この世界を生き抜くために・・・
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ううっ、僕は身も心も汚された……。
しかも初体験が一方的な受身だった。
放心状態の僕はたっぷりとわらが敷かれた床の上で羞恥の極みを体験した人の子としてうつ伏せで寝込んでいる。
自慢ではないが良く生きていたと思う。
感覚のないお尻に包帯がグルグル巻だ。
そのすぐ真横で藁の上に跪いて綺麗にペッコリと頭を下げている少年プレイヤー・ミオン・ラウラエルの姿がある。
外で元気よくシロ・シェルコンビと遊んでいる大鳥・コカトリス。
元気いっぱいのパートナー・コカトリスとは打って変わって少年プレイヤー・ミオンは神妙な面持ちで土下座外交真っ最中だ。
もうこれ以上ないぐらいおでこを床に擦りつけている。
「何とお詫びをすればよいやら」
その声色は細々しくて小さく震えていた。
悲劇は喜劇より奇なり。
重体で弱りきっていたはずのコカトリスの前で僕がしぶしぶお尻を出した途端、クァァッと恐ろしげに目を開けると先端の嘴……その嘴が挨拶代わりに僕のお尻のピーな穴を突きまくる。
シロもシェルも呆気にとられて。
後は惨憺たる有様だった。
まるで大人のおもちゃを持った男色魔に襲われる。
自らの意思でこのプレイヤーの家族を助けると決めたのだ。
後悔はない……ただ、人として大切なものを喪失したような。
びぇ~ん! 初めてだったのに(涙)。
「も、もういいから。生きていただけでもラッキーだったよ」
僕は埃っぽい室内に息苦しさを感じながら窓から空を見る。
緩やかに流れる雲に美しいスカイブルー。
あの場所で大きく息を吸ったら肺まで青く染まりそうだ。
まぁー、今、真っ青なのは僕の気分なのだが。
「い、いえ、助けて頂いた上に……そ、その、コーちゃんがあんな非礼まで。復活の儀式の内容を知らなかったとは言え……」
悲運な僕の真ん前で更に神妙な顔になる。
しばらく完治しそうもないトラウマを意識の底に沈める。
僕は心を奮い立たせて藁の上に座ろうとするが途中、「わあっ」と声をあげて身体のバランスを崩してフラついた僕にミオンが直ぐに手を差し伸べてくれて事なきを得る。
お尻に力が入らなくてバランスがとれねーぞ!
「本当にいいから。それよりミオン君、痛みはとれたかい?」
「は、はい。もう、極上タイプの煮干を凌駕するほど健全に高品質に傷も残らず回復しています。今ならお出汁としても第一線で頑張れそうです。どのような薬か存じませんがボクに使用した妙薬は素晴らしい効能です」
端整な顔立ちに興奮の色が宿る。
ただ、頭のネジが数本飛んだような返答に僕は苦笑いこそ浮かべるが不思議と抵抗感は感じなかった。
すると、ミオンはピンと背筋を伸ばして正座をする。
そのまま改めて頭を下げた。
「西方地域に鎮座する『かぐやの箱舟』の残党狩り専門のモンスター達から保護していただいた上に命まで救っていただき感謝の気持ちでいっぱいです。プレイヤー同士とはいえ、中央地域プレイヤーのボクと西方地域プレイヤーのアキトさんとでは無縁も同然。その上、アキトさんはギルドに属していないみたいです。それはボクと無味乾燥わかめほどのドライな間柄と言う事。そんな赤の他人のボクに手厚い施し。胸キュンです」
薔薇ガチの趣味がない僕に胸キュンされても困るぞーっ。
とはいえ、見知らぬプレイヤーがみれば、この少年プレイヤー・ミオンは美形だし女の子っぽいのだが……おおっ、僕は何を考えているのだーっ。
ぷるぷると顔を左右に振って頭の中をリセット。
ころっと話題を変えてみる。
「えっと、中央地域にはギルドなんて組織があるの?」
野良神やモンスターに追われるほどのミオンに複雑な事情について、勝手な推察だけで正鵠な判断を下す訳にはいかない。
本人が口から語るまではその話題は伏せておこう。
なので、僕は七つの世界に対して無知すぎる部分を補填すべくミオンに尋ねてみた。
「はい、中央地域には過去のプレイヤーが建設した大きな要塞都市ハーマイオニーもあります。そこは過去のプレイヤー達も定住している都市。『かぐやの箱舟』攻略のプレイヤー側の本陣と言った所です」
