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新しい家族? その名は蛇神シェル

僕とシロの住処。

広域に渡って土地の養分を吸い取った木が繁茂し、高山からの景観は海のように広大な樹海を形勢している西南の端。

長期間放置され、歳月と共に朽ち果てかけた集落に残された一件の廃屋だ。

廃墟化した建物が持つ独特の雰囲気。

今はすっかり消えて生活感が滲んでいる。

玄関口に大きな木の板が吊り下がっており、シロの達筆な筆さばきが光る『シロとアキトの愛の巣』などと小っ恥ずかしい文字が書き示されていた。

「ふぁ~。マンダムなのです、とってもマンダムなのですーっ」

シロのほっこり感が強い満足声だ。

十帖ほどの室内。

石床に敷かれた藁の上でお尻を突き出すように転がっているシロ。

湯気のほとんど上がらない冷めたスープ(魚とキノコのスープ・キノコ抜きバージョン)にご満悦だ。

両手をモミモミしながら美味しさを表現している。

場所と状況次第では、ただの性的嗜好が強い変質者である。

「シロ、マンダムって、何かのCMに影響されたのか」

「むーっ、CM? なんですかそれ? もしかして『チャンスだ! マゾヒズム』の略語ですか。もうもう、うちが苦痛や恥辱を受けることで満足や快感を得る性倒錯って知っているくせに……むむーっ、もしかしてなのですーっ、今夜は激しいのですねーっ。ぽっ」

「シロの思考回路誤作動が激しすぎるよ」

「もう、そんなに褒めないでください。ベタベタの褒め褒めのデレデレですよ。とってもマンダムなのですーっ」

「シロ、スープで口の回りベトベトだぞ」

「もうもう、兄貴さんったら、見てばかりで放置プレイなのですからーっ。そんな兄貴さんが大好きですよ」

 この部屋で繰り広げられる不毛すぎる僕とシロの絶妙な会話。

とても不可思議な事を見ているように野良神は口からスープを飲んで水分を補給しつつ、妙に真剣な表情で僕とシロを見てくる。

 その容姿は人型。珊瑚色の髪。その御簾のような前髪の隙間から覗く涼しい目元。鋼の輝きを帯びたような視線。特徴的な蜂蜜色の瞳をはじめ、メルヘン世界の飴細工を見ているような繊細な造形美と言いたい容貌。妙齢ぽく見える雰囲気と蠱惑的な肢体と相まって色香は抜群。野良神とシロが並ぶとシロの未成熟すぎる肉体に同情したくなる。

 その野良神は住処に帰還してのほほんとしている僕とシロから少し距離をとって座る。

「兄貴さん。六杯目のスープにチャレンジしてもよいですかーっ」

 上機嫌のシロは口腔内で魚を咀嚼している。

壁に掛けていたお玉をさっさと取り、魚とキノコの甘味が馴染んで美味しくなったスープを木のコップに入れる。

あーっ、ちゃっかりキノコはどけてやがる! 

そんな、シロの行動をびっくりしたような目で観察する野良神。

不思議そうな表情で唇に人差指を当てて一考しはじめた。

「ところでキミ、おかわりしないの?」

「ふにゃーっ?」

「シロは黙々と静かに食べていなさい」

 状況が読み込めなかったシロはスープに舌づつみを打ち、ちゃっかり七杯目にチャレンジ。食事中はシロにとって夢の時間らしくナイスバディーの野良神はガン無視の様子だ。

とりあえず、僕は黙秘を続ける野良神とコミュニケーションを取ろうと頑張ってみる。

「もしかして、魚やキノコが嫌い?」

「………………」(←野良神、まだまだ沈思黙考中のため無言)

僕がスープ片手に野良神に尋ねるが声を上げる訳でもなく小首を傾げる。

これは僕の話す言語が理解できないのだろうか? そんな疑問が浮ぶ僕に野良神はどういうわけか人差指をピンと伸ばして僕の背後を指し示してきた。

「……?」

 振り向いた視界の端に穏やか過ぎる光景が飛び込んでくる。

食欲が満たされたシロが藁の上で丸まりながらお腹を出して眠っている。

一瞬の芸当だ。

一瞬で眠り込んでしまうなんて、世の不眠症の方々から羨望と嫉妬の視線が飛んできそうだ。

ふぅ~仕方がない奴だなぁー。

 僕は華奢な白い太腿を放り投げて眠るシロを「おいしょ」の掛け声と共に抱え上げると顔が壁や食器にぶつからないように一段高く藁が敷いてある寝床に移す。

こら、ヨダレを垂らしているぞ、本当に手間のかかる義妹だ。

「……人の子よ、小生に何の用なのだ?」

 小生……? うーむ、女性が使う謙称としてはおかしいが僕はスルーする。

野良神の第一声。

その口調はとても硬く、その声に友好的な色を微塵も感じられない。

先程まで一言も話さなかった野良神が鮮烈に突き刺さるような視線とセットで話しかけてくれた。これは進歩だ、僕は思わず喜んでしまい口許が緩む。

「な、何となくかな。それよりキミの名前は? 僕の名前は高菜アキト。そこに寝ているシロはパートナーの犬神、パートナーと言うより家族だね。二人家族、一緒に力合わせてプレイヤーとして細々と生きているよ」

