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日常よ、さようなら(´;ω;`)

  ◆

その大事件『贖罪人が決定!』が新聞の一面にぶち抜き掲載されて、僕のフルネームがニュース速報で流れるといった具合に世間が騒ぎだしている頃。

その出来事が実感として身近で顕著に動き始めたことを認識したのはガラポンの悲劇から三日後のことだった。

学校食堂や中庭が昼食を楽しむ生徒で溢れかえる、のどかな昼下がりの出来事。

場所は、私立もみじ谷学園、理事長室である。

「簡潔に伝えよう一言で言うと退学。そしてリア充な死だな」

「ガ、ガッデーム! いきなり呼び出されての退学って意味が分からないです。ど、どうして、僕が退学して死ななきゃいけないのですか!」

「胸に手をあててごらん。その理由はキミが一番知っているだろ。我が校の生徒から選出されるとはとても残念だよ」

理事長は残念そうに小さく嘆息すると厄介者をみるような視線をこちらにぶつけてくる。

何度耳をかっぽじっても聞き返しても、理事長の憎たらしい宣告は覆る事はない。 

「ちゃんと学費も納めているのに勝手すぎます」

こんな理不尽すぎる宣告に当然僕は一歩も引き下がるつもりはない。

必死に食い下がる僕に理事長はヒンヤリとした表情で眉を曇らせて、

「高菜アキト君。そんな事を言ってもな……もはや人の力ではどうにもならないのだよ。運が悪かったと諦めたまえ。人間、人生の引き際が肝心。ほらトラブルは人生の肥やしになると言うだろ」

「このままじゃ、僕そのものが肥やしにされます」

「なら、肥やしにならないように努力するのだ」

「理事長は完全に他人事だからそんな酷い事が言えるのです!」

「当たり前じゃないか。偽善だよ、世の中偽善だらけ。その偽善のおかげで世界が成り立っている。おかげで最悪な状態が防がれている。高菜アキト君、プレイヤーたるキミの処遇は我が国の神聖平和憲法がそう定めているのだ」

「そんなの大人の都合じゃないですか」

「大人の都合も定めだ。定めには従え。それは国民の義務だ」

強い口調の理事長。正論だ。暴力と貧困が謳歌する最悪の世の中にならないことは世界が偽善で満ち溢れているから、孤児院育ちの僕には偽善の意味が身に染みるほどよくわかる。

