愛するがゆえに・・・新しい義妹の秘密の花園はド変態思考なのですの巻
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『神々の黄昏』開始50日目。
「うぉ~!」
「むむー! 兄貴さんの声がエロセクシーです! みつみつ檀蜜です!」
今、けっこう危機迫るものが近づいてきている。
シロの浅慮が招いた事にせよ規模が少しばかり大きいぞー。
こんな混乱する現場でもシロは意気揚々と骨(上腕骨)をくわえてニヘラとニンマリ顔だ。
ちなみに僕とシロは全身を草と泥にまみれながら全力疾走している。
「コツコツコツコツー!」
ほらっ聞こえる、背後から押し迫る阿鼻叫喚の声。
そうモンスターに追われているのだ。
それは全身カルシウム。
骨だけのモンスター・スケルトン! 学校の理科室にありそうな奴だ!
「むっほーっ。いっぱい味噌汁の出汁がとれそうな奴だらけですーっ。あんなにいっぱいいるのにアバラ骨一本ぐらいいいじゃないですかー! ブーブー」
「バカーっ。その一本をくすねたから鬼ごっこになったのだろーっ」
ゼーゼー言いなが気丈にも強い口調で叫ぶがシロは「てへへーっ」と冗談めかして照れる。すげー反省の欠片もない笑みだ。
シロにとってはただの遊び程度のつもりなのかーっ」。
それにシロも犬神。
胡散臭いスケルトン程度の厄介事などさしたる問題ではないのだろう。
「もうもう、もうを言いすぎですー、牛さんの気分ですーっ。じゃーですね、あのホネホネを兄貴さんがやっつけてください。せっかく練習用におびき出したのですから」
「嘘つけ、骨かじりたかっただけだろーが」
「むむーっ。うちのハイクオリティーなお骨鑑定師眼をペロペロ舐めたらいかんぜよ! 小局さまもびっくりの遺骨なのですーっ。このかるかる感……骨粗鬆症ではないのです、ムフフッ」
往年のスケバン刑事みたいな言い回しのシロ。
恥ずかしそうにポッと頬を染めながら、しなやかな指で骨をつまむと僕の口の中に押し入れてきた。
「はひするんやーっ(なにするんやーっ)」
「ヒューヒュー、うちと関節キッスなのですーっ。ラブホテル街でご休憩やご宿泊に大興奮のアザラシみたいですーっ」
どんなアザラシやねん!
言葉だけみれば諧謔そのもの。
しかしその奥に隠されている『絆』あってのおどけだ。
僕はわざとらしく小さく溜息を吐くと肩にかけたショルダーバックから一本の『神の肋骨』を手に取る。
そして「神の肋骨」にむかって意識を集中させる。
ほんの一瞬、心臓が鷲掴みされたようにギリッと痛む。
すると『神の肋骨』が鈍い音を立てる。
生命が宿ったように微笑ましい変化がおきる。
僕の行動を完全に先読みしていたのだろう、ペロッと子犬のように舌を出したシロは人懐っこい笑みで楽しげに鬼気迫る勢いで追ってくるスケルトン軍団に振り返りピタッと立ち止まる。
僕もそれを見計らったように『神の肋骨』をスケルトン軍団に投げつける。
するとグィーンと音がして大気に緩やかな波が走る。
そして『神の肋骨』が中心点となりゴゴーっと突風が荒れ狂い、渦を巻くように大気を取り込んでいく。
『神の肋骨』が激しい閃光とともに巨大化して大地に楔を打ち込む。
近寄るスケルトンを容赦なく吸収して徐々に肉体を具現化させていく。
その骨に肉がまとわれ球体が僕の目に入った時はもうスケルトンの軍団は『神の肋骨』の栄養分として全て捕食されていた。
「おにょーっ。うちの骨達ぃぃぃーっ。穴掘って埋めようと思っていたのにーっ。ぷんぷん」
穴を掘って埋める……それはお宝隠しの為か? お骨供養の為か? どちらにしても『神の肋骨』から具現化した元野良神にシロはつま先立ちになってプシューっと鼻息荒く、不満げに大抗議。
その抗議の先、循環する緑色血液の躍動が透き通って浮き出る透明の球体・クラゲの野良神だ。
