神々の黄昏前夜の平穏
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銀河系が神の統治する領域になって千年。
『神々の黄昏』と言う人為的な要素が全くないイベントは10年に一度開催されていた。
その内容は地球に住む人類に極秘。
ただ、一節によれば全知全能の統治者である神様の暇つぶしだろうと言われている。
そして『神々の黄昏』の全容が見えてきた。
『神話戦争』その戦で敗れし旧世代の罪神。
その神のパートナーとなって勝ち残るサバイバルだった。
そもそも、このイベントが始まった原因や起因など、僕が産まれるずっと前の話をシロはお風呂でチャプチャプとアヒル隊長で遊びながら語ってくれた。
そして、比較的平和な時代に生まれ育った人の子の僕は今、神様に思いっきり疑いの瞳で睥睨されている。
場所は監禁されている豪奢な部屋の寝具台。
ふかふかあったかな布団の上だ。
無論、相手は犬神シロ。
この、さっきは『結婚するっていったのにーっ』と駄駄を捏ねる視線が痛い。
決して僕は神様相手に結婚詐欺や浮気などをしたのではない、しかし適当な事を言ったら泥沼化しそうなのでうかつにものが言えない。
そんな僕に遠慮の欠片もなくにじり寄って来るシロ。
こんなモテモテ要素が発生する理由はシロの一途すぎる思い込みなのだ。
「何故、抱いてくれないのですかーっ。うちが言うのも恥ずかしいですが、うちはかなりプリティなはずです。神と人のタブーなんて気にしないでくださいな。そのタブーって背徳感満載でドキドキするのですーっ」
そのタブーがヒデブーな感じで迫れられ、ヤっちゃったらバブー(赤ちゃん)が出来る行為を指しているのですよね。
危ない、何だかとてつもなく危ない。
良く『ピンチの後にチャンスあり』と言うが、このピンチの後の明日は絶体絶命のピンチ。刺々しい視線を向けられても出来る事と出来ない事がある。
「むむーっ。エロはエロでもお縄拘束大好きむっつりスケベ派なのですか。それともマイノリティ派の薔薇族なのですか。がちマッチョペロペロ派なのですかーっ。はっきり白状するのですーっ」
「ノーマルじゃーっ。ボケーっ」
この不毛な言葉のキャッチボールの果てなのか、不意にシロの表情が曇る。
「や、やっぱり……うち……」
突然弱気に声を震わせてシュンとうつむくシロ。
少し意地悪な口調すぎたかもしれない。
少し反省した僕はシロの頭を優しく愛でる。
五指で銀色の髪をとぐように何度も優しく丁寧に。
すると光を失い欠けていた瞳が大きく見開いてぐぐっと顔をあげた。
「う、うち、馬鹿な上に一人ぼっちだから。夫婦……ううん、あったかい家族に憧れて。裏山の小さな祠で神様していた頃たまに村に降りると、あったかな絆で結ばれた家族。それを見るたびに孤独な気分に苛まれて。胸が苦しくて。うち、とっても羨ましかった。だから、騙されているのわかっていても仲間になってくれると言ったアイツについて行った」
シロが話す『アイツ』とは誰の事なのか興味はない。
ただ、その話は『神話戦争』を指すのだろう。
予想していなかった出来事。
シロの言葉。裏切られても、仲間に……いや、結婚にこだわった真意を悟り、僕はシロに向って柔和で慈愛に満ちた苦笑を浮かべた。
「いいかシロ。僕達は運命共同体。言い換えれば、夫婦であり、家族であり、仲間である。今から僕がシロの家族。いっぱい愛してあげる。だから、シロもいっぱい甘えていいぞそのかわり、僕の言う事をしっかり聞いて」
僕の言葉にシロは大きな瞳を更に大きくして見つめてくる。
嬉しくて、嬉しくてウルウルと瞳が揺れる。
シロの胸の中に渦巻いている夫婦や家族への憧れが強い思慕が一つとなって孤独を浄化していく。
「むーっ。わかったのですーっ。じゃあじゃあ、なんでうちと結婚してくれないのですかーっ。いっぱいいっぱい愛してあげるのですーっ」
「僕は妹を愛している」
「わ、わんですとーっ!」
僕の本音がにじみ出た言葉にシロは一瞬で固まる。
その固まり具合は一週間放置された冷ごはんよりも固い、そして一瞬声を詰まらせた後、眉間に可愛らしい皺を集めて。
「むむーっ。シスコンなのですかーっ。そんなの時代のニーズに逆行なのですーっ。波にのっていないのですーっ。グローバル社会は恋愛も適度なグローバル推奨なのですーっ」
「神様が結婚迫る方がグローバルすぎるだろーっ」
僕の反駁にシロははっと口を押さえながら顔がにやける。
そのにやけが何を意図しているものなのかわからない。
ただ、こちらの顔色を伺うようにチラチラと視線を送ってくる。
そして、しばし沈思するシロ。
五分ぐらい経つといきなり大きく口を開けて手招きをする。
手はひらひらと振って早く来いと僕を呼ぶ。
どうも口の中を覗けと言っているようだ。
僕は仕方なしにシロの口の中を覗く。
鋭く尖った犬歯、一本の虫歯もない綺麗な歯が並ぶ。
その奥に可愛らしい喉ちんこが恥ずかしそうに揺れている。
「むむーっ。見ましたね。うちの恥ずかしい部分をしっかり目に焼き付けましたね。神の婚約の儀式をかわしましたねーっ」
詰問にも似た口調のシロ。その顔は決然とした意思が宿っている。
「これで、婚約成立なのです。クーリングオフ制度はないのですーっ。シスコンのアキトの嫁なので、まずうちは義妹になるのですーっ。そろばんもお習字もまずは入門から、シスコンの嫁の入門も義妹になる事からなのですーっ」
してやったり顔のシロ。僕は呆れて言葉も出ない。
「と、言う事でよろしくなのですーっ。兄貴さん」
やりきった感溢れる余裕と貫禄をペッタンコの胸を張って誇らしげにアピール。
猛然と抗議をしたいのだが、幸せそうなシロの微笑みを見て僕は溜飲をさげた。
『神々の黄昏』前夜。
予期もしていなかった義妹の誕生。
シロにつられるように不思議に小さく微笑んでしまう僕。
小細工のない純真な心が嬉しくなる前夜だった。