罪神シロ、貴女はアホすぎるとパートナーやん(´;ω;`)
◆
目隠しをされての移動。
……いや、拉致だ。
その終着の場所はホテルの一室のような空間だった。
目隠しを取った僕の眼中に幼さが残る相貌がとっても可愛い女の子が一人。
不気味なぐらい不自然すぎる……しかし、この個室、そんな女の子と二人っきりのようだ。
ズボンのポケットにしまってあった懐中時計を取り出すと何か想いをよせるように蓋を開いてレトロでノスタルジックな数字を見る。
今頃、我が家は夕御飯を食べながらテレビニュースを見ている頃かな。
心配しているだろうな……。
沢山の想いが錯綜してしまう。
テレビニュースも含めた世の情報ネットワークは『神々の黄昏』と称される贖罪人の話題で持ちきりだろう。
「うちはとっても鼻がいいんよーっ。ふんすっ」
最新技術の粋を凝らした肉眼では見えないセキュリティがほどこされた空間。
そんな技術が隠伏され散りばめられた出口のないホテルの一室で出逢って開口一番、可愛らしく自慢げな声が響く。
その声の主は唇をきゅっと噛み、呆気にとられて惚けている僕を見上げながら耐え兼ねたように口を開いた。
だがそうやって感情をぶつけてくる銀髪少女……臭い。
はっきり言ってとっても不潔なのだ。
大きなお屋敷の軒先に座っていそうな乞食が着るようなボロボロの布きれを纏い。
その小さな彼女の肢体から広がる発酵した生ゴミの香りが周囲に散布されている事など歯牙にもかけず、僕のブレザーのネクタイをグイッと掴み引っ張ってくる。
もし鼻が効くのなら自分の匂いを何とかしろーっ。
「え、えっと……キミ誰?」
「むーっ。流暢な日本語を話すなんて、中々、頭が良い奴なのらーっ。うちはお主のご主人様だよん。まぁ、お互い短い命だと思うけど宜しく」
うおーっ、バカそうなしゃべりかただ!
視線が泳ぐ僕。
見窄らしい短躯の少女は苛立ちよりも諦観の色を強めた雰囲気で『ご主人様』などと言い張ってくる。
こんな現実味がなさすぎる展開に僕は失笑した。
そういえば、僕が学校から凶悪顔の二人に連行されて三日。
どのようにしてここにたどり着いたのか経緯は不明だ。
ただ、事前説明で『神々の黄昏』のプレイヤーが集うこの施設に連行すると言っていた。
痛切な感情が心から溢れ出す暇もなかった。
連行中の会話を思い出してみても『犬神と雷神どちらと結婚したい?』と聞かれた程度。
無論、雷神なんて京都国立博物館の展示見学や美術の教科書に記載してある風神雷神図程度の知識しかない。
なので『犬神』と言った記憶がある。
あれよこれよで気付けば、この部屋に押し込められていた。
そして、この名も知らぬ、小汚い少女と出逢った。
「えっ、その一昔前の秋葉原を席巻した元祖メイド喫茶の名言みたいなご主人様ってセリフは何?」
「むーっ。マニアックなことばかり知っていそうな奴ですぅーっ、そんな事も知らずにここに来たのか。いいか、ご主人のごはゴボウのご。囲碁のごなのじゃ。へっへん、わかり易いじゃろー☆てへ」
冬の足音がすぐそこに迫っている時期でもないのにぞぞっと寒気がした。
余りのバカっぷりにすっ裸で北風に当たったような寒気だ。
しかし、この少女のバカっぽい表情を見ると心の何処かで妙に得心してしまう。
――にしてもご主人様とは……――
この部屋、日常生活からでは想像できない洗練されたセンスが溢れる調度品の数々。
キングサイズベットが鎮座する広々とした一室は高級リゾートホテルのスイートルームのようだ。
ガラス張りで丸見えすぎる大理石の浴槽だけはお子様お断りのラブホテル風で気恥ずかしいぞ。
こんな豪奢な部屋で一際大きく主張していた超大型テレビが前触れもなく電源が入り作動すると僕達の視線は自然と画面にむく。
その時だった。
『はじめまして。42カ国から不幸にも選ばれた、2800人の健全なるプレイヤーの諸君私は星霜の神・クロノス』
演出なのか? 現世であるとは思えない独特の意匠が施されたイブニングドレスと黒のローブ纏った顔のない二人が細かいノイズ入った画面に映し出される。
音声には雑音もない、ただ澄んだ声が部屋に響いた。
『プレイヤーの諸君達は罪人。人類の罪の代償を支払う代表者。むろん、罪人が我らに問う権利などは存在しない。傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲の七つの世界で生き残りたくば同室にいる、人の子の主になりうる、パートナー。罪神から生きるすべを聞くがよい。諸君達は名誉ある百回目のプレイヤー。幸運の女神が微笑めば我らが用意したパートナーである罪神もかつての高位の神であり、七つの世界へ共に送り出されるだろう。上は雷を纏う天空神から下は下賤な犬神まで用意した』
酷薄に満ちた抑揚のない声から発せられた言葉は僕の思考に重く伸し掛かる。
この場になって事態の深刻さと人生の終焉が交錯していることを実感してしまい悲鳴をあげたくなるが「むっひーっ、こいつ首がないないばーっ。う、打ち首されたやつだーっ」などとジタバタと騒ぐ、臭い少女の頓珍漢な悲鳴が聞こえたので頭を抱えることもなくテレビを凝視する。
それでも根底では動揺している。
それも悪い予感が風船のように膨れ上がって、いつ爆発するかわからない核弾頭を抱えて立っているような不安が怒涛のように胸に広がってくる。
『では、プレイヤーの諸君、最後の晩餐を楽しむが良い』
その言葉が流れるとプツリっとテレビ画面が黒で統一される。
もう、テレビは屍のように言葉を発しなくなった。
臆病な僕は今更ながらガタガタと両足が震えた。
ぞっと背中に悪寒が走って心臓も凍りつく。
ふらついた足取りで三歩下がってそのまま真後ろにあるソファーへ倒れこむと、
「ムギューっ」
ブーブークッションかよ! ……と思ったが違うっぽい。
とっても子供ちっくな甲高い声だ。
僕のお尻にぶにゅと柔らかな感触と人肌の温もりが伝わる。
そして股の間から小さな顔がひょこりとでてきた。
なぜか、お口いっぱいバナナを詰め込んで息が出来ずに真っ青で死にそうな雰囲気。
そのバナナ、窓側の大理石調のサイドテーブルに置いてある果物盛り合わせ籠の一品ではないか!