曲率に沿って無骨な鋼鉄の太い足が幾重にも合わさった鎖のように伸びていて、茫漠とする巨大な体躯がすごーく申し訳なさそうに大きすぎる目をウルウルさせ、身体を目一杯丸めてシロの無遠慮な視線にペコペコと平謝りをしている。
「むーっ。恥ずかしがり屋のクラゲンったら。骨から産まれた骨もない奴が骨を食べても骨抜きのぷよぷよなのらーっ。ぷひーっ、うちのおやつになるはずのかるかるちゃん」
こいつ……自分が引き起こした厄災という事を綺麗さっぱり忘れてやがる。
ほっぺを膨らませて生意気三昧のシロにポカリっと小突くと僕は『神の肋骨』から湧き出る野良神・クラゲンに優しい眼差しを向ける。
すると飼い主である僕の許しを得て安堵したように、その透明な巨躯が霧散していく。
「むむーっ。『神の欝し実』の能力、つかつか向上なのですねーっ。青春まっしぐら、はちきれんばかりの勃起性欲ぐらい強いのですーっ。このエロ兄貴さんったら。ムフフ、ところでおめめかっぽじって覗き見なんて良い趣味なのです、もうおバカなミオン」
『もうもう、気がつかないとでもおもっているのですかーっ』みたいなふりをして可愛らしく鼻をクンクン鳴らす。
そして満面の笑みのシロはつるぺたの胸を張ってピシッとゴツゴツしている岩場を指す。
だが、その確信と推論はすぐに打破された。
「あのー。こちらです」
僕とシロの背後からわざとらしく声をあげるミオン。
あちゃー恥ずかしいー。
ペシュカドの先端を地面にグサリと軽く突いてふさふさの草に覆われた一角から立ち上がる。
「むっひゃー。兄貴さん、うちの自慢の鼻が詰まっていたわけではないですーっ。風、そう風なのですあるーっ。中国三千年のスモッグを浴びた北風がビュービュー吹いて『へへへっ、シロお嬢ちゃん、俺のマグナムは太陽より凄いぜ!』と言ってイカ臭いを振りまいたのが原因なのですーっ。北風が悪いのですーっ」
どんな北風やねん!
シロはへーへーと舌を出して『まるで信用されていないようで嫌ですーっ』みたいに頬を膨らませてお空めがけてワオーンと咆哮をする。
もう、仕方がない奴だな。
僕は苦笑しながら額を抑えつつ、シロの頭をポンと撫ぜて宥める。
「シロさん、びびびっときたのですか? 凄いです。すき焼きの肉を買い忘れて殺生はだめなのです! とシラをきる小坊主さんの苦しい言い訳ぐらい凄いです。ボクの存在を認識するなんて」
「へへーん。みたらし団子の甘辛ダレをまめるなよーっ」
シロ、『まめるなよーっ』って何? ……そんな一人と一柱の意味のわからない会話は詮索せずに黙認するとしてコカトリスのコーちゃん……そんなに
嬉しそうに僕のお尻を見ないでーっ。
僕はコーちゃんの推し量るような好奇の視線をくぐり抜けて、ミオンに
「どうしてここに?」
と尋ねる。
プチ……あれ、何かキレた音がしたぞ?
突然、静まりかえった空気にピリピリっと何か静電気のような痛い殺気が滲む。
その殺気に弾かれて顔をあげるとかまぼこ眉をぴこぴこさせているミオンの顔は全く笑っていなかった。
柔らかく波打つエメラルド色のツインテール。
化粧っけがなくても魅入ってしまう整った顔立ちに一際目立つかまぼこ眉と朱玉色の瞳。シルバーを基調とする軽量型の鎧に二本のペシュカド。
うあぁーすげぇ敵意むきだしの目じゃないですかー!
再び巡り出逢った喜びの欠片もない、全てに怒気を孕んでいる。
するとミオンは表情を強ばらせて控え目に言っても友好とは言い難い声を絞り出す。
「どうしてってどう言う事ですか……ボク、本気なのですよ」
「えっ……?」
「本気の意味……ごぞんじないのですか?」
僕は思わず聞き返しそうになる。
ミオンの胸奥から絞りだす震える声色。
もう行き場のない想いが込められた眼差し。
色鮮やかな鎧がくすんでしまうほどの剥き出しになった感情が僕の僅かな言葉が引き金になって堰を切る。
「こんなに、こんなに好きなのに! どうしてボクを置いて行くのですか? ボクの心と下の毛をもてあそんで……責任は取るつもりないのですか!」
何の責任やねん!