唇を尖らして反駁したいが僕は喉に言葉がつかえた。

再び理事長の口からフーっと深いため息が漏れた。

そして切羽詰まった雰囲気を宿してゆっくりと首を振る理事長。

テーブルの上に無造作に置かれた湯呑を持つ手がブルブルと小刻みに震えていた。

彼もまた怖いのだ。

そう思案してしまうと僕は言葉を失ってしまう。

ポケットにしまい込んである僕の宝物・懐中時計の短針と長針は午後一時を指していた。

午後一時、それは運命の歯車が動き始める時間。


ドンドンドン――


無骨に数回扉を叩く音が理事長室にとどろく。

無論、生徒や先生はこんなノックはしない。

抑揚もない無機質なノックの作法としては乱暴でとても優秀とは言えない音だ。

鍵のかかっていない把手が回り、二つの人影が入ってきた。

うゎ~こえぇー、僕の肩がビクリっと震えると思わず尻込みをしてしまう。

上品とは程遠い、悪役商会も真っ青の顔つきの二人。

手招きをした訳でもないのに無断侵入だ。

もう心臓が破裂しそうなほど高鳴っている、吊り橋効果が本当なら誰にでも恋が出来そうな勢いだ。

入ってきた二人は凶悪な顔とは真逆にそのガタイの良い体躯を包む、上質に仕立てられたブラックフォーマルスーツが現世の死神を彷彿させる。

えっ、もしかして葬儀屋さんでは? と勘違いしたい。

ご親切に僕の葬儀を前もって行ってくれそうな二人の喪服的衣装に思わず視線を逸らしたくなるぞ。

「キミが高菜アキト君だね」

「とんだ人違いです、僕は裏の川ヒョットコ斎です」

「ならば、裏の川ヒョットコ斎君」

殊勝な顔でさらりと嘘をついたが軽くいなされる。

そしてとんでもない凶悪ヅラから嫌悪と憎悪が綺麗に入り混じった視線でがっしりとロックされる。

もう逃げ出してーっ……ンと言う衝動にかられるが足がガタガタ震えて竦んでしまった。

ヘビに睨まれたカエルのようにとても逃げられない。

無論、この場を逃げおうせても、世界の隅々まで追ってくるだろう。

それにこの黒ずくめの二人は人ではない。

大雑把に分類すると神の御使いだ。

「すぐに帰宅の準備をしなさい」

 淡々とした声だ、情の欠片すら見えやしない。

むしろ『バーカ、逃げられるなら逃げてみろ』的な見下し感……余裕すら感じられる。

この窮地、僕の生殺与奪権を含めた選択権のすべては彼方さんが握っている。

もうニギニギされすぎて殺されちゃうかも……。

人が住む世界と物事の価値観が異なる神の御使いに見逃してほしいと望んでも、出来る訳ないだろバーカと言われるのが関の山だ。

何故なら、僕は選ばれてしまったのだ。

この国の贖罪人・国家代表プレイヤー(、、、、、、、、、、、、、)に。

この憤りが充満して塞ぎ込みたい気分を必死に押し殺して、『退学処分』を受け入れることになった僕は教室に向かった。

自分の荷物を引き払うために。



「あの……お兄ちゃん」

僕の大切な妹様・高菜ゆきなは瞳をウルウルさせながら遠慮しがちに僕を呼んだ。

妹様と言っても双子。

哺乳類で双子と言うとそっくりさんの一卵性双生児とミックスツインと呼称される二卵性双生児に分別される。

完全なるミックスツインだ。

もうツインツインしまくるぐらい似ていない。

控えめな月光を思わせる清楚な雰囲気。華やかに揺れるアプリコット色の髪と柔和と温順が融和した容姿は万人が平伏してしまうほどの美少女なのだ。

鈍色にくすんだ僕の容姿とは雲泥の差だ。

現親曰く、二卵性ではなく僕は橋の下で拾った子供だとか養分の良い所取りされたドラ○もんとド○ミの関係だとか、愛情たっぷりに冗談まじりで揶揄されているほどのレベルだ。

