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鈴木の危険な日常

作者: 鴫沖伴

 俺の名は鈴木。といっても偽名であるが。

 俺は今、後をつけられている。


 俺はこの国で最近設立された対テロ組織《CTO》に所属している。この組織は一般には知られていない秘密組織と言ってもいいだろう。この国は日々脅威にさらされているが、我々の組織がそれを未然に防いでいるのだ。平和ボケが似合う国であり続けてほしいものだ。

 CTOは様々なテロを人々に知られぬまま未然に防いできたが、特に俺の活躍はトップクラスで、組織でも重要なポジションに収まっている。


 尾行しているのはテログループの一味であろう。今朝から距離を保ちつつ後を追ってきている。CTO本部の所在地か、あるいは俺の住居を特定しようとしているようだ。CTO、特に俺の存在がテロリストどもには邪魔なようだ。

 テロリストとはいえ今尾行している奴は所詮は金で雇われているような使い捨ての下っ端だろう。まるで素人の尾行だ。こいつを締め上げてもテログループの情報は殆んど手に入れらないだろう。泳がせても無意味だ。

「やれやれ……」


 本当に素人同然の尾行だった。駅構内の混雑に紛れると、あっけなく俺の姿を見失っていた。

「まったく……張り合いがないな。これでは俺まで平和ボケしてしまう」

 そんな冗談を呟き、駅を後にした。暫く繁華街をふらつき様子を見たが、もう尾行はないようだ。


「まいったなこりゃ」

 次の日、俺は参っていた。

 昨日の尾行で俺が通る幾つかのルートのうち一つが割れてしまったようだ。広い通りに出た瞬間に俺はそいつに気づいた。スナイパーだ。俺は咄嗟に物陰に隠れたのだった。どうしても俺には消えてほしいようだ。

「殺気でバレバレだって」

 スナイパーは通りを見渡せるビルの屋上にいる。刺すような鋭い視線を感じ取り、一瞥して即、身を隠した訳だ。こちらからはさすがに黙視はできなかったが、向こうは目が合ってギョっとしたことだろう。


 このままでは身動きが取れない。まずは応援要請だ。スマートフォンに偽装した機密回線通信端末を取り出し、CTOオペレーター直通の専用ボタンを押した。

「コードネーム:******。セキュリティコード:************」

 おっと、特定秘密保護法が成立したせいで伏せ字になってしまった。俺のカッコいいコールドネームを明かせなくて残念だ。

「ポイントFOXTROT:048-315にスナイパーを確認。DELTAチームの出動を要請する」

 俺の支援要請は完璧だった。だが、それに対してオペレーターが「聞き取れませんでした」とぬかした。

 この緊急時に……使えないオペレーターだ。新人か?

「お前はクビだ」

 事態は一刻を争う。こんなことに時間をかけてはいられない。背面をゴールドに塗装した通信端末をしまい、俺は支援を諦め一人で対処することにした。


 スナイパーのいるビルへのルートを頭のなかに展開する。身を晒してしまうであろう箇所は赤くマーキングする。そこからリスクの少ない最短のルートを割り出す。

「よし。このルートだ」

 俺はすぐに動き出した。近くの店に入り別の出入口から外に出る。その通りは完全にスナイパーから死角だ。そこから一気に距離を詰める。

 だが、そのルートもずっと死角というわけではない。レッドゾーン、スナイパーから丸見えになるところがいくつかあるのだ。

「守るべき一般市民を危険に晒すかもしれないが……やむを得ん」

 俺は群衆に紛れ込んだ。姿勢を低くしスナイパーから見つからないよう隠れながら進むしかなかった。

 時々刺すような視線を何度か感じたが、殺気は帯びていなかった。スナイパーのものではない。近くに仲間が潜んでいるのか……?今はそれに気をとられていられない。最優先はスナイパーだ。


 なんとか辿り着いたビルの屋上には、既にスナイパーの姿はなかった。

「逃げられたか……引き際はいいな」

 その場を見渡したがスナイパーが残していった遺留品はないようだ。一発も撃ってないのだから薬莢なんてものもあるわけがない。


 その日は他に狙われるようなこともなく、比較的平穏な日だった。

 そう。俺にとってはこれくらいのことは『平穏』なのだ。危険な日々に慣れきった俺には物足りないくらいだ。


 敵対するテロ組織が諦めたのか、何事もない日々が続いた。本格的な平和ボケ期の到来だ。

 だが俺は警戒を緩めることはしなかった。油断した瞬間にやられるのがこの世界だ。いつ、どこで、何が起こっても対処しなくてはならないのがCTOに所属する俺の役割なのだ。


