底の始まりは其処から?
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少しだけ僕の昔話を聞いてほしい。
昔から僕、高菜アキトは『運が悪い』と言われていた。
0歳、✖✖病院で産まれてすぐ人さらい専門テロリストに病院を襲撃されて実妹と生き別れになる。
人身売買を営む組織が当時、商品だった赤子の僕を見ず知らずの大人に現金と引き換えに売りはらった。
一歳の時、僕を買い取った家で家畜同然に育てられた為に空腹で飢えてしまいゴミ箱に捨ててあったマヨネーズの蓋にむしゃぶりついたあげく喉に詰めて死にかける。
二歳の時、育ての親から逃げようとして溝に落ちて捕まり監禁。
監禁された部屋で人道的観点からかけ離れた虐待をされて全身が青あざだらけになった事は今でも覚えている。
三歳にいたっては逃亡した先のスーパーの缶詰コーナーにあったディスプレイ用鯖缶タワーの雪崩に巻き込まれ意識不明の重体。
まったくお笑い種だ。
けれど運が悪い(、、、、)と言ってものちのちは『うわ~あの頃は……』などと笑い話になる程度だろう。
しかし、幼いながらに度を超えて『運の悪い』と痛感する事件。
そうだ、この出来事は育ての親以外でも悪い人がいると実感して幼いながらも人の世の無情を知ることになった初めての事件だった。
『お留守番をしていた僕を残して育ての親が唐突に行方不明』
まだ、新築だった実家に顔も見たことのない悪人面した親戚を名乗る大人がいっぱい集まった。
それは当時、通っていた幼稚園の菊組の人数よりもいっぱいいてとても怖かった。
今から思うと、冷ややかな同情とどす黒い欲望にまみれて陰鬱な世界。
そう空気がとっても悪かったな。
あれよと言う間に葬儀も終わる。
そんな大人達……日頃は寄り付かない親族連中が醜く喚くハイエナ会議の末に育ての親が金を積んで闇の組織から非合法に入手した僕の扶養義務を放棄。
価値のない僕などを引き取る偽善者も当然なく、穴があいた小さなカバンに最低限の物を詰めて、さらに小さな足どりで知らない建物に連れて行かれた。
全ては親戚縁者達の思惑どおり両親の遺産は彼らのもとに転がり込んだ。
まだ五歳だった僕は丘の上の古めかしいレンガ作りの小さな孤児院に引き取られた。
大人や子供にかかわらず一人ぼっちって辛いものだ。沢山の仲間はいたれけど皆、心の中は一人ぼっち。
それでも、飢えに苦しんだ家畜同然の生活よりはマシだ。
粗末な生活でも人間(、、)として扱ってもらえる。
あるときは周囲から親なしとからかわれ、あるときは無知蒙昧な保護者から『あの子と親しくしたら駄目』などの偏見を子供心にがっちり受けたガキからイジメられたり。
洋服なんて酷いものだ。
お古のお古のお古を使いまわす。
欲しい物なんて夢のまた夢。
トナカイの引くそりにのったサンタクロースを本気で信じたくなるぐらい何もない生活だった。
だけど人間(、、)として扱ってもらえる。
それだけで僕は充分幸せだった。
そんな僕でもたった一つだけ宝物がある。
育ての親の話では、生き別れた実妹も所有していると聞かされている価値もなさそうな『古ぼけた懐中時計』だ。
まぁ、価値が無さそうだから取り上げられなかったのだろう。
僕が僕であることをつなぎとめる唯一の宝物。
夢にまで見る逢ったことのない『家族(、、)』との唯一の『絆(、)』だ。
この宝物を毎日、孤独をまぎらわすために薄っぺらい布団の中で大事に胸に抱いて眠っていた。
赤貧洗うが如し。
僕も貧乏だったが孤児院もとびっきりの貧乏だった。
そんな孤児院からバス代が貰えず、現地集合の社会見学においてクラスで僕一人だけ市営バスに乗車する事ができずに三つ先の目的地までトボトボと歩いた。
子供ながらに世の不条理に嘆いた想い出の数々。
悔しさ情けなさ……恥かしさが込みあげた想いはしっかり生きる糧になった。
だから僕は幼いながらに諦観していた。