僕は真正面から珍妙な疑問をぶつけられる。
だからこそ僕は逡巡する。
「むむーっ、ミオン。兄貴さんへのでしゃばりはバリバリで固固素麺なのですーっ。一本でもポキっ、三本でもポキッと朝起ちマンモス君を折折しますよ」
「シロさん。ボクは元々マンモスなんてないよ。今はどちらかと言うと人工的に整えられた芝生に一本の長い谷がある程度だよ。それがボクの決意さ!」
「むむーっ。流暢な外国語はわからないのですーっ。うちみたいに子供もバッチグーの丁寧な日本語つかうのですーっ」
二人ともマジギレながらも凄く自信満々だ。
その根拠のない自身はどこからくるのやら。
そんな二人に挟まれている僕はこの煽りを受けないようにそそっと後ろへ移動する。
同じように僕の傍にいるコーちゃんの丸い目から『アキトさんすんまへん、同情してまっせ』的色合いを存分に含んだ視線が暖かく注がれる。
「シロさん!」
「むむーっ!」
ミオンはシロを間近に呼ぶようにヒラヒラっと戯れるような手招きをする。
おちゃらけるつもりはないらしい。
決然とした想いを裏打ちする鋭い視線と得体のしれない自信が無意味に渦巻いている。
どうやら、その行動でシロの疑問に対する答えを証明するようだ。
怪訝そうにシロは眉をしかめたまま鼻をクンクンさせて徐々に距離を詰める。
お互いの裂帛した気迫だ。
今にも殺し合いが始まりそうな殺伐感。
僕はコーちゃんと一緒に一歩も動けず怯んでしまう。
「シロさんボクの覚悟。男子禁制の秘密。それをお見せします」
「むむーっ。ばっちこいなのらーっ」
その刹那、僕の視界が瞬く間にコーちゃんの真っ白い羽によって塞がれる。
これより提示されるミオンの決意は『男子禁制』と述べられていたのでコーちゃんなりの気遣いなのだ。
少しして、カラリンっと地面に鎧が落ちる音が僕の聴覚にとどく。
「シロさん。これがボクの揺るがぬ決意の象徴です」
「……ほ、ほ、ほえぇぇぇ――――――――っ。妄想族なのです、将来的にはバッチグーな手法なのですーっ」
「ボクとしてはこれぐらいの主張は乙女のたしなみかと」
「粋なのです……うちは天然つるつる一本筋なので未知なのだーっ。そこまで上り詰めているとは江戸っ子流超小粋なのです。小粋がお風呂場で小躍りするぐらい活きが良いのです。生鮮コーナーの活魚もびっくりなレベルなのでありんすーっ」
シロが大絶賛! 何がおこっているのだーっ!?
何故か場の雰囲気が一気に和らいだ。
すなわち両者の和解を意味する。
良かったぁー窮地を脱したと言うことだろう。
今、僕は内心ほっとした。
僕の背後に鎮座するこーちゃんも鳥っぽく嘴をパクパク噛み合わせて小さく微笑んだ。
「認めまする。ミオンを兄貴さんの義妹と認めまする」
「ボクがアキトさんの義妹?」
得心したシロの申し出にミオンはキョトンと小首をかしげる。
「そうです。兄貴さんは生粋のド変態シスコンなのです。時代の先駆け的希少種なのです。そして嫁になる前に義妹になるルールが厳かに規律としてあるのですーっ。今なら先着順に義妹特典としてお尻クンクンしてみたり一文字のわれ尻をペロペロしてよいのですーっ」
「クンクンにペロペロ……ド……ド変態なのですね。アキトさんにボ、ボクのこの誓いをお見せする程度で荒ぶる魂を鎮められるのでしょうか……ぽっ」
「むむーっ。朝立ちは棒立ちでうまい棒より固い棒なのですーっ。はっ、こんなことをうちに言わせるなんて……メンタリズムです……兄貴さんはエロの権化の権兵衛なのですーっ」
お前らの方がよっぽどエロの権化じゃー!
僕はただただ苦笑い。
シロの出鱈目なベクトルはもはや修正不可能。
また一人、家族(義理の妹)が増えた。
それが嬉しくておかしくて仕方がない。
血の繋がりを超えた『絆』。
他人からすればぞんざいで歪んだ擬似『家族』かもしれない。
だから敢えて僕は願う。
このまま無遠慮で下品でも垣根のない本音がぶつかる『家族』と『絆』が永遠でありますように……と。




