表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

激闘、家族のために・・・そして、犠牲・・・の巻

  ◆

 『かぐやの箱舟』のダンジョンは地下二十階まで広がっている。

 広大な迷宮のように広がっていたが前回の討伐戦において尊い犠牲のもと最下層までの道のりが通路に示されていた。

 各階層に蔓延るモンスターや野良神を鎮圧しながらやっとここまできた。

ついに辿り着いたダンジョンの最下層。

 この最下層は今までと蔓延る野良神のレベルが違う。

 そう、とんでもなく強い奴らだ。

うひょーっ、怖いよー! 

 その一撃は僕の脇腹をかすり残虐で無慈悲にゴブリンやオークを呑み込んでいく。

もちろん、深層部に生息する高位の野良神ミノタウロスからすれば小手調べ程度の一撃だ。

その圧倒的な破壊力を目の当たりにして僕の口許は一文字にとっても固く結ばれる。


「グオォォォォ――っ」


 地響きと共に地面が波打ち、モンスター達の断末魔と錯覚する苦悶の叫びがあちらこちらから刻み込まれる。


「ゆ、許しません!」


 黒い影と化したフレアルージュが凄まじいスピードでミノタウロスに接近するとあっと言う間にごつい首元に切っ先鋭いジハラ・ボックを突き立て喉元の肉をえぐり、タガーでドス黒い眼球を切り裂く。


「よくも私の旦那様を! 死ねー百回は死ねー!」

「グガァァァァーー!」


そのままミノタウロスの鼻を全力で蹴って宙を舞う。

更にフレアルージュの攻撃が加速する。

フレアルージュの手元で揺らめく暗器がギラッと光ると同時に猛毒が塗られた二百本の小苦無がモンスター達に降り注ぐ。 

もはや大混戦だ。


「ひゃあー。お鼻くちゃいくちゃいなのですーっ」


 ゴブリンのどす黒い返り血を存分に浴びたシロは膝を浅く折り曲げて服の裾で鼻をキュッと拭く。

 ゴブリンの血……た、確かにうんこの臭いっぽいよな……。

僕達の正面に立ち塞がる野良神ダイダラボッチは僕とシロを一瞥もくれずに黒い影を追う。

色鮮やかな血の香りを纏う黒の影は野良神ダイダラボッチの瘴気と毒液を掻い潜り、黒い閃光の残滓を残し懐深くまで飛び込むと無形の刃が胸部を切り裂き、鼓動を打つ臓器をえぐり出す。

根源的な生命の停止を呼ぶ核・心臓を抉り取った。

それは巨躯ににつかわしくない人の子の心臓のようだ。

シロと同様に大量の鮮血を浴びた黒い影・フレアルージュは決まり悪そうな顔で小さく溜息を漏らす。

崩れ落ちる野良神ダイダラボッチはその場に朽ちることなく煌びやかなプリズムとなり霧散していく。


「キ、キリがありません」


 色濃く疲労が見えるフレアルージュがボソっと言葉を零す。

いったい何処から出てくるねん! と思えるほど次々と遭遇する野良神とモンスター。

だけどゴールは近い。

僕の双眸が遥か前方に聳える……いや、鎮座する鋼色の巨竜。

まるで『かぐやの箱舟』を統治する皇帝のような、とても酔狂で対峙できる相手じゃない。巨竜がいる。

ただ、巨竜が鎮座する、その先に一本の通路がある。

つい反射的に望みを託してしまいたくなる。


「グオォォォォン」

「むむーっ、あの咆哮、兄貴さんのエロ寝言ぐらいうるさいのです!」


 先行しているギルドプレイヤーやパートナー(罪神)が巨竜攻略の口火を切った。

遠目からでもはっきり視認できるめっちゃ太い脚と鋭い鍵爪を振るっただけで多数の肉片が飛び交い、命が蜃気楼のように消えてゆく。

リアル、ホラー映画の世界やー! 

