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思い込み少女は暗殺ギルドの団長さん? 孤高のエリートはフレアルージュの巻

    ◆

『神々の黄昏』開始45日目。


「ここは……」


 僕は目が覚めた。

今日は晴天のようだ。

少し大きな窓から射す光もそれが齎す暖かさもしっかりと認識できるのに目がピリピリする。太陽の紫外線が強くてピリピリしている訳ではない。

僕は両手の掌をほっぺに当ててプニっとつまむ。

痛い。どうも夢ではないらしい。

寝床が藁ではない、ふんわかと寝心地が良いベッドだ。

くるりと部屋を見渡すと十畳程度の空間に豪華な調度品の数々。

ここは二階らしく窓から見える景色は少なくとも数百人のプレイヤーや罪神が行き交う大通り。こんな活気溢れる喧騒とした雰囲気は久しぶりだ。


「良かったぁー。寝坊助すぎて永眠したのかと思いましたよ」


 何ともメリハリがついた口調だ。

声の主はベッドの下の隙間からひょっこりと顔を出す。

少女は身体をぐいっと押し上げて僕が寝ているベッドの傍らに立った。


「キミが面倒を見てくれたの?」

「はいっ、しっかり、ちゃっかり、うっかりとしながら献身的に看病をさせていただきました。あっ、お尻……その、ごちそうさまでした。ご、誤解しないでください。お尻は……✖✖しただけです」

「✖✖ってなんやねん!」


ここに来る前の記憶。

生命の危機よりもお尻の危機が脳裏によみがえる。

友好的な態度の裏に変態的体質を宿した彼の名はサンタナ……無意識に僕の指先がお尻を確認する。


「✖✖して当然ですよ。サンタナお兄様が連れ帰ってきてくれた、私の……フレアルージュの許嫁でしたので✖✖がピーでした。ムフッ」


 うひょー、✖✖がピーって僕に何をしたーっ!

少女は両手を頬に添えるとポッと顔が真っ赤になった。

 目の前の少女。

装飾の繊細さと生地の良さがすぐにわかる純白のワンピースを纏う姿が聖女のような雰囲気を醸し出す。

腰のあたりまで伸びた銀鼠のさらさらストレート髪にクリッとした大きな瞳。

胸元には慎ましい程度の膨らみが年齢の幼さを強調している。

というか許嫁って何? この言葉から感じる恐怖は脚を竦ませるような恐怖よりもチェスなどで詰められるような感覚だ。

もはやチェックメイトぽい……おめめをキラキラさせるフレアルージュ。

威厳を感じる強い眼差しが楽しそうに僕を見つめてくる。


「やっとお目覚めになったのですから今夜はわたしと寝てください! いっぱいご奉仕します、菊丸様に刺しつ刺されつ☆キラリン」


刺しつ刺されつって! 僕も刺されるのですかーっ。

ダメ押しの一撃だ! 

鋭い眼力同様のダイナミズム溢れるフレアルージュの口調。

その発想、もはやぶっ飛びすぎてオーバーキルだぞー。

ベッドの隅に腰を落ち着けて本能全開で僕をじーっと見据えてくる。


「ちょっと待ったぁぁぁーっ。その前にキミは誰? ……というかここ何処? むしろ、僕の許嫁ってどういう事なの?」

「まぁまぁ、そんなに矢継ぎ早に……早すぎる早漏は営みで困りますよ。うーむ、わたしの旦那様は甘えん坊です。私の名前はフレアルージュ。ここは、私とサンタナお兄様の住む家。場所はハーマイオニーの一等居住区ですよ」


もう~仕方ないなぁーっと言った面持ちでフレアルージュは僕の要望に応えるべくワンピースの裾を持って布団の上に飛び乗ると枕元にある棚、そこに置かれているショルダーバックを掴んで僕に差し出す。


「サンタナお兄様は西方地域討伐から旦那様を背負って帰還されてきたのです。そこで、わたしは旦那様のお尻に一目惚れ。弱っちいサンタナお兄様をだまくらかして結婚しました。あっ、逃げないでくださいね、幸せな結婚が一転、部屋中に血痕が残るような事態になりますので……結婚と血痕……うふっ」

「完全に脅しだろー。それに許嫁から結婚にグレードアップしているぞー。キミ、フレアルージュさんはサンタナの妹さんって事だよね?」

「もうもう、フレアルージュさんだなんて……旦那様はエロの権化ですね。さん付けは私をロープで縛って子作りしたいと言う奥手な表現ですね」


 ヤベー、こいつもサンタナと一緒で変態だーっ! さすがは兄妹だな。 

悪びれもせずにフレアルージュは頬に手を当てて「きゃーっ」と可愛らしい嬌声をあげる。何だか僕が眠っている間に募った想いが膨らんでお相撲さんの押し相撲のように想いの全てを力強くグイグイと押し出してくる。