そんな世の不条理も感情を殺すか、諦めていれば良かった。
普段どおりの無表情のまま頷き、相手の目は見ずに死んだ魚のような瞳で視線を外してさえいれば自分の身は守れたから。
だって、子供一人の力で何が出来るの? 境遇なんかどうにもならない……と思っていた。
そんな身寄りのない僕に引き取り手が現れたのは10歳の春だ。
麗らかな洗濯日和の朝、あの家族(、、)がやってきた。
幸せそうな家族だった。絵本から飛び出したようにかっこよく理想的なお父さんに品性の良さが溢れ出たとっても美人なお母さん。
そして、僕と年齢は同じぐらいだろう、小学校のブレザーを着た、可愛らしい女の子。
それは僕には一生縁がないと諦観していた幸せいっぱいの家族だった。
その家族が僕を引き取る……僕は顎が地面に突き刺さりそうなほど驚いた。
その驚きに上乗せして畳みかけるようにあの可愛らしい少女は生き別れたはずの妹様だと孤児院の先生が説明してくれた。
青天の霹靂。神様って悪戯が大好きなんだ。
まったく状況が呑み込めず急拵えで身支度をして、小さなお別れ会を開いてもらい、翌日、五年間お世話になった施設から巣立った。
突然、できた息子である僕の為に部屋も用意してくれた。
僕だけのベッドがあって机があって……ノートがあって鉛筆があって、とっても暖かくて嬉しくて。
その日からしばらくは興奮して夜眠れなかった。
僕の生きる環境や世界が全て変わった。
『家族』と言う幻想に心の底辺から憧れ飢えていた僕が本物の『家族』や『絆』と言うものを手に入れた。
それは恋焦がれていた『家族』や『絆』に依存してしまうことの始まりを意味していた。
僕はうっすらと覚えているけど顔などは全く覚えていない行方不明になった育ての親の記憶を脳裏の片隅にある硬い甲羅の中に置いた。
それからの人生、誰に憚ることなく順風満帆だった。
しかし、念のために補足しておくが『家族』や『絆』が手に入っても未だ変わらぬ事実がある。
それは『運(、)が(、)悪い(、、)』……というより『数奇(、、)な(、)星(、)の(、)下(、)』と言う形容が正しいのかもしれない。それを認識させるきっかけは妹様によるものだ。
妹様は兎に角運が良い。
僕と真逆なのだ。
スーパーの抽選会やお菓子のおまけなど、必ずと言って良いほど素晴らしい景品やレアシールなどが当たるのは妹様。
頭脳明晰、身体能力抜群の大和撫子……とても優秀な妹様だ。
そして今回の運試しは人生がかかっているほど大きなものだった。
今回は国家(敗戦国)が全国で主催する悲壮感たっぷりのガラポン抽選会。
ガラポン抽選会とは何か? と言うと。
人類が神に敗れてから1000年。
その人類の罪を償う為に10年に一度、敗戦した各国の代表者が贖罪人として神が作り出した『神々の黄昏』と言う七つの世界に送り出させる奇行極まりない全世界行事なのだ。
ちなみに民主主義国家の我が国は十五歳以上に寄与される権利として国民皆制度と言う名目でガラポンなどという数奇かつ滑稽な方法を利用して贖罪人を決めている。
もう一度だけ言っておく僕は『運(、)が(、)悪い(、、)』のだ。
毎月、市役所から支給されるガラポン補助券10枚を握りしめて並んだ結果だった。
東日本地区に一等・現金十万円千名。二等一万円一万名……末等商品云々……激レア等二十名・政府代表プレイヤー行き罪人代理徴集礼状。
僕、当たっちゃった激レア等。
カラーンカラーンと響く、死を宣告する鐘の音。
しかし、今回の当たりは。脳天に銃を突きつけてトリガーを引いたら玉が出た。そんな、悲惨な当たり。僕の住む国『日本国』激レア等の当選確率二百五十万分の一。
ちょっとしたジャンボ宝くじやナンバーズの大当たりクラスの確率。
転がる玉の色と張り出してある玉の色を見比べて肩はわななき、両膝はがっくりと床についた。
これが現実だと知った時、僕は発狂することも忘れて立ち上がった。
ただ、天を見上げて呆然と立ち尽くすしかなかった。