 俺は電車通勤だ。もちろんこれも仕事の内だ。「不審物を見つけましたら──」の車内アナウンスをよく聞くと思うが、電車は人の密集度合いからテロの標的となりやすいのだ。あまり手柄自慢のようなことはしたくはないのだが、何度か車内で不審物を見つけ、俺自身が対処したことがある。


 まったく、我ながらこういった事態によく遭遇するものだと呆れることがある。だが、この事件に遭遇しまくる探偵のような境遇のお陰で、テロを防げてきたのも事実だ。神に感謝しなくてはな。まあ信じてはいないが。


 そして今日も俺は電車に乗り込んだ訳だ。何時ものように乗り込むと辺りを見渡す。

「やばい」

 俺は思わず口をついた。これは久々の緊迫感だ。

 俺の視線の先にはボストンバッグを持った男がいる。中肉中背。外見的には特に不審な点はなく、いたって普通の人物に見えるであろう。だが俺の嗅覚はそんな外見には惑わされなかった。奴はテロリストだ。

 長くテロリストを相手にしていると、特有の雰囲気で大体分かってきてしまう。そして今、俺のなかで警告音が大音量で鳴り響いている。間違いない、奴は爆弾を所持している。


 テロリストが電車を降り、俺も後に続く。尾行に気付かれないように慎重に後をつける。俺の尾行は完璧ではあるが、万が一気付かれた場合を想定し距離を取った。被害範囲は精々30m程度だろう。俺の存在に気付き自爆されたのではかなわない。

 今すぐ自爆テロを決行しようという男の顔ではない。ブツをアジトに運んでいるか、標的に設置しに向かう最中だったのだろう。だがそれでも、尾行に気付いても自爆しないという保証はできない。


 尾行を続けると繁華街の一角にある古い雑居ビルにテロリストは入って行った。どうやらここがアジトのようだ。

 俺はすぐさま通信端末を取り出し、CTOのオペレーターを呼び出した。

「ポイントJULIETT:893-501にテロリストグループの拠点を発見。BRAVOチームと爆弾処理班の出動を要請する」

 通信端末からポポンと要請受理を知らせる音が鳴った。


 あとは他のエージェンシーに任せれば大丈夫だろう。俺ばかりが活躍しているだけだと新人が育たず組織としては弱体化が進んでしまう。組織全体の未来を考えるとたまには手を引き、他に託すことも重要だ。

 通信端末をしまいながら俺は、これから数分後には制圧されるであろうテロリストのアジトを一瞥し繁華街を後にした。


 それからしばらくして、俺は一人の女性と出会った。


 彼女の笑顔、彼女の仕草、彼女のすべてが愛おしく思えた。


 日頃のテロリストとの戦いで荒んでいた俺の心が、彼女の笑顔一つで和らいでいく。


 国家の安全以上に大切な物を見つけたような気がした。


 彼女のことは何があっても、どんなものからでも守ろう、そう心に誓った。


 しかし、運命とは皮肉である。心に誓った瞬間に、その誓いを試されることになるとは。さすがの俺も神を呪った。

 先日俺が尾行したテロリストがすぐそこにいたのだ。

「エージェントがへまでもしたのか……?」

 そんなことを考えている暇はなかった。なにがあったかよりも、今起ころうとしていることへの対処が先だ。

「くそっ」

 テロリストの後を追わなくては。奴のバッグには銃が入っていると、俺の直感がそう言っている。

 このままではこの場にいる人々が人質にされてしまう。奴は先月捕まえたテロリストグループ≪青の星≫の残党だったのだろう。恐らくはメンバーの釈放の交渉をしてくるはずだ。この事態を未然に防ぐんだ。よく考えろ、と俺は自分に言い聞かせた──



