絆・・・再び、帰巣本能と大切な神(貴方)へ
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帰巣本能……動物は自分の住処や巣あるいは生まれた場所に帰る能力である。
犬神にとっての帰巣本能……帰る場所……それは家ではない。
プレイヤーであり『家族』である人物の場所だ。
かねてよりパートナー(犬神)と言うものは難癖をつけては『もう激エロなのですーっ』などと叫び、手をにぎにぎさせながら迫ってくる過激テロリスト。
そう歩く猥褻物のように想う時期もあった。
失ってみて初めて分かる価値。
今は他の誰にも代えられない大切な『家族』であり、かけがえのない義妹である。
繋がった想いが運命を引き寄せる。
小さな偶像が手を動かして僕の頬を懐かしむように撫ぜる。
そのあられもない姿を比喩すると薄汚い路傍の石。
そんな乞食のような者がこのハーマイオニーの一等地にいる事が存在錯誤も甚だしいと言わんばかりの衆目が僕達を射抜く。
大通りには皮肉な笑みを浮かべての失笑や嘲笑が溢れて飛び交っている。
だけど僕は気にしない。
穏やかに微笑みながら夢や幻でない事を確かめるように薄汚れた身体を両手で包み込みグッと胸元に抱き寄せた。
逢いたかったよ。
彼女は僕の目を愉快そうに間近から覗き込んでくる。
僕の頬に不潔に油ぎった銀髪がべっとりとまとわりつく。
だけど嬉しくてそれさえも愛おしい。
「むむーっ。やっと、兄貴さん見つけた」
今にも消えそうな疲れきった声音だ。
その声にいつもの快活さはないが充分に僕の心を満たしてくれる声。
逢いたくて、胸が高鳴ってしまうほど逢いたかった僕は無駄に大きな声を出そうとしても声がでなくて。
喜びでただ、息がつまるように嗚咽して、瞳から涙がこぼれて。
シロもいっぱい泣きながら僕の頬に伝う涙をペロペロっと舐めてくれる。
そして僕とシロは笑いあった。
涙も止まらないのに笑いあった。
「あれっ、シロちゃん?」
その声も驚きに満ち溢れている。
不思議で運命的な再開を目の当たりにしたミオンはスカートをぞんざいに掴み、溢れんばかりの喜びを纏ってこちらに駆け寄ってくる。
華やかなゴシックドレスの美少女の登場に奇異な衆目に多少の温度変化がおきる。
「はえぇーっ。髪の毛が葉っぱ色はもしやミオン……フリフリドレスの女装なのらぁー、もしかして禁断のピーピーに目覚めたのか? もしかして、兄貴さんとこーちゃんの気合が入りまくった全力プレイに感化されて菊様loveのそっちの薔薇が咲き誇る世界にお目覚めしたのかやーっ」
「うーん……ボク……そうかもしれないです」
「むむーっ。それは殊勝なのですーっ。兄貴さんのお尻は共有なので、条件を満たせば特別に使わせてあげてもいいのですーっ」
「そんな条件あるかーっ」
僕のツッコミに二人顔を合わせてブーブーとブーイング。
からかうように言ってくるならまだしも、ごく当然の権利主張と言わんばかりの二人の態度。
フーと軽く嘆息して黙り込んだ僕の背後に音もなくヌルリと人影が忍び寄る。
ひ、ひゃ~あぶないぞー!
そしてヒンヤリとするタガーの刃を僕の喉元にピッタリと突き立てて、その人影はゆっくりと口角をあげて毒々しい笑みを浮かべた。
「長年連れ添ったわたしというキュートでプリティな存在がありながらナンパですか……勇気がありますね……無謀と勇気をはき違えてはいけませんよ」
さっき出逢ったばかりだろーっ!
怒りを噛み殺しながらのフレアルージュのドス黒い言葉。
ひんやりとしたオーラのまま僕の背後ポジションを占拠する。
その言い分は理不尽極まりないぞ。
「それに旦那様……何故、私との雄しべと雌しべのドッキングチャンスをものにしなかったのですか? 今なら倍率ドンですよ。無論、子種万歳の妊娠指数ですが……くくく」
すげーこえーよ!
