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決意と旅立ち、ちょっと、勝手に話をすすめないでー(´;ω;`)

   ◆

『神々の黄昏』開始48日目。


『神の欝し実』。この実を食した者は現代に至るまで三人いる。

一人目は竹野かぐやと呼ばれる伝説の大罪人。

二人目は『かぐやの箱舟』東方地域の攻略者の子孫でありハーマイオニー最大ギルド『ゴールデン・ジュビリー』の現団長。

そして、三人目は今、トイレに篭って下痢との格闘中である僕である。

そう、今朝のトイレは戦争なのだ。


「はうぅぅぅぅ、兄貴さん、は、はやくー。大をちびってしまいますーっ」


二畳程度の個室。

そこは完全バリアフリーのお便所。

その一枚のドアを隔てた反対、廊下側が無遠慮にもドンドンと叩き上げるシロの姿。

その姿は耳と尻尾を下げて、身体を丸めてギュッと目を瞑る。

片手でお腹を摩り、「ウヒャー!」と小さな悲鳴をあげて全力内股で悶えていた。


「むむーっ。兄貴さん、は、早くしてくだされーっ。こ、肛門括約筋の最終防衛戦が突破されそうですーっ。うちも神の端くれなのですーっ。ちびるわけにわーん」

「シロ、も、もう少しだけ耐えろ。僕はもう少しでゴールだ」


『ぐぉぉぉぉんーっ』と僕のお腹のドラゴンが唸りをあげる。

お腹がいたいぞぉー! 

大腸から小腸へ奴が移動する全身全霊のバトルは肢体が微かに震えて排泄物が便器に収まるまでが勝負だ。

そのひと時が終わると今までの阿鼻叫喚が他人事のようににこやかな微笑みと満足感が込みあげてくる。


「はあぁぁぁぁ――。むにゅー」


 酷く残念な声が聞こえた。

そして、不可解なセリフ。

羞恥と言う表現すら生ぬるい現実が一枚のドアの向こうで、バッドエンディングの世界が広がっていた。

ごめんよーシロ! 

