093 想定外の約束
今日の授業は無事にすべてが終わった。
しかし、授業の内容は何も覚えていない。
結局は絵理沙が気になって、気になって、気になって仕方無かった。
でも、今は大分落ち着いてる。絵理沙を見ても緊張はしなくなった。
昨日の事もきっと悪い夢だったと思い、心の奥に仕舞い込んだ。
ちなみにその日、やはり輝星花は、じゃない野木一郎は休みだった。
一日だけが休みなのかと思っけど、これから先も一週間ほど休むらしい。
という事は来週の月曜までは学校に来ないという事になる。
担任の先生によれば、悪性のインフルエンザになったとかいう理由らしい。
まぁ実際は魔法力が回復しないから一郎に変身出来ないって理由なんだけどな。
しかし一週間も休まないといけない程に消耗してたのか?
でもまぁ、今度輝星花が学校に来る時は野木一郎の姿って事になるのか。
まぁ輝星花の姿が見られないのは残念だけど仕方ないな。って、何で輝星花の姿が見られないと残念なんだよ!?
だけど、輝星花は綺麗で可愛かった。口調さえ直せば本当に素敵な女の子になるはずだ。
だから、見られないのが残念っていうのも仕方ないよな?
俺は自分にそう言い聞かせた。
俺はちらりと横の絵理沙を見た。
しかしこの双子は卑怯だよな。二人とも身長は高すぎず丁度いい、しスタイルは抜群で頭脳明細でおまけに魔法使いだし、まるで漫画の主人公並に条件が揃いすぎだろ。
「綾香ちゃん、私もう帰るからね」
絵理沙はブレザーを羽織ると、鞄を片手に俺に手を振った。
「あ、うん、またね」
俺がそう言って手を振り替えした時だった。
「まって、野木さん!」
この声は茜ちゃん?
絵理沙は「え?」と声を漏らすと、その場に立ち止まった。
気がつくと茜ちゃんが何時のまにか俺の目の前に立っているじゃないか。
「越谷さん、何か私に用事かな?」
「うん、あのね? 野木さん、今週の土曜日は暇かなって?」
「え? 土曜日?」
「そうだ、綾香も土曜日って予定ある?」
「私も?」
茜ちゃんは突然どうしたんだろう?
ちなみに俺は土曜日と言わず、ほぼ毎日が暇なんだだけどな。
「私は別に用事はないけど?」
取りあえずそう答えた。
「野木さんは? 土曜日に何か用事がある?」
絵理沙は口に手を当てて考え込んでいる。
「茜ちゃんどうしたの? 土曜日に何かあるの?」
俺がそう聞くと茜ちゃんはすこし照れた表情になった。
「えっとね? 三人で大宮にでも行かないかなーって思って」
珍しいな。茜ちゃんがどこかに行こうって誘うなんて。
それも真理子ちゃんや佳奈ちゃんじゃなくって俺と絵理沙を誘うなんて初めてだ。
「真理子ちゃんと佳奈ちゃんは誘わないの? それに茜ちゃん、部活があるんじゃないの?」
「真理子は用事があるんだって。佳奈はもう先約がいるらしくってね。だから二人は行けないんだって。でも最初は五人で行こうと思ってたから、どちらにせよ二人は誘ったんだよ? ちなみに部活は今度の土曜日は久々に休みなの」
ニコリと微笑んだ茜ちゃん。
なるほどね、それなら何となく合点がいくな。
だけど、なんで絵理沙を誘うんだろう? 接点ってあまりないはずだよな?
普段もそれほど仲良しって訳じゃないし。
もしかすると茜ちゃんは絵理沙と仲良くなりたいのかな? それともバレー部に勧誘したいとか?
