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エロと切なさは表裏一体?

◆ 

 人為的な幸福を願う者がこの場所を傍観したなら所詮、『神々の黄昏』は悲劇のレクイエムを奏でるステージでしかないと言うだろう。

不幸か偶然が……それとも作為的なのか、僕が豪奢な牢獄(ホテルの一室?) に幽閉されている。

 腕を組んで長考したり、強ばった表情で嘆息したり、他のプレイヤーは何を想い、何を考えて明日までの限られた時間を使用しているのだろう。

余談だが、僕とシロの部屋は悲鳴に似たギンギンのうるさい声が支配していた。

「エロですぅぅ。超ド級のエロなのです。発情期を迎えたのですかーっ」

「誰かガキンチョの肉体に興味をしめすか! その臭い身体を洗ってやる。さっさと浴室に来い」

「むっひーっ。うちの肉体を洗うなんて、里芋とは違うのですよーっ。は、も、もしやペロペロ舐めるつもりですね。まだ、純真で殿方に見せたことのない珠のようなお肌をーっ」

 そんな汚い素肌舐めるかーっと心の中で叫ぶ僕にボサボサの銀髪を床に打ち付けんばかりの勢いで牙を剥き、威嚇してくるシロ。

小生意気な態度だが細い肩が震えている。

その声も懊悩を込めた悲鳴のようだ。

「ペロペロなんてしねーよ。じゃ、一人で風呂に入れよ」

「ひどいです。うちも都合というものが」

「その悪臭に真っ当な判断を下しているだけだ」

「そんな臭い程度の嗅覚に囚われているなんて。チンコの小さい男です」

「お前と一晩一緒にこの部屋にいる僕の立場にもなってくれ。最後の夜かもしれないんだぞ! 明日は殺されているかもしれないのだぞ!」

「なら尚更なのですーっ。これは願掛けなのですよ。乙女の純情なのです、もし、明日死ぬなら死ぬ直前まで願掛けしたうち自身を信じたいのです」

 説得大失敗。

シロも『神々の黄昏』本番を前にヤケになって✖✖な行動をしても困る。

✖✖とはご想像にお任せする。

僕は掴み所のないポエポエしたシロを睥睨した。

流石はイヌ科……いや、犬神。トイプードルのようなうるうる瞳で見つめられると『可愛いー』と抱きつきたくなるではないか……い、いや、そんな、規制に引っかかるような疚しい気持ちは1ミクロンもないと断言できる。

「願掛けって何だ?」

 打開策を講じる為にあえて尋ねてみる。

その言葉を聞いた途端、シロの顔はみるみる真っ赤になる。

唇を引き攣らせつつ、ペッタンコな胸元でもじもじと指を絡めた仕草をすると僕を上目遣いで見上げてくる。

「う、うちはとっても大切な夢があるのですーっ……」

 その表情は少し辛そうで遠くを見つめるような虚ろな瞳が印象的だった。

だから、僕は押し黙って聞いた。

その辺りのТPОは弁えている。

「うちと死ぬまで寄り添ってくれる旦那様と結婚すること。それまで大好きな水浴びを絶つ、それの願掛けなのですぅ。例え、明日までの命かもしれぬが、うちみたいな低位のおちぶれた罪神は願いが叶うまで、やり通す。だから、何度言われても答えは一緒なのじゃーっ」