 銃の入ったバックを奪うため俺は走った。たかが銃を持った男一人だ。武器さえ取り上げてしまえば赤子同然だ。だがなんだ?この胸騒ぎは。

 男はトイレへ入ろうとしている。占めた。狭い室内なら銃火器を所持した相手でも俺なら素手での対処も十分に可能だ。

 しかし、男がトイレの扉が開ききる前に俺は素早く身を隠した。中には五人。既に武装している。合計六人のテロリストだ。かなり不利な状況だ。

 支援要しようとしたが、既に一帯にはジャミングがかけられていた。勿論、固定電話の回線もご丁寧に切断されている。なんてことだ。

「孤立無援か……」

 最大のピンチが訪れた。俺一人で対処するしかない。各個撃破しかないだろう。

 俺は探索を掻い潜り、静かに潜んで機会を待った。


 その場にいた民間人の何人かは混乱に乗じて逃げ出せたようだが、ほとんどが人質にされてしまった。建物は封鎖され、制圧されるにはそれほど時間はかからなかった。

 俺がいながら、不甲斐ない。

 彼女は無事だろうか。テロリストを見つけた時にすぐ逃がすべきだった。


 だが、チャンスはすぐに訪れた。テロリストの一人が見回りをしに離れたのだ。

 俺は先回りをし待った。足音が近づく。最接近したその瞬間、俺は手刀を後頭部目掛け繰り出した。

「ぬあっ……」

 見回りの男が発した言葉はそれだけだった。すぐに膝から崩れその場に倒れ込んだ。

「よし、残り五人」

 仰向けにし目出し帽を脱がせると見覚えのある顔だった。あの爆弾野郎だ。

 その意識を失った男は見つからないよう隠し、服や装備類をすべて剥ぎ取った。念のため手足を縛り、口にはガムテープを貼る。事が終わるまでは目覚めないだろうがな。

 俺は手早く奪った服に着替え、目出し帽を被り更に待った。

 待っている間に装備品を奴らと同じように装着し整える。武器はAK-47だ。これですぐにはばれないだろう。それから今後のプランを話しておこう。

 戻ってこない仲間を探しにテロリストが一、二人で探しにくるだろう。そいつらを片付けすぐに残りのテロリストの元へ向かう。俺は負傷した仲間の振りをして近づき、残りの奴らを無力化する。とまあ、簡単ではないがやれなくはない。いや、やらなくてはならない。


 そうしている間にテロリストに動きがあった。プラン通り仲間を探しにこちらに向かっている。しかも二人だ。

 二人の背後に回り込み、まず一人は銃のホールドで殴り倒す。すぐさまもう一人の背中に銃口を向けた。

「動くな」

 テロリストは舌打ちをした後、ゆっくりと両腕を挙げた。

「CTOだ。お前たちの目的はなんだ?」

 俺はテロリストの正面に回り込みながらそう説いた?

「我々は≪青の星≫だ。現在勾留中の組織構成員の釈放を要求する。さもなければ人質は全て処刑する」

 やはり青の星か。要求も想定通りだ。

「そうか、銃を床に置け。ゆっくりな」

 テロリストが銃を置くと、俺はそれを軽く蹴り滑らせた。正面にテロリストを見据えたまま視界の端で銃の行方を追う。壁に当たり乾いた音が響いた。

 その刹那、テロリストが素早く動き俺の銃を蹴飛ばした。こいつ、できる。

「へっへっへっ」

 テロリストは不気味に笑いながら腰のコンバットナイフを抜いた。ナイフを一舐めすると構える。そこにはもう笑みはない。

 生憎奪った装備にナイフはなく、俺は丸腰の状態だ。

「死ねえええええ!!」

 テロリストがナイフを掲げ襲いかかってくる。俺はすぐに動けるよう脚に力を込める。

 ナイフが左上から降り下ろされる。それと同時に俺は後ろに軽く跳びギリギリで回避する。ナイフが空を切り、テロリストが体勢を立て直す前に俺は反撃に転じた。

 だが相手の動きも早かった。すぐに体勢を立て直し、ナイフを突きの軌道に乗せた。このままいくと俺の左足の蹴りが間に合うかどうかだ。

 結果から言うと俺の蹴りはテロリストのこめかみに命中しテロリストを倒すことができた。

 俺の攻撃は先だったのだが、それでもテロリストの動きが止まるわけではなかった。俺の胸を狙っていたテロリストのナイフは、急所はそれたものの俺の右太股に深く突き刺さった。