僕はぼーっと虚空の眺めながら心でシロに土下座していた。

 それが出発日となる朝の一大イベントだった。

前途多難のすぎる旅の小手調べ的洗礼だ。

出発前から下痢の力強さ……そう、芯の強さに翻弄されて羞恥と自暴自棄の陥落に落ちた気分なのです。

 東に伺える折り紙を引き裂いたような滑稽な稜線から煌びやかな宝石を連想させる茜色の光が夜明けをこの世界に告げていく。

昨晩、僕とシロはサンタナとフレアルージュの住む屋敷に泊めてもらった。

僕の意識がない間はお世話になっていたみたいだけど違う視点で言うなれば軟禁されていたに等しい。

なので、実質、お世話になったのは一晩だけだ。

とは言え一宿一飯の礼を事欠くほど僕は自分勝手な人種でもない。

シェルから託されたショルダーバックはそのまま置いてきた。

今の僕に出来る精一杯のお礼だ。

無論、僕では価値などがわからないアイテムばかりだがとても貴重な品らしい。

それだけの好意と施しを受けた自覚はある。


「もっひよーっ、兄貴さん」


 お世話になった屋敷に向って深々と頭を下げていた僕の肩ごしに顔を覗かせるシロ。

朝風に靡いた銀髪が僕の鼻をこちょこちょしてこそば痒いですよーっ。


「シェルは生きていますですーっ。西の方角からエロで変態でペロペロするのが大好きシェルのヘビの生臭い臭いが嗅ぎとれるのですーっ」


 うおー、すげーな、流石はシロ鼻がきくね。 

 嘘偽りないシロ自慢の嗅覚。

それは一縷の希望をつなぎとめてくれる。

僕はシロのふんわりする銀髪をひと撫でした。

決意を示すようにシロは僕の手を強く握りしめて石畳が敷かれたメインストリートをランニングに出かけるように走り始めた。

メインストリートから河川敷の広場をこえて正面大守門近くまで来た時、シロは突然立ち止まる。

その意図はわからないが僕も軽く汗を拭いながら立ち止まる。


「――っ、どうした、シロ?」


 僕の問いかけにシロは無言だ。

 人懐っこいはずのシロが眉を潜めて怪訝な面持ちを浮かべながら耳をピンと立てて澄ます。

小さく緩やかな音も聞き逃さない集中力だ。

シロ! ど、どうしたのだーっ。

シロは舌をペロリと口から出してハーハー言い始める。

その姿……犬。

まぁ、犬神なのだから間違ってはいない。


「むむーっ。この、お尻大好きエロ臭は……奴がいるのですーっ」


 鼻をクンクンさせて可愛らしく臭いを嗅ぐシロ。

僕の思考的には『いるのですーっ』の条件を満たす人物像で検索結果は一人。

僕とシロに悲愴すぎる料理の腕を披露して、今朝、シロに羞恥いっぱいのパンツ脱糞の刑を与えた張本人。


「どうしてですの……」


 そのドス黒い声は『その行動……とっても気に入らないですわ』と言わんばかりに朝の街に冷淡ぽく響く。

両肩からブオォォォーッと気炎があがる声の主が高鳴る嫉妬を押し殺すように「ふぅー」と深い溜息を吐く。

 す、すごく嫌な予感がしますよー! 

銀鼠のさらさらストレート髪はアップされて、三つ編みにした髪をサイドにまとめて、そこにリボンのバレッタをアクセントに入れていつもより大人の雰囲気。

暗闇と言う生地で仕立てたような漆黒の貫頭衣は暗殺者のそれを充分に認識させる。

そして、冷ややかな瞳が殺意を滲ませて僕とシロを射抜く。


「フレアルージュ」


 場か凍りつくような眼力。

獲物を狙うライオンの様だ。

顔をそむけたくなるほど剣呑とした雰囲気を醸し出すフレアルージュ。

ひんやりと青ざめているような顔色で舌なめずりする。

ひ、ひぇ~! 

それは一言もなしに無断(、、)で(、)旅立とう(、、、、)とした許嫁の裏切りに悲観する想いと許嫁を手元に戻したい想いが交差して、複雑に絡み合う懊悩が見え隠れする。

怒り心頭のフレアルージュがキッと瞳を釣り上げて僕の前に進み出ると、左腕をぎゅうと力いっぱい掴かむ。


「何故、私の家から勝手に逃げるのですか? これから訪れる二人の幸せな毎日を捨てますの? それとも……え、えっと……私がサンタナお兄様と同じ『ふた(、、)なり(、、)』だからですか? も、もし、『ふた(、、)なり(、、)』に対して蔑みがあるなら誤解なのです。女性がコロッケパンで男性が焼きそばパンなら双方楽しめるミックスパンなのですよ!」


そのたとえなんやねん!


「い、いや、そう言う事じゃ」

「あ、もしかして……安心してください。私は暗殺ギルド『ポープ・ダイヤモンド』の団長をしていますが……コテコテの生娘(、、)です。生醤油や生ハムよりも生生しい生娘(、、)なのです。と、と、友達もいないのです。小さい頃から健常者に石を投げられて育ちましたし。両親は重犯罪者の父と野良神の母。私もサンタナお兄様もハーフなのです」


 突然のカミングアウトだった。

フレアルージュはうつむいたまま目にいっぱい涙をためてビクリと震えていた。

そう『旦那様、私のもとから逃げないで』と懇願しているようだ。

生まれてまもない小さな三毛猫の赤ちゃんがダンボールで捨てられたように顔を力なく左右に振って僕の胸にしなだれかかる。


「むむーっ。フレア、兄貴さんをなめてもらっては困ります。『ふた(、、)なり(、、)』程度で溜息を吐く人物ではないのですーっ。むしろお買い得セールなのですーっ。そんな真っ当な性癖ならうち達は苦労をしないのです。セミの抜け殻で性的興奮をしたり、温泉の濁ったお湯を指差して『アレ、俺の○液』などと平気で口走るド変態なのですーっ。『ふた(、、)なり(、、)』がどストライク過ぎるので、このまま色ボケ興奮して西の方角に黒のボンテージを来てオナニーをしに行く途中なのですーっ」