しかしまぁ、どっちにせよ絵理沙は誘いに乗るはずないよな。きっと断るだろう。
絵理沙は人間と関わり合うとは思えないからな。
「野木さん、別に用事があるなら無理にとは言わないから」
絵理沙のあまりの答えの遅さに、茜ちゃんはちょっと焦ってるみたいだな。
さっきまでの笑顔が苦笑になってる。
「あ、うん、えっとね……私は……」
絵理沙は俺の顔をちらりと見た。思わず視線が合ってしまう。
すると、何故か俺に向かって小さく頷いた。
「えっと、私ってまだ日本の事がよくわからないけど、それでもいいのかな? それでも一緒に連れていってくれるのかな? って言うか、行きたいです」
予想外の答えでした。って、おいおい! 絵理沙行くのか!?
お前は魔法使いで、人間とはあまり関わり合わない方がいいんじゃないのか?
「もちろんいいよ! 私がちゃんと案内してあげる! って言っても大宮だからだけだけどね」
茜ちゃんはさっきの苦笑がどこへやら。本当に嬉しそうな笑顔で言った。
「うん、じゃあ宜しくお願いします」
絵理沙はもニコリと微笑みながらそう言った。
「やった! 始めてだね、このメンバーで外出するのって!」
「あ…あ、うん…」
俺は動揺していた。まさかの絵理沙の答えに。
本当にいいのか? 本当に大宮なんて行ってもいいのか?
魔法使いだという事さえバレなければいいのか?
だけど、監視中なんだろ? 学校から出てもいいのか?
それに……いや、詮索するのはやめよう。
こいつも何かの考えがあって行くって言ったんだろう。
「野木さん、すっごい楽しみだね!」
茜ちゃんはすごく嬉しそうに絵理沙の手を強引に握ると握手をした。
同時にあまりの振動に絵理沙の手から鞄が床に落ちる。
「あ! ご、ごめんね!」
茜ちゃんは慌てて鞄を拾いあげると申し訳なさそうに絵理沙に鞄を渡した。
「いいのいいの、私が油断して鞄を手から離しちゃったからだもの」
「本当にごめんなさい。大事な物とか入ってなかった? 大丈夫かな?」
「本当に大丈夫だから。じゃあ、今度の土曜日ね。楽しみにしてるわ」
絵理沙は手を振りながら教室を出て行った。
そんな絵理沙を笑顔で見送った茜ちゃん。
「綾香」
「何?」
「野木さんって思ったよりいい人だね」
茜ちゃんはニコリと微笑んで俺の方を見た。
「そ、そうだね」
「じゃあ私も部活があるから! またね! 綾香」
「あ…うん…またね」
そして茜ちゃんは教室を後にした。
結局は三人で大宮に行く事になってしまった。
俺と絵理沙と茜ちゃんという不思議な組み合わせで。
大丈夫かなぁ。何がという訳じゃないけど、なんとなく不安だ。
でも不安に思っていても仕方無い。
絵理沙は昨日の告白が嘘の様に普段通りに戻ってるし、茜ちゃんは元々元気で心配ない子だし、たぶん大丈夫だよな。
そうだよ、俺も普段気にせずに普段通りにすればいいだけだろ。
俺は机を片づけると鞄を手に持って教室から外へと出た。
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次の日もその次の日も何事も無い平穏な日だった。
正雄との噂もほとんど聞かなくなったし、絵理沙も普通な感じに戻ったままだ。
あんなに色々な出来事が、それも数日のうちに起こりまくっていたのに、まるで嘘のように日々平穏に戻っている。
まぁ人生って色々あるし、こういう事だってあるよな。
というか、今俺が過ごしているこの何事もない生活が普通なんじゃないのか?
俺は平穏で何もない日々を普通に過ごした。
しかし、何かが物足りない。
もしかすると俺はハプニング慣れしてしまって刺激を求めてるのかもしれない。って、無いよな。平穏がやっぱり一番だ。
まぁこのまま何事も無く魔法力を貯めて男に戻って、綾香を見つけて普段通りの生活に戻るんだ。
そう、俺は男に戻るんだよ。