 どさりと倒れたテロリストに目をやると気絶をしていた。なかなか手強い相手だった。

「残り三人……くっ!!」

 痛みで顔が歪む。ゆっくりとナイフを引き抜き、倒れたテロリストからベルトを取りそれを太股に巻ききつく締め止血を施す。

 他に使えるものはないか二人を調べる。

「お、これは」

 先に倒したテロリストからハンドガンをむしり取り、残弾を確認し腰にしまった。


 急ごう。これ以上時間をかけると俺の存在がばれ人質に危害が及ぶ可能性が高い。

 それに三人が戻らないままでは更なる見回りも期待できない。

 プランでは負傷をした降りだったが本当に負傷してしまった。参ったな。作戦に支障が出るかもしれないが、このまま続行するしかない。


 右脚を引きずりながら俺は彼女のことを考えていた。すべて終わったらプロポーズをしよう。俺の仕事のことも話さなくては。仕事が障害になるのなら、テロとの戦いも今日までにしよう。ああ、抱き締めたい。

 彼女を想うだけで脚の痛みが少し和らいだような気がした。


 残りのテロリストの元に到着した。脚を引きずり負傷した仲間にしか見えなかっただろう。

 だが、そこには俺の想像もしい光景があった。

「遅かったな。俺たちの仲間に一体なにをしてくれたんだ?」

 テロリストから発せられた言葉に俺は耳を疑った。俺の完璧な変装がバレている。

 それだけではなかった。最悪の事態だ。

「た、助けて……」

 あろうことか彼女が人質にされている。彼女は銃を突きつけられ涙を浮かべていた。

 テロリストは三人。一人が中央で彼女に銃を突きつけながら盾にしている。後の二人は左右に広がりこちらに銃口を向けている。

 もう終わりだ。これでは逆らうことはできない。

「銃を捨てろ、英雄気取りが」

 俺は言われるがまま銃をゆっくりと床に置き、両手を挙げながら銃を正面に蹴り滑らせた。

 銃を蹴った瞬間からテロリストたちの目線が銃の動きを追い始めた。この刹那、俺はこの最後のチャンスにかけることを決断した。

 俺は右手で素早く腰からハンドガンを抜き、銃を横に傾けたまま右のテロリストに向けまずは一射目。

 俺の動きと銃声に反応しテロリストたちはこちらに目を向けた。だが俺の動きはこれが始まりにすぎない。

 銃を横に傾けていたためその反動は左向きとなり、次の瞬間には中央のテロリストに銃口を向けていた。二射目。

 左のテロリストは射撃体勢に入り引き金にかけた指に力が加わっていく。

 しかし俺の銃口はテロリストの微小な動きよりも早く最後の標的を捉えた。三射目。


 俺がハンドガンを抜いてから一秒後、すべては終わっていた。

 銃声は三回のみ。俺の足元には薬莢が三つ転がっている。

 俺が放った銃弾は三人のテロリストの額を貫いていた。


 彼女は無事だ。


 解放された彼女は俺の元へと駆け寄ってくる。

 その顔は涙でくしゃくしゃだが彼女の美しさに変わりはない。

 俺は銃を捨て彼女を受け止めた。

 俺の胸で嗚咽をもらしている。

 俺は彼女を強く抱き締めた。


 しばらく待ち、彼女が落ち着くのを見計らってから俺は彼女の耳元で呟いた。

「結婚しよう」

 彼女はきょとんとしながら上目遣いで俺の瞳を覗き込む。

 すぐに満面の笑顔になり、照れ臭そうに俺にこう言った。

「は、は──」



 ──はーっくしょん、と隣に立っているおっさんがどでかいくしゃみをした。

 かなりびっくりした。思いっきり我にかえってしまった。

 せっかくいい感じだったのに。あともう少しだったのに。

 まあいいか。

「あ、そうだ」

 俺はiPhoneを取り出しホームボタンを長押しした。

「彼女の作り方」

「ポポン♪彼女の作り方に関する情報は見つかりませんでした。」

 なるほど。そんなうまくはいかないか。


 それにしてもさっきの子すげえ可愛かったなあ。マジでタイプだわ。

 それに前見かけた人をまた見かけるってすげえよなあ。世間は狭いってことだわな。


 お陰で妄想が捗ったわ。

学校にテロリストが侵入してきたら

抵抗して撃たれる妄想をしていました。

死なない程度に。

妄想内でも現実でもモブキャラ人生です。

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