神のプロポーズは妹のはじまりなのかーっ(°д°)
◆
世界は広い。
朝焼けの太陽は東の稜線から上がり、天上で輝き、やがて西の稜線を仄赤く染めて沈んでいく。
それは世界が広い証。
この地域の気候は肌寒くても、この少年プレイヤーが旅した地域の気候は汗が吹き出るような気候かもしれない。
そして、僕が住む辺鄙な山岳地帯を冒険? していた少年プレイヤーの話を聞いてみたかった。この辺りで見かけないゴブリンやオーク・そして野良神・大猿(全て美味しくいただきました。バイ・シェル)に襲われていたのだから。
旅人たる少年プレイヤーは重傷だった。
モンスターや野良神による集団暴行の惨劇の後とシェルのお食事の後、僕は傷ついている少年プレイヤーを背中に担いで虫の声が響く鬱蒼と茂った草木の合間を歩く。
シロとシェルは大鳥を元廃屋(現住処)まで運んだ。
僕の懐中時計曰く、ざっと二十分と言うところだ。
途中、シロが「お腹すいたーっ。夜ご飯の焼き鳥おいしいぞー♪ むふふー」などと鼻で歌っていた事実は意識を失っている少年プレイヤーに届いていなかった。
僥倖である。
元廃屋(現住処)の正面玄関を開けて左奥。
かろうじて原型をとどめているソファーに少年プレイヤーを寝かせた。
シロは裏の井戸に水を汲みに行き、シェルは手馴れた手つきで燭台に火を灯す。
引き裂かれた衣服から見える色素が抜け落ちたような白い肌に刻まれた痛々しい裂傷。
艶めいたエメラルド色の髪が覆い隠した幼さが残るその顔も憔悴の色が濃い。
燭台に灯された火が明々と燃えて、ソファーに横たわる少年プレイヤーやごっそりと崩れ落ちそうな天上や藁敷床を照らしている。
「アキト殿」
僕はシェルに呼ばれて振り返った。
シェルは心を投影したような淡い燭台の光に、ふわりと揺らめく髪の合間から覗かせた蜂蜜色の瞳が僕に向けられる。
熱っぽくもあり、悪戯っぽくもある小悪魔的な表情を浮かべながら口許を手でやんわり抑える。
その仕草が幻想的というか、浮世離れした美しさに僕はしばし魅入ってしまう。
「小生……無念にも食べ過ぎて吐きそうです。とても恥ずかしいですが……ゴブリンの腕一本程度はゲロってもよろしいですか?」
「ここじゃ駄目ーっ」
その仕草、そーゆーことかい!
シェルのおでこに脂汗キラリン☆
ガマ蛙ならわかるが蛇でも脂汗出るんだ……などと感心しながら僕はシェルの背中をさする。
前かがみのシェルを気遣うようにして元廃屋(現住処)を出で、すぐそこにある不都合な物を吐いても大丈夫そうな森に連れて行く。
素朴な気遣いが身に染みているのか、ゆっくりと歩きながら申し訳なさそうに時折こちらを見るシェル。
あれ? 今キラリと瞳が光ったような……。
気を許している間柄とは言え羞恥があるのだろう、あからさまに切なそうな表情だ。
「大丈夫かー」
「……ぐえーっ」
夜の森は静寂と闇に閉ざされた閉鎖的な世界だ。
静けさが増している中、僕とシェルの声だけが児玉する。
ううっ……グロすぎるぞーっ!
シェルの口から出る物が想定の埒外すぎて名状しがたい。
シェルの胃液が強いのか、吐いた物は溶けかかった部位。
それはグチャドロゾンビ映画ワンシーンみたいだ。
「ゆっくり吐いていいぞ。スーハースーハーのタイミングでゴー」
「は、はい……スーハースーハー……グエェェーッ」
吐き散らかしながら現れるめくるめく地獄絵図……。
シェルは既に気分が楽になったのか、僕の摩る手を掴むとうっそりと暗闇に溶け込みそうな儚い笑みを浮かべる。
人間と言う生き物よりも遥かに優秀な存在である神。
その神が吐き気を催す食材ゴブリン達や野良神(大猿)の肉。
これは食を禁ずる物として日記にしたためておこう。
とりあえず、少し気分が良くなったみたいなので僕はホッとした表情でシェルの耳元で呟いた。
「もう大丈夫そうだね。怪我人もいるし僕は先に我が家に戻るよ」
中途半端な手当のまま放置してしまった少年プレイヤーも気がかりだし、僕は息遣いも穏やかになったシェルにその旨を伝えるが……胸の中まで凍りつきそうな冷ややかな視線が返ってきた。
えっ!?