もう、僕は土俵際まで追い詰められているそんな気がするぞ。

僕は眉間の皺をほぐしつつも悪夢ではない事を認識した。

そして、脳裏に浮ぶ大きな疑問を尋ねてみる。


「僕は何故、意識を失っていたの?」

「うふふ、なるほど、その疑問はごもっともですね。安心してください、そのお尻を陵辱されて意識を失った訳ではないです。指一本、木の枝一本たりとも大切なお菊様の中には入っていません。まだ、観賞用です。サンタナお兄様を拷問して聞き出しましたので大丈夫です」

「えっと、サンタナさんは何処に?」

「もうもう、旦那様は心配性ですねーっ。少し、ほんの少し本職(、、)の血が騒いでやりすぎてしまいまして、てへ☆ ……中央ギルド病院で安静かつ厳重にお昼寝してもらっています。ほんの、一週間ほど。そのうち退院できますよ。にしても、旦那様に心配をかけるとは帰ってきたらお兄様はまたお仕置きが必要なようですね……クククッ」

「………………」(←驚き固まりながら沈黙する僕) 

「そのお仕置きといったら……クククッ。サンタナお兄様ったら、逃げれば逃げるほど『あっはーん』と嬌声をあげて地鳴りが響く程の三角木馬で痛恨の一撃を……ムフフ」

「………………」(←我が儘すぎる変態に驚愕して沈黙する僕)

「………………」(←そんな僕に気付いてはっとした仕草で口を抑えるフレアルージュ)


 毒気だった。

僕にとってフレアルージュの発するその言葉の数々は高濃度の毒だ。

僕の立場を鑑みてプラス要素など一つもないのだから。

そんな僕を見たフレアルージュは慌てて口を押さえて、つい熱が入ってしまったセリフを恥ずかしがるようにあたふたと動揺する。


「も、ももも、申し訳ございません。一人で喋ってしまって。これは切腹です。この腹をカッさばいて三枚おろしにした切腹なのです。だれかぁー、介錯をーっ……と言っても、この家には私と旦那様しかいなかったのです。わたし……箱入り生活が長かったのでつい、嬉しくなって。と言う訳で旦那様が無断で逃げたりしたら棺桶と言う悠久に等しい箱入り生活が待っているのでお身体を大切にしてください」


 恋の精霊が集っているのか? 春が訪れたようにフレアルージュはカッと目を見開いた。

顔は真っ赤になり胸元で手を繋いでプルプルと身体を左右に振る。

その仕草はとても可愛い。

ただ、これはあくまで僕の推測なのだが、先ほどの話を総括すると、フレアルージュはねっとり鬼畜系性癖を持つマッドサイエンティストのような気がする。


ガラガラガラッ――


身体を振った勢いで衝撃を思わせる鋭い金属が跳ねた音が床を叩いた。

おぉーっ、子供っぽく無邪気な仕草と真逆なものがー! 

その音の正体は純白のワンピースの袖口から出てきた長さ30センチの鋭利なタガーだ。その本数は六十本。とてもワンピースの中に隠しきれる物量とは思えない。


「あ、あの……こ、これって……ちがうねん」

ドタバタと必死にかき集める手つきが素人とは思えない。

フレアルージュの幼い笑みが凍りつく。

詳細な説明を求めるつもりはないが身の安全は保証してほしい。

何か踏ん切りがついたのかフレアルージュは肩を竦めて


「ふーっ、舞い上がってしまってとんだ失態です。えっと、今更ですが……りんごの皮むき用と言って信じてもらえません……よね」


 僕は顔を顰めて「無理!」と一言。

妙に余った袖を振り回しながら懇願してくるが素人目だってはっきりわかる。

だってアレは異常だもん。


「うううーっ。わ、わかりました」


 不気味なまでに急に納得するフレアルージュが一瞬視界から消えるとゾクリっとする感覚と共に僕の喉元にヒンヤリとしたタガーが突きつけられる。


「私は暗殺ギルド『ポープ・ダイヤモンド』の団長をしております。暗器のフレアと言えば中央地域で一目置かれる存在なのですーっ。うっふん♪」

その表情は穏やかな色と残酷な色を纏った暗殺者そのものだった。

年頃の女の子が駄々をこねる雰囲気ではないぞ。

そんなフレアルージュがベッド脇のイスに腰を掛けようとした刹那。

チリリリリーン――と玄関から呼び鈴が鳴った。

階段の下からの呼び鈴に「チッ」と舌打ちをしたフレアルージュは渋々立ち上がると深い溜息を吐きつつも僕には厄が落ちたような爽やかな笑顔をふりまいて一言。


「あっ、サンタナお兄様からの伝言を忘れておりました。旦那様の意識が無かった理由。それは、この七つの世界で三人目。わたしの旦那様は『神の欝し実』を食したらしいですよ。だから覚醒までそっとしていたのです。無論、サンタナお兄様曰くですけど」


と言い残して部屋をあとにした。

僕は表情を消すと窓から空を見上げた。

きっとこの空の下にシロとシェルは生きている。

そう、自分に言い聞かせながら。


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