 僕はひとの良さそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。

不思議と野良神の瞳に宿っている攻撃色が少し和らいだ気がする。

もちろん警戒心が解かれた訳ではない。

だが、いつもと変わらない呑気な表情の僕やぽやーんとしながら睡眠を貪るシロに眉を潜めながらも野良神の態度が軟化している。

「名は捨てた。小生は帰るべき場所を失い、長きに渡りこの七つの世界を徘徊して、孤独に打ち負けた死に逝く柱ゆえ」

 何とも重苦しい口調だ。

 その言葉を聞いて僕の表情から笑みが消える。

僕は野良神と顔を見合わせる。

突き刺すような視線のその奥。

蜂蜜色の瞳をしっかりと覗き込む。

そこには疲れ果てながらも決然とした意思が宿っているように思えた。

「じゃあ、何故、落とし穴にはまっていたの?」

「ああっ、アレは飛び降りて死のうとしたのだ。賢明な判断の筈だったが……少しばかり浅かった……」

 うおーっ、見当外れな自殺だ! 

あの穴は元々シロが『ここ掘れ! わんわんゲーム』とか言って退屈しのぎに掘った穴。シロが遊び飽きた後、小動物を捕まえる罠として再利用している陳腐な穴なのだ。

僕が素朴に驚いていると野良神は落ち着き払った仕草でスープを一口啜り飲み、口の渇きを潤す。

「小生はクズ。使い物にならないゴミであり存在価値のない異物。悠久とも思える時間を一柱で放浪して、もう思考、意思、行動に秩序を保つ事に疲れた。それに神力も過去のもの。もはや、我が身を守る手段も持たぬ」

 野良神が切なそうな表情でフーッと小さな溜め息を吐く。

 こいつは欝だな。

神も欝にかかる事実にびっくりしたが、野良神が喋っている間に解決方法は見つかった。それはとても簡単で僕が切り出そうとしていた事だから。

僕はスープの入ったコップを床に置いてから一つの提案をしてみた。

「ならば、その事態を打開するとびっきりの名案があるよ。一口のらないかな?」

「この身は朽ち果てる事を選んだ身。それが小生の死よりも有効的ならば反対はせぬ」

「なら、キミの如遇は決定したね。僕と一緒にここで暮らす」

 野良神はムムム……と首を傾げる。

 それは野良神にとって、とても奇怪な提案だったようだ。

「小生をパートナーにすると言うことか?」

「いいや、違う。パートナーは変更しない。キミは僕の家族になる」

「それはどう言う意味なのだ?」

 野良神は怪訝な面持ちを浮かべながら身を乗り出して僕に迫って来る。

その想いは期待感で満ちているかのように。

僕は自分の胸を親指でツンツンとつついて見せた。

それを見た野良神も珊瑚色の髪を揺らして、蜂蜜色の瞳で見ていた様子を見よう見まねで豊満な肉感溢れる胸にプニュと親指を当てて同じようにつつく。

ふわりっと柔らかな感じで野良神の口元がゆるんだ。  

それは僕の想いが野良神に伝わった瞬間だった。

それは『絆』。

その『絆』の始まりは出逢い。

その出逢いに感謝している僕は無邪気な笑顔と喜びを素直に野良神に向けた。

「長旅お疲れ様でした。野良神さん」

 僕の差し出した手を一考することもなく握り返してくれた。

そして、僅かにはにかみながらおずおずと僕の目を見た後、ペコリ頭を下げた。

「誤解していた。貴殿は……いや、アキト殿は面白い御仁だ。小生の事は……うーむ、そう、シェル・サーシェと呼べ。蛇神の成れの果てだ。忠誠の証しに足でも舐めようか? 舐める事は得意だぞ」

「シェル、謹んでご遠慮します」

 シェルの真意を測りかねる僕の目の前で胸元を大きく広げてまろび出そうなおっぱいを見せつけてくる。

艶やかな朱の染物のように全身真っ赤になったウブな僕は立ち尽くしてしまった。

 そんな僕の姿を眺めるシェルの表情から照れたような笑みが溢れている。

だから僕は心で願った。

ずっと家族でいられますように……と。


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