「行くか、ボケーっ」


シロは『えっ、いかないのですか?』と言いたげに真っピンクになったほっぺを少し膨らませて残念そうに顔を背ける。

ただ、慣れ親しんだボケとツッコミは少し感慨深いものがある。

僕達の事情、フレアルージュの事情、少なからず各人の事情が透明のフラスコに入った化学薬品のように混ざり合い、新たな化学反応がうまれる。


「だ、旦那様。大胆なのです。私の初夜。例えそれがお外の湖辺の手水場ちょうすいば柄杓プレイでも我慢します。高濃度発酵納豆プレイでもついていきます……ぽっ」

「むむーっ。発情した猫にうちも負けないないバーっ。ふふっ、ないないバーってぼったくりバーみたいなバーなのですーっ。お尻に刺すバーではないのですーっ。まったくこの子ったら油断も隙もないのです。油断のゆは湯煎の湯。すなわち、兄貴さんの大好物な性癖はもも肉を使うボンレスハムプレイなのですーっ」

「な、なんですってーっ! 旦那様はお縄プレイを……大岡越前裁き風プレイをご所望なのですか」


 お前らいい加減にしろー! 

 フレアルージュは仰け反りながら驚愕する。

と言うか『大岡(、、)越前(、、)』だって、この世界にも時代劇があるのですねーっ。

そして、シロはドヤ顔で念入りに畳み掛ける。


「そうなのです。そのお縄プレイの達人を迎えに行くのですーっ。しかも、兄貴さんの義妹でうちや兄貴さんをお空の彼方に放り投げた張本人。不埒な一〇八つの除夜の鐘煩悩プレイの申し子。頭から丸かじりクイーン。その名も蛇神・シェル・サーシェ。しっかりと迎えに行くのですーっ」


ツヤツヤしたドヤ顔のシロにフレアルージュもフーフーと鼻息荒く興奮を隠せない。


「だ、だとすれば、私と旦那様を許嫁になるきっかけを与えてくれた恩人。その上、お縄拘束達人の義妹様……ううっ」


 フレアルージュは唇にちょこんと人差指を当ててう~ん? と何事かを思慮する仕草をみせる。

そして驚いた事に顔が熱っぽく紅潮すると行き場の無かった複雑な心中を束ねたように僕をじーっと見据える。


「不承不承ですが了承します。ただし、私から逃げれば手足は干物、内蔵は塩辛程度の罰ゲームは覚悟してください。そ、それに……結婚式を血痕式に変更したくありませんから……くくく」


 くくく……ってこえーよ。

 真っ赤な顔をぷいっと横に向けて突然の余裕ぶった態度だ。

心の不確定な想いを濾過させ、淀みなど霧散したように、さらりとその言葉を口にする。そして、僕の手にポンっとショルダーバックを差し出してきた。


「その『神の肋骨』は旦那様だけのアイテムです『神の欝し実』を食べた旦那様だけの。そう、旦那様の名前が骨に刻まれています。『神の欝し実』の能力効果はその実の捕食者の心を糧に成長するという、とっても無責任な実です。なので、旦那様の性質そのものが能力になるはずです」

 へえー、そうなのか! 

 その言葉を残すと朝焼けを浴びながらも街灯の照らすほの暗い街の闇にフレアルージュは溶け込み消えていった。

外界と街の境・正面大守門の先は野良神やモンスターが蔓延る世界。

僕はちっぽけな勇気と無尽蔵に大きくなる絆を信じて一歩を踏み出す事にした。


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