095 秋色の駅前で
あと10分か。
俺はなにげなしにタイエーの建物を見た。
冬のセールの時期が近いのか「冬の大感謝祭!」なんて垂れ幕がかかっていた。
横には「秋もの一斉処分」とも看板が出ている。
冬に何を感謝するんだろうなんてどうでも良い事を考えながら俺は周囲を見渡した。
今日は土曜日。だから歩いている人はほとんどが私服だ。
そうだ、茜ちゃんたちってどんな服でくるのかな?
俺は二人とお出かけはもちろん初めてだ。
だから、私服姿なんて拝んだ事もない。
スカート? パンツ? どんな格好で来るんだろう?
気が付けば頭の中で茜ちゃんと絵理沙の着せ替えシミュレーションをしていた俺がいた。
いやいや、何でこんな事を想像してんだよ?
俺ってもしかして今日のおでかけが楽しみなのかよ?
なんて自分に問うが、即答できる。楽しみだ。
そう、俺は茜ちゃんと絵理沙とお出かけが楽しみなのだ。
だから早起きしてしまったし、早くここに来てしまったんだ。
考えてみれば、昨日の夜から俺は今日の服装も色々考えてたんじゃないか。
いや、そう考えるともっと楽しみになってきた。
茜ちゃんはどんな私服なんだろうな?
絵理沙はどんな私服なんだろうな?
茜ちゃんは短いパンツにTシャツとか似合いそうだし、絵理沙って何でも似合いそうだよな。
ああ、女の子とお出かけとか、こんなに楽しいものなのか?
まてよ? これって何気にデートっていう奴じゃないのか?
俺は男で、あっちは女の子二人だよな。
思わず腕を組んで自分の胸の膨らみに腕があたる。
馬鹿か、俺は女じゃないか。
中身が男なだけだろ? 中身が男じゃデートって言わないんじゃないのか?
茜ちゃんは俺が悟さって事を知らないんだろ?
だよなぁ……。
でも、あれ?
絵理沙は俺が男だって知っている訳だし、絵理沙とはデート扱いになるのか?
うぉ!? なんかややこしくないか!?
そんなくだらない事を考えていると誰かが俺の肩に触れる。
「ひっ!?」
考えに耽っていた状況でいきなり肩を叩かれ、俺は思わず変な声をあげてしまった。
「え、絵理沙?」
そして、絵理沙の名前を叫びながら振り返ると、そこには笑顔の茜ちゃんが立っていた。
「おっはよー綾香! 驚かしちゃった? ごめんね」
茜ちゃんはぺろりと舌を出して可愛い素振りを見せた。
うん、やばい、やっぱり茜ちゃんは可愛い!
心臓が高鳴るの。ドキドキする。
「お、おはよう、茜ちゃん」
今日は朝から眼福だ。
「ごめんね、野木さんじゃ無くってさっ」
笑顔だった茜ちゃんが急に唇をつんと突き出すように尖らせた。
「えっ?」
「私に向かって野木さんの名前を言ったでしょ」
そう言うとわざとらしく左斜め上を見た。
やばい、俺が絵理沙の名前を叫んでしまったので、少し機嫌が悪くなってしまったのかもしれない。
「いや、ごめん、咄嗟にだったからつい!」
「まぁいいけど」
視線だけを俺に向ける茜ちゃん。そして、
「で、なんで私を野木さんだと思ったのかな?」
そのまま顔を俺に向けると、ひと差し指で俺に鼻の頭を指刺した。
「えっ!?」
俺は突然の茜ちゃんの質問に言葉を詰まらせてしまった。
ここは詰まる場所じゃない。
きっと茜ちゃんは話の流れで聞いているだけなんだよ。
普通に間違っただけだよと言えばいいだけの話だ。
でも、そんな俺の脳裏に思い浮かんだのは先日の絵理沙の告白だった。
結局はあの出来事は忘れられない俺。
そして俺は……無意識の中にも絵理沙を常に意識してた。
だから、間違った……。
「綾香、そんなに悩む事なの?」
いつのまにか茜ちゃんは腕組みして頬を膨らませている。
しまった。マジで答えないなんておかしいよな。
「あ、えっと、絵理沙さんの名前を出したのは別に意味あるわけじゃないからね!」
って、違う! こんな事を言ってどうすんだよ。
「あははは、どうしたの綾香? そんな事で慌てちゃって。おかしーよ?」