その光景にギルドプレイヤー達も一端距離を置こうとするが


「グオォォーン!」


巨竜の裂帛の咆哮とともに繰り出された深紅の火球が床に炸裂する。

凄まじい爆音と熱風、そして、鋭い岩石の破片が鉄砲玉のようにこの階層全域に広がり、プレイヤーもモンスターも野良神も等しく全てを貫き呑み込んでいく。


「クッ、だ、旦那様よけてーっ」


 フレアルージュの舌打ちと叫び。

 う、うわぁぁぁーっ。

同時に僕の瞳は唸りをあげた粉塵がドッと襲いかかってきて全てが侵食されて視界を失う。

ただ、大きな衝撃とその衝撃の緩衝剤となった何かが乗りかかるように僕を地面に押し倒す。

床に直撃こそしたが少し背中がしびれた程度で大きなダメージはない。

ダンジョン全体を埋め尽くす砂塵の規模が半端じゃない。

焼けた肉片と鮮血の蒸発した臭いがツンと鼻腔にへばりついて精神と感情に恐怖と揺さぶりを与える。

次々と死んでゆくギルドプレイヤーと罪神。

あまりにも刹那すぎた。

やがて、フロア全域がシーンと静まりかえり喧騒じみた雄叫びも断末魔も聞こえない。

それは虚無。呼吸すると肺まで染まりそうな空間の暗黙だ。


「生きて……いますか……旦那様……」


不意に耳元で囁かれる弱々しい声。

その空間の暗黙に溶けてしまいそうなフレアルージュの掠れた声色が聞こえる。

僕の頬に滴る液体。

とても生暖かくて鉄の香りがして、嫌な予感がした。

僕の身体の上で温かく柔らかい肢体が横たわる感覚が最悪の想像を脳裏によぎらせる。

その肢体に手を当てると「うっ」とフレアルージュは苦しそうに息衝く、そして生暖かい液体が手に絡みつく。

ドキドキして心臓が破裂しそうだ。

僕は砂塵を擦り出すようにゆっくりと瞼をあける。

血ノリで前髪がべっとりとへばりついた額と形の良い唇から滴り落ちる真っ赤な液体。

時折、息を詰まらせながら「ごほっ」と喉を鳴らす小さな咳と混ざる吐血。

腹部の肉を抉られてとめどなく溢れる鮮血。

いっぱい痛くて苦しいはずなのにフレアルージュの蒼白する顔は苦しむ様子も見せずに柔和に微笑みかけてくる。


「あはっ……良かった……無事だったのですね……。うふ、私……旦那様に抱いてもらっているんだ」


 僕は瞳にいっぱい涙を溜めて唇を噛み、血に染まった鈍色の髪をそっとかき分ける。

するとフレアルージュは何も言わずに、ただ、嬉しそうに目を細めて僕を見つめてくる。

おぼろげになっていく肉体の温もり、その温もりから伝播するフレアルージュの心。

謂れ無き暴力と闇……悪意の渦に翻弄されながらゴミ屑のように捨てられ堕天していく心。辛くて、寂しくて、サンタナと共に死体を漁り生き延びた幼少の日々。

それが、僕の意識に走馬灯のように流れてくる。

『だから私は依存するの……家族と絆に』と示すようなフレアルージュの消えていく温もりを抱きしめながら混乱する思考でどうにか打開策を練る。

フレアルージュが僕を庇ったように僕もどんなに無様で這いつくばっても『家族』を見捨てない。


「私……幸せだな……最後は……愛する人に……看取られる……て」

「いいか、どんな事があっても離れないから安心しろ……だから生きる気持ちを強くもて!」


僕はぐったりとするフレアルージュを背中に担ぐ。

ショルダーバックから絹紐を取り、お互いが剥離しないように固く結ぶ。

フレアルージュは瞑想するように瞼を閉じながらも苦しい息遣いの合間に弱々しく嬉しそうに破顔している。

僕の左肩に首をもたげ、全身が弛緩するフレアルージュ。


「げべーっ。びびりましたーっ。海を回遊する乳くりマンボウよりもびびりましたーっ。ううっ、失禁です……ジャジャーメンしてしまいましたーっ」


 馬鹿丸出しのぞんざいな口調。

それが醸し出す雰囲気。

不可解なセリフだが、その不可解が今ほど喜びに変換されたことはない。

巨竜の見事な手際によって壊滅的損害を被ったギルドプレイヤーとモンスターの亡骸を踏みながらシロの傍に駆け寄る。

自慢の銀髪が真っ黒。

田舎の居間に座っていたら座敷わらしと間違えられそうだ。

その上、太ももから黄色い液体が滴り落ちていく。

シロのやつマジで怖かったんだな。


「むっほーっ。兄貴さん無事無事でよしよしなのです。うちは乙女としての自尊心と羞恥心が重傷なのです。もう、穴があったら目撃者を全員埋めてやりたいのですーっ」


 おめーが入るんじゃないんだー! 

 確かめる必要がないほどシロは元気だ。

この状況で無傷、輝かしい戦歴に加えても良いぐらいだか、失禁した本人の認識は黒の歴史の一ページに刻まれる失態らしい。


「ゴホゴホ……。その声はアキト兄様ですか?」


噎せ返るほどの粉塵の向こうから聞き覚えのある声がする。

僕はホッとした。ピコっと動くかまぼこ眉毛とウルウルする朱玉色の瞳。

サイドに束ねたエメラルド色の髪を揺らし、脚を竦ませる事なく亡骸をがっさり踏んで僕の傍らにやってきた。

その背後に翼に軽傷しながらもしっかりと従う砂埃だらけのコーちゃんの姿がはっきり見えた。


「アキト兄様、存命で何よりです」

「むーっ。コーちゃん無事なのですかーっ。くくーっとっても残念なのですーっ。コーちゃんと親友になってから肌身離さず甘辛な焼き鳥ダレをもっているのにーっ」

「シロ、さっきの失態ばらすぞ」

「ふへへーっ。嫌なのですーっ。コーちゃん、おめめウルウルでごめめなのですーっ。うちが調子のっていました。すまんとですたいーっ」

シロ、一瞬にして土下座外交だ。

「それにしても……」


 僕は再びダンジョンの奥に鋼色の巨竜に目をやった。

巨竜は一本道の通路前に堂々と鎮座する。

これは誤魔化しがきかない。

大物だ、全滅のレクイエムを勘ぐってしまいそうになるほどの大物なのだ。

そんな僕に土下座外交しながら上目遣いでシロが何やら訴えかけてくる。


「むむーっ。うちに取っておくおくのアイデアがあるのですーっ」


 キラーン! と怪しく光るシロの瞳。

僕はその提案に賭けてみることにした。

大切な『家族』のここ一番の奇策を信じて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