098 新しい友達
絵理沙は自分から茜ちゃんに話しかけたのにそのまま固まっている。
お前は馬鹿か? ってここで俺もフォローできない事実。
俺を助けるためかどうかは知らないけれど、お前がそれでどうするんだよ?
自分の額に変な汗が滲むのがわかった。
「どうしたの? 野木さん?」
「えっと……」
やっぱり俺に気を使って声をかけたのか? だから言葉が続いてないのか?
何も考えてなかったのか? でも俺はどうする?
二人のやりとりにドギマギしながら見ていると、茜ちゃんは苦笑しながら首を傾げた。
「ええと、もしかして野木さんもちょっと変なの?」
茜ちゃんらしからぬすっげー失礼な言葉だけど、うん、その言葉が出る理由がよくわかる。
俺も絵理沙が変に見えるからな。
でもそれも俺の責任だ。こいつ、俺を庇ったから。
「茜ちゃん!? 私は変じゃないわよ?」
両手を胸の前で左右に振って否定する絵理沙。
それを見ていきなり茜ちゃんの顔が赤くなった。
「そ、そうだよね? 私、なに言ってるんだろ」
自分の失礼の言葉にいまさら茜ちゃんも気がついたのか?
絵理沙まで真っ赤になった。
横では輝星花が苦笑している。
うん、なんか見てる分には面白くなってきたな。
「あ、そうだ! 私の事は絵理沙って呼んでいいからね?」
「えっ?」
「野木さんだとあれでしょ? 輝星花と私の区別がつかなくなっちゃうしね。あと姉の事も輝星花って呼んでいいからね?」
なるほど、そうきたか。この流れは不自然ではないな。
だからって自然でもないけどな。
「いいの? でも、初対面のお姉さんを流石に呼び捨てにはできないよ」
うん、これまたごもっともな意見だな。
「大丈夫だって。いいよね? お姉ちゃん」
「はい、名前で呼んでもらってかまいませんよ? 遠慮なく輝星花って呼んで下さい。そして、私は越谷さんの事を……茜さんって呼んでもいいですか?」
ここでちょっと照れくさそうに語る輝星花が可愛かった。
こいつすっげー。プロの役者みたいじゃないか。
すっげー自然な動きで良いお姉さんにしか見えなかったぞ。
もし俺が中身を知らなかったら、輝星花をとっても素敵なお姉さんだって思ってただろうな。
しかし、今の俺は騙されないがな!
「もちろんです! 茜でいいです! じゃあ、私も輝星花さんって呼びますね」
「はい、じゃあこれからはお互いに名前で呼ぶようにしましょうね」
ここでまたあの笑顔だ。
輝星花の笑顔は本当に優しくて綺麗で可愛い。卑怯だ。
こんな笑顔をされたら女だってキュンってするんじゃないのか?
だって、こっそり俺だってドキドキして……どうすんだよ!
「あ、じゃあ私も茜ちゃんって呼んでいいかな?」
ここで絵理沙も便乗か。しかし、うまいな会話の連携が。
「うんいいよ! 野木さんも茜って呼び捨てでもいいよ。でもよかった。私ってどういう風に野木さんとお姉さんを呼べばいいのか迷ってんだよね」
最終的には茜ちゃんも本当に困っていたらしい。ホッとした表情を浮かべていた。
絵理沙も輝星花もそんな茜ちゃんを見て笑顔になっている。
「あっ、野木さん! 電車の時間になっちゃうよ!」
茜ちゃんが携帯を覗きながら本当に慌てた表情になっている。
そう言えば電車の時間って何時だったんだ?
「あっ、ごめんなさい、まだ10分あった」
そして顔をまた赤くした。
結構、茜ちゃんはおっちょこちょいなのかも?
しかし、そういう所がまた可愛いんだよなぁ……。
苦笑しながらハタハタと顔を手で仰ぐ仕草も可愛い。
「でもそろそろ移動しないとですよね? 駅のホームは地下道の向こうですっけ?」
輝星花が少し離れた場所にある地下道を指差した。
そう、駅の改札はそこの地下道の向こうにあるのだ。
「あ、うん、そうです。地下道の向こうですね。じゃあ、行きましょうか」
そして、俺たちは移動を開始した。
ゆっくりと階段を下りて地下道に入る。
地下道は少し湿っているけど暗くはない。
左右の天井には蛍光灯もついているからな。
ひんやりとした空気が前方から吹いてくる。
そして、俺の目の前には絵理沙と輝星花と茜ちゃんが並んで歩く姿が見えた。
俺はその後についてゆく。
しかし、なんて光景だろうな。
俺はこんな光景が拝めるなんて思ってもいなかった。
茜ちゃんと絵理沙と輝星花が仲良く話しをしているこの光景。
茜ちゃんと絵理沙と一緒にお出かけだけでも十分すごいシチュエーションだって思っていたのに、これは予想を遙かに超えた事態になったな。
「輝星花さん、スイカって知ってます?」
「えっ? くだものですか?」
「違います。電車に乗るのにつかうカードです」
「そうなんですか? そういうのがあるんですか?」
「お姉ちゃんスイカを知らないの?」
「あら、そういう絵理沙は知っているの?」
「うん、昨日知ったわ!」
「ふぅ……どうしてそれでそんなに胸を張れるのかしらね」
「あはは、絵理沙さんて本当に面白いね」
うん、マジで楽しそうだな。俺抜きで。
しかし、ついこの間まで他人行儀だった絵理沙と茜ちゃんと輝星花。
それが今では友達みたいな会話を繰り広げている。
でも本当に大丈夫なのか?
俺はすごく心配になっている。
いくら監視で輝星花が一緒だからって、絵理沙が茜ちゃんとお出かけとかしてもいいのだろうか?
腕を組んでコンクリートで出来た地下道をの床に視線を落とした。
考えれば考える程不安になる。
こいつらは言っていたはずだ。
魔法使いと人間は関わりをもつべきじゃないみたいな事を。
だったら、これはまずいんじゃないのか?
こんな風に人間と関係を持つのは駄目なんじゃないのか?
何かあってからじゃ遅いんだぞ?
それとも茜ちゃんは特別なのか?
まったく、何で俺がこんな心配をしてやらなきゃいけないんだよ?
だいたいお前らが無防備にこんな所に……。
「……香」
ん?
「綾香! 早くー! 行くよー」
俺は茜ちゃんの声で我に返った。
気が付けばいつの間にか地下道の中間で立ち止まている。
見れば、三人は地下道から出る所だ。
声をかけてくれた茜ちゃんが俺を懸命に手招きしている。
俺はぐっと足に力を込めて駆けだした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
そして、俺の可愛い声が地下道に響いた。