「お兄ちゃん。お願いです! ほっぺをギューッとつねってください」

 ほれっと少しだけ朱に染まった柔らかそうなほっぺを突き出す妹。

か、可愛すぎる。

見方によればキスをせがまれているようだ。

少し恥ずかしい。それに身を隠したくなるほどの衆目の視線が痛い。

ほら机の影や壁の影に身を隠した、ゆきなファンクラブの男子生徒から。

「あいつ、ゆきなさんに触れるなんて」

「お、おでんと一緒に煮込んでやる」

「ありえない、あんなクズがゆきなさんの兄貴だなんて、死ねばいいのに」

 などとクラスメイトに死を願われる僕。

フーっと小さく嘆息した僕は眉間の皺を揉みほぐしながら、言われたとおり妹様であるゆきなのほっぺをプニィーとつねる。

とっても柔らかいぽっぺ、マシュマロや淡雪のようだ。

するとゆきなはそれまでの温和な面持ちを引っ込めて「ムムムッー」と日頃では想像できない厳しい表情をつくる。

「すまん……痛かったか?」

「は、はい……思っていたより、痛いです。色々痛すぎて泣いてしまいたいぐらいです」

 妹様の様子がおかしい。

顔を大きく歪める。

そして僕の顔の真ん前まで身を乗り出して大きな瞳を瞬き、拳を力いっぱい握り締める。

「お兄ちゃん、大変な事が判明です、今は夢でないことが判明しました」

「当たり前だろーっ!」

「グググッ……あの馬鹿クロノス……許せないです……徹底的にクレームをあげます……あっ、いえ、こちらのお話です」

同級生達の注目を浴びる中、涙目になって腹を据えたゆきな……き、綺麗だ。

サラサラロングの髪を揺らして、僕の胸に飛び込んでくる。

そして、殺人的嫉妬が噴火したゆきなファンクラブの男子同級生達の熱視線も僕の胸(主に心臓めがけて)に飛び込んできた。

「兎に角絶対にやだーっ。お兄ちゃん! 何処にも行かないで。私の脱ぎたてほかほかパンティーを被っていいから。むしろ、私と蜜月逃避行だよ。砂漠を超えて、空を超えて、宇宙を超えて、西方大千世界の阿弥陀様のあたりまで! どこまでも逃げよう。シリアスに逃げよう、追いかけてくる者の屍を乗り越えて愛の逃避行だよ! お兄ちゃんと私は身も心も一つ(、、)になるのーっ」

 僕の苦笑など全くおかまいなしだ。

ゆきなは双子の兄である僕に愚直であからさまに求愛をしてくる。

それはそれは身も蓋もないほど、危ない道にまっしぐらなのだ。

そう、とびっきりの美少女であり県内にある本人無許可の私設ファンクラブの総人員数が5000人を誇ると言われている、妹様・高菜ゆきなは恋をしている。

その相手が僕、血縁の近すぎる実兄にインセストを夢見る妹様なのだ。

「こ、こら、離れろ」

「いやーっ。もう、全力でお兄ちゃんの子供身籠るから行かないで。市役所に紙切れ一枚提出したら夫婦だよ。私の野望はブラコンの極み。この世の一千万人いるブラコン達の星なの。お兄ちゃんを骨抜きに出来ないのなら、血を抜き剥製にして私の抱きまくらにするーっ! そうすれば一生一緒に暮らせるよ☆てへ」

「剥製になって暮らしたくはないぞーっ!」

こら、ゆきな。悦に浸ってないか。

ゆきなが小生意気モードに突入! 日頃の清楚で真面目な性格の欠片もない。

まさしく二重人格、交代人格と言って良いだろう。

このファンタジックな行動レパートリーは出会った頃からなので流石に僕も慣れている。

「ま、まぁ、少し落ち着いて」

「落ち着いてですって! お兄ちゃんこそ落ち着いてください。むしろ、私の愛に堕ちてください。そして素直になってください。素直になって血の繋がりの深さを愛情に変換してたっぷりと注いでください。いかに耐久性の強いサボテンも水をやらないと枯れてしまうのです。私も愛情を注いでくれないとお兄ちゃんを襲って、追い剥ぎして、夜這いをかけてしまいたくなるのです。ああっ、私達の愛は神様が与えてくれた慎み深き気高い近親相なのです!! これはノーベル賞なみの名誉なのですよ、ふんす!」

 ゆきな……めっちゃドヤ顔だぞ。

現実はその神様が僕をプレイヤーに選んだ為に酷い目に合っているのだが。

ゆきなは頬を桜色に染めながらも相変わらず煮え滾る熱を帯びた視線で見つめてくる。

「……ゆきな」

僕の声に反応するようにゆきなは一瞬だけ華奢な肩をぴくっ震わせて眼を瞑る。

やっぱり可愛いな……。

僕はゆきなに見惚れながらアプリコット色のサラサラ髪に指を埋めて優しく愛でる。ふわりと良い香りがする。

気持ちよさそうに少しだけ目を細めるゆきな。

やがてその瞳に諦めの色が滲み、涙が溢れだした。

 興味深そうに見守っていたクラスメイト達も状況を認識しているためだろう、教室がとても寂しくシンとした。

同情溢れる静寂に包まれる。


「出来の悪い兄を今まで愛してくれてありがとう……ゆきな、僕も大好きだよ……だから僕の分も幸せになってくれ……」

 

今生の別れのセリフだった。

僕は苦笑しながらもゆっくりゆっくりとゆきなを愛でる。ゆきなから小さな嗚咽が聞こえても愛おしむように髪を愛でる。

もう、この世界に帰ってくる事はないだろう。

精一杯の愛情表現でゆきなの想いに応じる。

だからこれ以上、ゆきなに自分の意見を言わなかった。

全身をすっぽり覆う恐怖。

その現実がすぐそこまで迫っていることを僕は知っていたから。


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