でも、茜ちゃんは気にする事もなく笑顔で返してくれた。
まぁ、絵理沙が俺に告白した事を茜ちゃんは知らないんだ。そういう反応になるのも当たり前だよな……。俺も落ち着けよ。
「あはは……うん、ちょっとおかしかったかもね」
「綾香、お・ち・つ・け?」
うん、ごめんなさい。
「はい、注意します」
と、ここで俺はようやっと茜ちゃんの私服に目が向いた。
茜ちゃんの顔を見て、すーっと視線を下げる。
胸で一度は視線を止めたが、そのまま足元まで視線を落とした。
今日の茜ちゃんの格好は上が赤系のチェック柄のプリントチュニックで、下にはジーンズを穿いていた。
俺の予想はおおはずれだったけど、こういう格好もいいなぁ。
「茜ちゃん、今日の格好ってとっても可愛いね!」
「えっ? あ、うん、ありがとう!」
茜ちゃんの服装は派手さは無いけど落ち着いる。
俺は結構こういう服装は好きなんだよな。
やっぱり私服の茜ちゃんも可愛い。
俺はこんなに可愛い子に好かれてるなんて勿体ないくらいだ。
この子がいつか彼女に出来るかもって思うと、やばい、顔が熱くなってきた。
「綾香、もしかしてすっごい待ってたの?」
「えっ? なんで?」
「ううん、なんとなく。ずっと待ってたのかなって思ったの」
「あ、大丈夫だよ、私も今さっき来た所だから」
心配そうな茜ちゃんに、取りあえず大人の嘘をついておいた。
男性たるものこういう対応が出来るかどうかも重要だしな。
でも、今は女だけどな。
「よかったー! なんだかすごく待ってたような感じだったから。それにしても相変わらず早いね。まだ約束の時間の10分前だよ? 綾香って本当に約束の時間を守るよね」
え? そうなのか? 俺はたまたま早く来ただけなんだけどな。
そうか、綾香って約束をしっかり守ってたんだな。
そうだな、よく考えてみると綾香はいつも予定通りに動いていたな。
あいつが時間に遅れるなんてなかった。
俺がいつも時間ギリギリだから綾香がそんなに準備が出来る奴だって自覚がなかったのか。
よし、綾香情報のインプットだ。綾香は時間に遅れない。
今度から約束したら時間は厳守だな。
俺は綾香なんだし、綾香が時間厳守なんだったら俺も厳守だよな。とは言っても俺にはちょっと厳しいけどな……。
今日この時間にここにいるのも半分は奇跡のようなものだし。
「ねぇ、綾香。その服ってすっごい可愛いねー。そのベージュのワンピースにカーディガンすっごく似合ってるよ!」
茜ちゃんが俺の格好を褒めてくれた。
そう、俺はワンピースだけだと寒いかと思って、カーディガンも持参していたのだ。
「そっかなぁ……ありがとう」
茜ちゃんは俺の回りをくるりと一周しながらジロジロと服装を確認している。
「綾香、これって去年の秋に私と大宮に行って買ったやつだよね? やっぱり可愛いねー! 私もあの時から絶対に似合うって思ってたんだよね。でも秋物処分のバーゲンだったし、結局は去年は着る機会がなかったんだよねぇ」
え? これって茜ちゃんと綾香が一緒に買い物に行ったときに買ったものなのか? 知らなかった。が、取りあえず、
「そうだったっけ? 私よく覚えてないの。ごめんね。でも、うん! すごく可愛いなって思って私も着てきたんだ!」
と、記憶喪失のふりも重要だ。俺は何でも知っているとマズイんだよ。
「あ、ごめん……。そっか、綾香は記憶喪失だったんだよね……。本当にごめんね? 私ってあまり考えないで言っちゃった」
茜ちゃんはすごく申し訳なさそうな顔で俺に謝ってくれた。
「ううん、大丈夫! そんなのいちいち気にしてたら話なんて出来ないよ? だから気にしないで! それよりもどんどん言って欲しいな。もっといっぱい色々な事を思い出したいからね」
俺がそう言うと茜ちゃんは「うん、わかった!」と笑顔で返事を返してくれたのだった。
そして、俺が本当の綾香じゃないって事を、俺が茜ちゃんを騙しているって事が少し辛くなった。




