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野良神強襲・・・その命を大切な家族のために

     ◆

『神々の黄昏』開始二十一日目。

ああ……無情……。

悲運な事故から五日、お尻の包帯がとれて二日が過ぎた。

一週間とはあっという間に過ぎる。

昨日早朝、ミオンとコカトリスは中央地域の都市・ハーマイオニーに旅だった。

ミオンは別れ際までとても低姿勢でペコリと平身低頭を貫き、好感度バツグンだった。女性だったら姑が我が家に来てほしい嫁ナンバーワンの栄冠をぶっちぎりで獲得できるだろう。

そのパートナーのコカトリスは僕のお尻に色目……秋波を送っていた事は黒の歴史にとどめておこう。

今日からいつもどおりの生活。

無事に朝日を見つめながら裏の川で僕とシロとシェル、家族揃って歯みがきタイム。

夢かうつつかもわからない緩やかな星霜を感じながらグチュグチュ・ペーッとうがいをする。


「兄貴さん」


スカッとした爽快な気分のシロは銀髪を躍らせて爽やかで幼さが残る笑顔を僕に向ける。

思春期の男子がメロメロになりそうな魅力的な笑みにどんどん意識が吸い込まれていく。


「うち達家族ですよねーっ」


 ほえ? 

 狐につままれたような質問をぶつけてくる。

今更どうしたのだ! と言う雰囲気を出しながら僕は眉根を寄せ合わせて、河原の大きな岩に腰を下ろす。

少しゴツゴツしてお尻が痛いですーっ。


「どうしたシロ? 朝御飯のトカゲとイモムシのスープを飲んで脳みそに蛆虫でもわいたか? そんなの当たり前だろ。シロもシェルも僕の大切な家族。僕にとってかけがえのない存在だよ」


その返答にシロはニンマリと笑った。

僕達は心で繋がっている。

この世界でもあちらの世界でも関係ない。

そんな僕の想いを敏感に感じ取ったのだろうシロは何かをクンクンと嗅ぎとりながら目を伏せて、突然僕の首に腕をまわしてギュッと抱きついてきた。

いやはや……と苦笑しながらシェルを見ると揺れる御簾のような珊瑚色の前髪の隙間から涙が滲んだ蜂蜜色の瞳が見えた。


「ここはシロ達に任せるのですーっ! ふんす」

「アキト殿、これは小生からの餞別なのです」


 シェルが大切そうに両手で持っているバック。

それはシックに色あせたブラックがイケている本革のショルダーバックだ。

中には目一杯アイテムが詰め込められている。

僕は何か言わなきゃいけないけど言葉にならない。

この全身が打ち震える違和感が思考を沸騰させて僕を混乱させる。


「その入れ物はかつて小生のパートナーだった者の形見。もう、数百年も昔の出来事だが物はしっかりしている。中のアイテムは小生が野良神として七つの世界を徘徊していた頃に捕食をした餌達が胃の中で溶けて残ったドロップアイテムだ。お尻が綺麗でも非力なアキト殿のお役に立てるはず」

「ど、どういうことなのだ?」

「小生は先ほど気がつきました。小生達よりも高位ランクの野良神がこの場所に接近してきます」

「うちもクンクンして気付いたのですーっ。半端な野良じゃないのですーっ。大丈夫です……寂しくないのですよーっ。例えうちやシェルが殺されて魂だけになっても、うちやシェルはずっと兄貴さんの近くにいる。寂しくないようにずっとそばにいるから」


憂いに滲むシロの小さな声が耳元で囁かれる。

すんなりと納得なんてできない! 

僕は激しく首を横に振った。

自分で自分の行動が恥ずかしくなるぐらいの拒絶。

そんな僕の唇にほっそりとした人差指を当てたシロは少しだけ困った顔をして、振り仰ぎながら目を瞑ると唇をゆっくり突き出してくる。


「あふっぅーっ」


 高鳴る心音が僕の全身を駆け巡る。

押し付けられた唇の感触。

柔らかくて切なくて、レモンや苺の味よりも生臭くて。

だけど生きているって感触。

シロの雪のように白い頬に紅色が染まる。


「次は小生の順番……と主張したいのだが野良神と言うものは節操がない……もう待ってくれないらしい」


 その言葉の意味を咀嚼する暇もなく、シェルが僕とシロを引き離すとぐっと力が篭った膂力で僕の右肩と右腕を持つ。

柔道の一本背負いをするような体制だ。

その角度から推測するに投げっぱなしの空中散歩な予感。


「アキト殿、この高位の野良神は危険すぎる。恐らくは先日のダンジョン攻略組を追って『かぐやの箱舟』から出現せし野良神がミオンの匂いをたどってここまで追ってきたのだろう。小生もシロもアキト殿を守りきる事は難しい。今は離れても……必ず逢えます。巡り合ってみせます」


 僕の身を案じてくれる二柱の想い。

その想いに嘘偽りはない。

だから辛くて情けないほど無力な自分に腹が立って。

僕は懐から鈍重なデザインの懐中時計を二柱に渡す。

この懐中時計は一対の片割れ。

あちらの世界にいる妹との繋がりであり家族の証し。

そして、この異常事態は今生の別れじゃないと想いを込めて。

受取ったシロは「へへへっ」と幸せそうにおどけた調子で両手をあげて満足した笑みを浮かべる。

その笑顔にいくらかの哀愁が見えるが別れる時は笑顔でいたいのだろう。

だから僕も目いっぱいの笑顔を作る。

切なくて、切なくて、泣き出したい気持ちを抑えながら。


「兄貴さん、だーい好きーっ!」


そのシロの声が僕の耳に残った最後の言葉だった。

渾身の力を振り絞ったシェルに投げ飛ばされた僕は慣性にまかせて大空を滑空した。

僕・シロ・シェルの生活を共にした土地がどんどん遠ざかっていく。

遥か森の先に微かに見える巨竜(のらがみ)の姿。

他に手立てが無かった。

僕自身をそう納得させるしかなかった。


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