唇をギュと噛み、小さく、僕にだけ聞き取れるように怨嗟がにじみ出る声色で囁く。
憤激の限界点近しと言う殺伐とした雰囲気が伝播してくる。
僕はゴクリと息を呑む。
サラサラの髪をゆらしながら殺意みなぎる大きな瞳のフレアルージュに対して感想を二つ述べるとするならば『感嘆すべき陰形の技』と『命短し恋せよ乙女』の精神。
そして、標的は僕一人なのだ。
僕がフレアルージュを誠心誠意説得すれば万事解決! のはず……そう、どんなに心の揚げ足を取ることになっても。
「ねぇフレアルージュの白くて綺麗な素肌。僕だけのものだよね? いくら可愛いからってほかの男はいないよね?」
「えっ?」
予期せぬいきなりの質問にフレアルージュは返答が一瞬遅れる。
「あっ、即答してくれないと言うことは……」
「いいえ、そんな事はありません。たとえ、三丁目の焼きたてパン屋名物焼きそばパンの焼きそばが全部輪ゴムに取り替えられていても旦那様が焼きそばと言い張れば焼きそばと思えるほどの熱愛なのですよーっ。一目惚れなのです。許嫁の件もマジマジアルマジロぐらいマジなのです。ふんすっ」
「なら、どうして僕の大切な家族の前でそんな危ないナイフを突きつけるの?」
「か、家族様なのですか……?」
そして、フレアルージュが軽く折り曲げた指を唇に当てて一考する。
するとフレアルージュのクリッとした大きな瞳がシロを捉えた。
衆人環視の状況を知ってか知らずか、カラリン! タガーを落としたフレアルージュは身体を戦慄かせると腰を抜かしたようにペタンとその場に座り込んでしまった。
座った場所に小さな水たまりがあった為、純白だったワンピースが台無しだ。
「むむーっ。兄貴さん、そのちんちくりんは誰なのだーっ。うちと一緒で兄貴さん好き好き依存症の匂いがプンプン臭いのだーっ」
リアル悪臭クイーン・シロから臭い宣言されるフレアルージュ。
暗殺者ギルド『ポープ・ダイヤモンド』団長のプライドなど消し飛んだように前かがみに頭を抱える。
暗殺者としてのクールビューティーな雰囲気を持ち合わせているはずが、今だけは年相応の少女らしく『とんだ失態をしてしまったーっ』呪縛の為に思考回路が麻痺して落ち着かない様子だ。
「おい、ちんちくりん。兄貴さんはお焼さんよりも焼けているのだぞーっ。もう、焼け焼けすぎてヤケになった日焼けちゃんがやけどするぐらい焼け焼けなのですーっ。わかりましたかこんちくしょー」
まったくわからんぞーっ!
ショックのあまりトロンとした瞳の色を浮かべるフレアルージュにピシッと指差し、ちょびっとだけ唇を尖らせて速攻早口言葉? を吐き捨てる。
自信のある口調とは裏腹に取って付けの無策っぽい言葉だ。
一言で示すとアホな子の発想だ。
だけど、このアホっこぶりを間近で見て、ホッと胸をなでおろす僕もいる。
「うううっ……不覚です。一生の不覚なのです……」
悄然としながら頭を下げすぎて艶やかな毛先を地面にべったり落として、大惨事とばかりに僕をうっそりと見上げてくる。
その理由は明白。
この場で最終的な選択権を持っている人物は僕と見越したのだろう。
「ふー。自助努力だけでは解決できそうにないな……」
僕は一人ごちるように呟いた。
その呟きは悲観からではない。
溢れる想いがそのまま言葉にのって流れ出る。
家族のあり方。僕にとっては血の繋がりではない。
誤魔化せなくなる想いと絆。
そう、裏を返せば僕が渇望している対象。
絆は僕が僕である所以の依存対象。
そんな気持ちの高ぶりを必死に抑えて、僕はシロとフレアルージュの頭に手を置くと精一杯愛でた。
一番大好きな人と一緒に居られる幸せを噛み締めるように二人は瞳を潤ませて快活な笑みを浮かべる。
そして、僕も朗らかな笑みを浮かべた。
そう、返ってくる笑顔が絆をより深めるエッセンスだど僕は知っていたから。