「あううっ、ど、退くのです。ひーぃ! 黄色くて甘くておいちー棒がぺちゃんこに。むむーっ。そ、そうか、わかったぞ嫉妬だな。キミのミニマル生殖器が大きくないからって、この果物に嫉妬だな!」
何とも残念すぎる過激な言葉で罵ってくる。
僕の股下に全身すっぽりと入った小さい少女は頭から銀色の毛に覆われた獣耳を生えている。
その上、細くて非力な両腕をバタバタさせてバナナを加えていた唇から犬歯を剥き出し、僕を威嚇しているようだ。
「答えたら退く。ここは何処? プレイヤーって何だ? 『神々の黄昏』のルールて何だ?どうすれば元の生活に戻れる?」
「ぱふぅー。詳しくは知らないのですーっ。知っていても教えないのですーっ。うちは幽閉されて暗い牢獄から連れ出されたら、甘く黄色い果実と人の子がいる部屋に押し込められたなんていえないのですーっ。こんな冒涜的洗礼をする奴に教えてたまるか、こんちくしょー」
僕は淀みなくお尻をソファーに沈めた。
「う、うへぇ。ご、ごめんなのですぅ。うちが調子こいていました、反省なのです。土下座するほどの反省をしました。そ、そうです、貴方がご主人様になってよいです。どうか、村八分ののけ者扱いの末神のうちに愛の手を」
うわぁー、哀愁が漂っている! 小物感満載だーっ。
その上、こいつ根性も性格もいかにも見かけ通りになよっちいぞ。
有らん限りの表情で哀訴嘆願してくるも左手のバナナを離さないその老獪さが切実な腹ペコ度合いを示している。
しかし、白々しく我関せずを貫く僕の股下でグッと右手握り締めて、おめめをウルウルさせて泣きそうな顔で懇願する様相から本当に神の眷属なのか? と疑ってしまいたくなる。
なので、
「さっき、テレビで言っていた高位の神ってお前か?」
と尋ねてみる。
この小さい少女は何故か嬉しそうな顔でブンブン首を横に振って『違いますよ! 旦那』とうっかり八兵衛さながらに全力アピール。
何ともフランクな神様だ。
素直に答えることは美徳と言えるが……細かい説明を抜きにして何だか泣きべそをかきたくなってきた。
「高位の神……うーん、おそらくそいつは自然現象や厄災などを司る強大な力を誇示する神なのですーっ。うちは由緒正しき田舎の裏山の守り神の末席神の隠し子の犬神・シロだぞい。趣味は日本通とクンクンなのじゃ。うちが名乗ったのだからお主も名乗りやがれーっ!」
うおー! 超ハズレじゃん。
僕の股下で急にハキハキとてやんでぃーっ! と江戸っ子のように威勢良くなる犬神・シロ。『何処の裏山やねーん!』とツッコミたくなる気持ちを抑えてソファーから腰を上げると素早い動きでシロが飛び退く。
もう、踏まれることが嫌なのだろう。
僕と円卓を挟み向かい合う。
この距離感、警戒心を持っているのか? と思っていたがふさふさしている尻尾をはちきれんばかりに左右に振っている。
好奇心旺盛なのか!? いやいや、シロからすごく警戒されているっぽい!
「僕は高菜アキト」
「ほほっー。高菜アキトぞな。高菜は漬物に炒め物、大好きだぞ。想い出の濃厚とんこつラーメンに入れると美味かったのだーっ」
僕の人生に関わる重大な岐路で邂逅した犬神シロ。
これからはじまる『神々の黄昏』のパートナー。
ふてぶてしいほど思考が柔らかで短絡的。
大したスペックもなさそうなシロと七つの世界で生き残れるのだろうか。
僕の大好きな『月刊誌・仏教ばんざい』の特集欄に五十六億七千万年後に弥勒菩薩が人々を救済しに来ると書いてあったが、今、救済してもらえないだろうか……と真剣に悩んでしまう僕であった。