そして僕の腕を握っているシェルの力がグッと強くなる。
「シ、シェル?」
僕はシェルの尋常ならざる気配を察して身体が強張る。
そんな僕にシェルは澄んだ真っ直ぐな眼差しで凝視する。
そして素晴らしい巨乳を圧倒的な勢いでぶつけてくると僕に覆いかぶさるように抱きついてきた。
僕の首の後ろに両腕を回して豊満な肉体を預けるようにしなだれかかる。
妖艶ながらも凛とした大人の雰囲気に呑み込まれた僕の心臓がドキンと大きく跳ね上がった。
「黙っていたのだが……小生との婚約の儀式は終了した」
「……?」
何だか凄く説得力のない口説き文句……いや、プロポーズを強制執行されたような。
シェルの魔力を秘めた蜂蜜色の瞳から発せられる視線に貫かれる。
とても熱っぽく真剣な眼差しだ。
僕は目がそむけられなくて堪らなく困惑してしまう。
「アキト殿を騙すような形になって悪かった。小生はあの程度の獲物で胃が凭れることはない。ただ、この儀式は二人のみで行うことが仕来たりなのでな」
僕の耳元で囁きかけるシェルの言葉。
とっても既視感が強すぎるお言葉なのです。
「念の為に聞いてみるのだけど」
「ああっ、何でも聞いてくれ」
「ルールって、自分の一番恥ずかしい姿を相手に見せて、その夜に相手と永遠のつがいの誓いのために契りを、相手の貞操を奪うって言うルールだったりして」
僕の言葉を聞いてシェルの頬がピクッと動く。
そしてニンマリと笑ったような。
やっぱりそうか……。
その反応を見た僕は漠然としていたものが確信に変貌する。
「小生はアキト殿の力になりたい。人の子に触れてたった五日間。始めは人の子程度の下等種族に崇高なる自殺を止められて甚だ遺憾だった。小生は長い間、この地より遥か東、七つの世界全域で野良神として放浪していた。それはそれは長い年月」
シェルの口から生真面目な声が紡がれる。
少しずつ、少しずつ言葉の意味を己にも言い聞かすように咀嚼しながら熱っぽく語る。
「小生は自由に生きた。抗う者は喰らい、小生の気が済むまで破壊を繰り返した。いつのころだろう、それすら虚しくなった。それは人の言葉で言う成長と言うものなのか、内面に漠然とした不全感や無力感、空虚感を抱き、偽りの自己存在に気がついたのだ」
その声に悲嘆な色は滲んでいない。
どこか釈然とした想いに包まれている。
「小生の存在する事の連続性は偽りの自己環境の襲撃でしかなかった。空腹を感じて、それを満たす為に喰らう。そこに漠然としたものへの羨望と渇望があったが善悪の認識はない。だか、小生を家族として迎えてくれたアキト殿のお言葉。それが小生の空腹感、そう、心の渇望を埋めた」
――長旅お疲れ様でした。野良神さん――
その言葉はシェルが羨望や渇望していた『絆』を示してくれた一言だった。
シェルのその想いが溢れ出して視界を歪めている涙を拭う事もなく目尻から頬を伝った雫が僕の上衣に染み込んでいく。
「小生の……はじめて出来た親交ある者は家族として迎えてくれた。時間はかかるかもしれないが小生は少しずつ変わろうとしている。かけがえのない絆が小生の渇望する想いを満たしてくれる」
僕を見上げたシェルの表情は安らぎに満ち、どよめく心の叫びは微塵もない。
「小生は惚れたのだ、弱い人の子に。仏教の教えだったかな、その珍妙な五戒などと言う、この世界では役にもたたない誓いなど立てて。そんな、馬鹿でどうしようもない人の子、アキト殿と添い遂げたいと」
シェルの真摯な想い。
その意思は何を伝えたいのかはっきりと明言する。
僕はその気持ちに答えるかわりにそっと肩に零れ落ちる艶めいた髪をすくう。
月夜に彩られた髪は燐光のように輝いて、微かに震えた肉体は僕とぴったりと触れ合い人肌の恋しさを満たしてくれる。
シェルのその言葉は僕の心も満たしてくれる。
遠い世界に最愛の妹を置いてきた罪悪感。
ずっと苛む罪悪感。
その痛みを和らげてくれるあったかい想い。
擬似家族に芽生えた本物の絆。
それが僕にとってとても嬉しい事だった。
「シェル」
「アキト殿、返事を聞かせてくれるのか?」
僕の呼びかけにシェルは心震わせながらも、たおやかな仕草の上目遣いでそっと見上げてくる。
その距離は頬と頬が触れ合いそうな距離。
シェルの唇から零れる感嘆の吐息の温かさが伝わってくる。
「シェル……実はシロからも求婚されている」
「シロ殿が? ……流石に鼻がきく御仁だ。アキト殿の本質を見抜いているのかもしれぬ」
「なので、シロは僕の義理の妹になった」
「――?――」
この呆然とするシェルの思考回路の疑問は決して乏しく閉鎖的な知識で答えあぐねている訳ではない。
その反応が当たり前なのだ。
「告白するよ……僕は最愛の人がいる……とても愛している。それが妹なんだ」
「……少し、違和感を覚える愛ですね。それはシスコン(、、、、)と言うものではなかったか? たしか……近親相(、、、)と言われている」
この『神々の黄昏』七つの世界にもシスコン(、、、、)と言う言葉や概念が存在したことに僕はちょっとした喜びを滲ませる。
そして、堰を切ったように歪んだ想いを吐露する。
「ああっ、僕は妹の事を愛している。もう、妹の布団なんかクンクンしたいし、手料理なんて作ってくれればメロメロになって溶けてしまい排水口から流されそうになるほど愛している。それは家族としてなのか、一人の女性としてなのかわからない。ただ、もの凄く結婚したいし、一つになりたい。あちらの世界にいるたった一人の肉親だから」
「アキト殿。それはシスコンと言うよりただの変態っぽいが……もしや、シロ殿は飼い主に似たのかもな」
シェルは微笑みながらも呆れたように小首を傾げた。
そして、少しだけ黙考すると何か閃いたように悪戯っぽい女子力の高い眼差しを向けてくる。
「アキト殿」
「は、はい」
思わず声が裏返った僕を置き去りにするようにシェルは再び、想いの丈をぶちまけてきた。
「小生は決めた。今より小生も義理の妹なのだ。アキト殿の性癖、しっかり受容するので安心してくだされ。あっ、小生は生娘(、、)なのでどの(、、)よう(、、)な(、)形(、)にせよ貫通(、、)すれば責任をとっていただく」
何も知らない事は幸せかもしれない。
生娘と貫通……その言葉、今日一番の重みを感じながら僕は虚ろな目で微笑んだ。