ミオンは理知的な声で説明を始めてくれた。
「ハーマイオニーには大小いくつものギルドがあります。ボクが所属しているギルドは『アイオライト』トップクラスの規模を誇るギルドだったのですが……」
ミオンは少し視線を落としながら酷く頼りない声で言葉を区切った。
そして、少しだけ躊躇いながら嫌な記憶を回想するように苦しい言葉を絞り出す。
「このたびの西方地域にも存在する『かぐやの箱舟』のダンジョンを攻略する為に大規模なギルド連合攻略組が赴いたのです。その中核としてボクが所属していたギルド『アイオライト』を含め、トップギルドの精鋭達が挑んだのです。しかし、予想していたよりも難攻不落でした……次々と仲間が犠牲になり。約六百人のプレイヤーが天にめされました」
ミオンは深い溜息とともに朱玉色の瞳をふらつかせ、視線が宙にさまよわせる。
「えっ? 『かぐやの箱舟』は中立地帯のはずだろ。それに『かぐやの箱舟』って中央地域だけに存在しているのじゃないの?」
なかば衝撃を受けた僕は優先順位も立てずにミオンに疑問を投げかけてしまう。
それは、今まで実態すら感じなかった危機感が僕の中に芽生えたからだ。
ミオンは傍目から見てもわかるほど切ない表情で床の藁をギュッと掴んだ。
「ボクもハーマイオニーでギルドに所属するまで知らなかったのですが……『神々の黄昏』は人が現世で犯している罪を償うための場として創造された世界なのです。人類が現世で犯した罪が重いほど徴集されるプレイヤーは増大する。ボク達はこの世界で現世の罪の清算をしなければならないのです」
僕はミオンが語りかけてくれる言葉をしっかりと吟味する。
そう、その意味を咀嚼すればするほど……滅茶苦茶ヤバいじゃないかーっ。
僕はかなり動揺した、もう動揺しまくって喉の奥にちくわがつかえたほど声が出ない。
「そして、『かぐやの箱舟』。この世界……いえ、この宇宙そのものに蔓延する罪を浄化するゲートと未知の神が封印されている箱なのです。唯一、もう一つの世界へと繋がる道とも言われています」
ミオンはグッとコブシを握りしめる、そう、演歌歌手のように。
語りに熱が入っているようにミオンの語尾が強くなる。
「そして、ハーマイオニー最大ギルド・『ゴールデン・ジュビリー』のリーダーは東方地域の『かぐやの箱舟』のダンジョンを攻略した唯一の生き残りの子孫。そこで獲得した強大な神の加護によりハーマイオニーの守護者として今も君臨しています」
シオンは清々しいほどはっきり言ってくる。
それはまるでグリム童話的英雄談やお伽話を傍観している感覚だ。
と言うことは僕はそんな世界の住人なのかー!
僕は頬がピクつきながらもどうにか穏やかな雰囲気を保って、ぎこちない笑顔を浮かべながらミオンにぼやけた言葉を投げかけた。
「『かぐやの箱舟』のダンジョンをクリアーしなきゃ、妹の……あちらの世界に帰れないってことかよ……」
想像したくないぞ! 永遠にこの世界に閉じ込められるなんて……。
僕は目を細めた。
糸目さんとあだ名がつくぐらい細めた。
うう……妹にあいたいぞーっ。
「ほほう、妹とな……義妹である小生が二十四時間休みなしにとり憑いています。アキト殿は心配することないのです」
「そうなのらー、心配とおっぱいはないないことなのですーっ」
ダメっ子の代表のようにあたふたする僕の心にくぎを刺すようにシロとシェルが窓から顔だけ突っ込んでじーっとこちらを凝視する。
「なのでアキト殿、年貢を納めるつもりで小生にお尻をペロペロさせてください。傷だらけのお尻をペロペロ……ムフッ」
「むむーっ。うちは犬歯が痒いので兄貴さんのお尻でガジガジするのですーっ。一つや二つ傷がついてもわからないのです兄貴さんのお尻は皆の共有財産なのですーっ」
「そんな財産あるかーっ」
二柱ともとっても嬉しそうに微笑んでいる。
もうボロボロと泣きたい気持ちだったが予想もしなかったバカっぽい展開に僕の心は少し晴れた。
元気な化学反応を心に伝えてくれるシロとシェル。
小生意気な上に不埒な煩悩三昧な奴らだが、僕を大切に想ってくれる家族。
顔をパァーッと輝かせた場違いな二柱に僕は今日もツッコミを入れるのであった。