 シロは唇を噛んで必死に訴えてくる。愚直に信じる想いを。

 僕は胸の奥がジーンとした。

それは外部から見れば滑稽。だが、シロ本人に刻み込まれた想いは儚くも美しく、まるで僕の大好きな妹様と接しているよだ。

 なので僕は興味津々に素朴な疑問をぶつけてみた。

「シロはどんな男性がタイプなんだ」

「ふぇーっ。ふえふえふぇーっ!!」

驚きすぎのかバナナの皮で足を滑らせて転ぶ神業を披露。

大げさなリアクションだなシロ。

お尻を床につけて仰け反りながらペタンコな胸を抱きしめる仕草が妙に子供っぽいぞ。

僕は改めてシロを見た。

クリクリした瞳に整った鼻梁。煤ばんでいるが幼いイメージの美少女と言ってよい容貌。しかし、残念な程に肉付きのない肢体。

貧乳そっち系の趣味の人ならもうたまらなくなる逸品だろう。

俺の視線にシロは気がついたようだ。

しかし、何だか妙な熱視線を送られている。

例えるなら捕食者がターゲットを狙い定めたような。

シロはいそいそとバナナの皮をゴミ箱に捨てると「オホンっ」とわざとらしい空咳をしてすげー真面目な顔でじーっと僕を見つめはじめる。

そして予想外の切り返しの応酬がはじまる。

「おほんっ。あのあのですぅ。変態チックなアキトは独身なのですか? 毎日若気の至りを鎮めるためのエッチ相手になってくれる一対する者はいるのですか?」

「………………」(←突然の切り返しに返答に困る僕)

「はっ! わかったのですぅ! その沈黙、もしかして、アキトは珍獣の中の珍獣、両刀使いの『ふたなり』ちんちんさんなのですかーっ。はううーっ。ミラクルのオラクルなのです。うちは受け専門なので責めはゴミ捨て場から棒きれ拾ってお菊様に入れる練習するので安心してください」

「………………」(←『ふたなり』ちんちん使いと言われて混乱して黙る僕)

「むふふ、棒きれがチョコポッキーになる恐れもあるので。夫婦の営みの時限定にするのですぅ」

「………………」(←チョコポッキーやら夫婦の営みやら……思考がフリーズする僕)

「と、言う訳で今すぐ結婚してください」

「誰がするかーっ」

 このノリツッコミ的なシロの妄想族発言。

だからこそ、しっかりと断る。

この手の(シロ)の感性は庶民派な僕と思考回路の内容が違いすぎる。

まぁ、相手は幼く見えても神様。思考回路が一緒では困るのだが。

「むーっ。照れなくてもよいぞーっ。うちが魅力的だからって。それにアキトの変態な性癖も個性なのだ。そう、変態は個性であり文化。うちは寛容だから受け入れてあげるのじゃーっ」

「何かずれているぞ」

「むーっ、うちの自慢の毛並みは天然の自毛だから、ズレズレないのらーっ。あっ、大丈夫、アキト、心配しないで陰部は天然のツルツルだから」

「いや、そう言うことではなくて」

「う、うちはくちゃくて汚れているけど、心はとっても綺麗なのですぅ。それにお肌はシミ一つない珠のような艶々お肌なのだーっ。いつでも嫁げるように日々のケアは怠らない、ヘドロ風パックなのらーっ。丹精込めて仕上げたピチピチの肌触りなのだーっ」

「シローっ! とりあえず落ち着け、お座りしてくれ」

大興奮とばかりにパタパタと尻尾を振って舌を出してお座りをする。

もはや神の威厳など一欠片もない。

この従順さ、伊佐坂さん家のハチと同等の勢いだな。

「はい、落ち着きました。もう、落ち着きすぎてお通夜(、、、)な(、)気分(、、)です(、、)。なので、はっ、初夜なのにうちったら。ぽっ」

 そのジョーク、明日は我が身なので笑えない。

そんな僕の想いなど露知らず、シロは『ピカピカにしてきますーっ。しっかり覗きに来てください。そして、襲ってください』おどけた調子で手を上げて浴室へ走っていった。

 何だかとんだ勘違いの予感。

一人、取り残された僕。

傍観者もいない部屋でこれ見よがしに溜息を吐く。

浴室のガラスに真っ裸でベッタリとへばりついて意味ありげな視線を送ってくるシロ。

 自分でも情けなくなるほど肩を落として僕は浴槽に向かった。

部屋の端で蹲って怯えているよりもシロと戯れているほうがとても建設的に思えた。

慌ただしく移ろう運命。

昨日までの現実が非現実となったことを僕は改めて実感していた。


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