嗅いで気配などを察知する索敵能力が優れているおかげなのだ。

「兄貴さーん。ほら、バックの中に身分証明書とコンドームですーっ。もうもう、使用期限切れていても使えますか? あっ、兄貴さんは付けない派でしたねーっ」

ポコンっと頭に一発。

「びえーん。ごめんなさい」

めそめそ泣き始めるシロからボストンバックを取り上げる。

釈然としないまま少し大きめジャージの裾を振り回し、こっそりと抗議するシロを尻目にバックの中身をぶちまけた。

不謹慎な行為だが、背に腹は替えられない。

悶々とする感情を抑えて灰色がかった地面に転がる、遺留品を確認。

身分証明書・メモ帳・コンドームの箱、そして、少女三人と父親が写っている一枚の家族写真とトランスセクシャリズムの診断書。

軽くメモを確認したが『心理的・人格的にも女性。自分は男性の肉体を持っているが元来は女性であって、男に産まれてきた事は間違っている』などと書き残されていた。

 使えそうな備品を回収して僕は鼻歌混じりで無邪気に弾むシロの声の方向に向き直った。

「今、この辺りは安全か?」

「はい、うちの貞操の危機以外は安全ですーっ。コンドームを獲得したからって、恋心を燃え上がらせて禁断のインセスト風獣姦プレイなんて、こんな、真っ暗くらの埃舞っている野外は嫌ですよーっ……ポッ」

 シロの発言はさらりと無視。

この三日間、危険な戦闘に遭遇はしていない。

この辺りは荒れ果てた辺境の隔離地域とは言え、野良神や他のプレイヤー達がいないと言う保証はどこにもないので警戒は怠らない。

この七つの世界の情報源といえば。

はじめの十日間のみ定時配信される情報がある。

『かぐやの箱庭』と称される治安維持された安全区から七つの世界に放り込まれた新人プレイヤーにのみ送られている唯一共有できる正規情報。

内容はその日のプレイヤーの死者の数とその死に方が詳細に伝えられる。 

三日目で死者は三人・消滅した神も三柱。内訳は女性一人の男性二人、名前のイントネーションから推測すると欧米の人達のようだ。

この三人は共に行動していた時にモンスターの集団に襲われて神も一緒に喰われた。

女一人だけ捕らえられてモンスターの巣で激しい陵辱を受けた果てに死亡したらしい。

「ねーねーっ兄貴さーん。かじって良いですかーっ。かるかるカルシウム」

 比較的安全なこの地域でも、死は平等に存在する。

この世界の死、安易な野垂れ死は尊厳死と同等。

この白骨死体はある意味幸せな死に方だったのかもしれない。

誰にも見守られずに呼吸さえも停止して魂が開放される。

「シロ、かじっちゃダメだ。仏教的観点からすれば死者は弔わないと」

「ぶぶーっ。これはイジメです。被害者代表として……ふ、ふえーっ、も、もしや、兄貴さん、そんなアグレッシブな物は肛門にはいらないですーっ。肛門愛による肛門愛のための肛門サディズム期も真っ青なのですよーっ」

「そんな事するかー!」

 猥褻すぎる発言をかますシロ。

君の思考回路に僕は真っ青です。そう、変態すぎるぞーっ! 

『うちはいかにもお堅い鉄壁貞操なのです』と主張するようにシロはもじもじと太ももをすり合わせながらクリッとした丸く大きな瞳で僕を凝視する。

ここで死んだ者の生前の事情など知らない僕は、腰を屈めると骨を一つ一つ大切に拾い集める。

そんな僕から三歩離れたところにいるシロは徐々に呆れ顔に変わっていく。

そして、微かに眉をひそめながら、餌が奪われた感を明確に乗せた恨めしげな視線をジト目で送ってくる。

「兄貴さん」

「なに?」

「うちは、うちは信じています。兄貴さんはその骨でDVやネグレストなどの変なプレイはしないと」

「誰がするかーっ、それに誰の育児放棄なのだ」

「ほへっ? 違うのですか? ふーふーっ、日本通として安心しました。と、言う事は。兄貴さん、豚骨大好きシロといたしましては出汁を取るには骨骨(コツコツ)がすくなすぎますーっと忠告しておきますのです」

「シロ、拳で懇切丁寧に教えたほうがいいか。それがいやなら、そこの丘に穴を掘れ」

「むむーっ。ここ掘れわんわんゲームなのですか? 兄貴さんはお馬鹿様なのですね。とっても大切な事をおしえてあげるのですーっ。その骨を植えても食べられる花はさかないですよーっ」

「骨が開化して花が咲いたら怖いわーっ」

シロの悪意のない残虐性がキラリ☆と光る。

それは僕らにとっての食欲や睡眠欲などと同等のものかもしれない。

ヨダレの垂れた口許を押さえつつ、お菓子売り場で駄々をこねる子供のように瞳をウルウルさせているシロも、風化しそうな白骨を一本ずつ大切に手にとりながら「うーっ」と唸っている。

シロのその表情はとても真剣だ。

誘惑と戦いながらも凄く時間をかけて拾ってくれる。

「シロ、その遺骨を埋めたら、僕達も御飯にしよう」

 僕の呼びかけに不満そうな疑問が吹っ飛んだ笑顔を浮かべてブンブンと首を縦に振る。クリクリと大きな瞳にお星様がキラキラと宿ったように見えた。

僕の薫陶のおかげか、シロは従順に従ってくれる。

その上、不憫な僕達の唯一の楽しみ『御飯タイム』のおまけまでつけたのだ。

シロのモチベーションはうなぎ登りだ。

「ご、御飯なのです。嘘ついたら罰金です、遺骨の骨骨(コツコツ)は我慢するので、兄貴お代官様、ご飯増量でおねがいしますだーっ」

 尻尾をフリフリしながら全力で穴を掘り始める。

早い、器用に両手で穴を掘る姿はまさしく犬。

「はうぅーっ」と懸命な声に気合いを乗せながら突き進むシロ。

「馬鹿だな、それ、掘りすぎ」

頑張るシロに悪態を吐く僕。

その言葉とは裏腹に表情が柔和に緩んでいる。

僕にとってシロは大切な家族。

この世界に二人だけの絆で結ばれた家族。

そんな僕の想いを察してくれるシロは愛らしいほど大切な存在になっていた。

「むーっ。馬鹿って言うほうが馬鹿なのですーっ。こうなったら仕返しに、今夜、兄貴さんの睡眠中に未墾のお肌に噛み付いてやります。お肌の開墾なのです……はっ、そのまま、うちの未開発な部分に欲情してしまうかも。エロですーっ。兄貴さんはエロすぎてド変態なのです」

「尻尾振りながら妄想するなーっ」

 こんな幼稚な僕の反駁にシロは鼻をフンフンさせながらポンっと手を叩く。

お互いの気が抜けたように戯れ合える。

神と人の垣根を超えた関係に満足しているシロはふにゃと柔和に微笑んだ。

 十メートル程前方に見える小高い丘。

人影一つない丘に僕とシロは簡易な墓を建てた。

真っ暗闇の夜に二人でお墓に手を合わせる。

 孤独な闇に包まれた壮大な夜空を見上げる。

見える筈のない地球に向って、僕は願った。

この死者の魂が家族写真の人達の傍に帰れることを、そして、この世界のシスコン代表として、地球に残した超美少女の妹に言い寄る妙な虫がついていないか心配しながら。

  


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